5.驚愕の真実

「仕事中、急に呼び出して申し訳ありません、エリーシア」

「いえ王妃様、それは構いませんが、どのようなご用件でしょうか?」

「ミレーヌ、さっさと話を進めろ」

(何? 王妃様に対して、この尊大な態度の男は)

 急いで出向いた先で、いつも通り泰然と微笑んでいるミレーヌに出迎えられたエリーシアだったが、いつもとは異なる光景に僅かに眉を顰めた。王妃であるミレーヌを呼び捨てにした上、横柄に催促じみた台詞を吐いた中年男に反感を覚えたが、ミレーヌと同じ金髪に紫色の瞳を持つ人物であった為、ある可能性を考えて口を噤む。するとミレーヌは、エリーシアの予想通りの説明をしてきた。 


「こちらは、私の兄のロナルド・ヴァルム・ルーバンス公爵です。シェリルのお披露目の夜会にも、この前の陛下の即位二十周年記念舞踏会にも出席していましたが、きちんと紹介をした事がありませんでしたから、顔を知らなくても当然ですね」

 その説明にエリーシアは色々思うところはあったものの、礼を逸してはならないと自分に言い聞かせながら、神妙に頭を下げた。


「そうでしたか。失礼致しました。エリーシア・グラードです。以後、お見知りおき下さい」

(でも一体、どういう事? ミレーヌ様がわざわざ自室に私を呼び付けて、自分の兄を紹介する理由が、全く分からないんだけど?)

 しかしそんな疑問は、目の前の男が口にした台詞で瞬時に消え去った。


「そんな他人行儀な事を言うな。私達はれっきとした父娘なんだからな!」

「はぁ?」

(何? 頭おかしいの? このオッサン)

 当惑したあまり、結構失礼な事を考えてしまったエリーシアだったが、ミレーヌはそんな彼女の内心を読んだかのように、溜め息を吐きながら一枚の用紙を差し出してくる。


「エリーシア、あなたが戸惑うのも当然ですが、実は先程、兄がこういう物を持参したのです」

「……拝見します」

 用紙を恭しく受け取り、そこに記載された内容を確認したエリーシアは、思わず目を見張った。


《この度、私ロナルド・ヴァルム・ルーバンスは、庶子であるエリーシア・マルリーがアーデン・グラードと養子縁組する事を承認する。尚、それに伴い、今後一切エリーシア・マルリーに関しての養育義務、損害賠償義務を負わない事、更にエリーシア・マルリーに関する権利一切を放棄する事を、養親たるアーデン・グラードと共に確認し、ここに記しておくものとする。》


 そんな文面の後にそれを作成したと思われる日付と、目の前の公爵と亡き養父のサインを確認したエリーシアはゆっくりとした動作で顔を上げ、半ば呆然としながら呟いた。


「……こんな物が存在していたとは、全く知りませんでした」

「ええ、私も、今の今まで存じませんでした。知っていれば叔母として、以前からあなたにきちんとした後見なり、援助なりをしていたものを」

「そんな! ミレーヌ様が気になさる事ではありませんから」

 女二人でしみじみとそんな会話を交わしていると、その場の微妙過ぎる空気を全く読めなかったらしいロナルドが、感極まった声で両手を広げつつエリーシアに宣言してきた。


「そういう事なんだ。さあ、エリーシア。遠慮なく私の事は『父上』と呼んでくれたまえ。妻も喜んで君を我が家に迎え入れると言っているから、何も心配しなくて良いぞ! 女には領地運営など荷が重いだろうから、君の領地も我が家でしっかり管理運営してあげるから、安心したまえ!」

 そんな身勝手な事を言った挙句、腰に手を当てて「うわははは」と高笑いしたロナルドにエリーシアは白い目を向け、ミレーヌはそんな兄から視線を逸らして疲れたように溜め息を吐いた。


「……ミレーヌ様」

「何でしょうか?」

「この屑野郎を、窓の外の庭園に放り出して構いませんか?」

「え?」

 心底嫌そうな表情で吐き捨てたエリーシアに、ロナルドが戸惑った顔になった。しかしミレーヌは躊躇う事無く、その暴挙に許可を出す。


「私の兄だからと言って、遠慮は無用です。そこの庭園と言わず、王宮の外まで放り出してしまいなさい。私が許可します」

「は? おい、ミレーヌ」

 ロナルドの困惑など物ともせず、エリーシアはミレーヌに向かって一礼してから、嫌な事はさっさと片付けたいとばかりに、いつもの五割増しのスピードで呪文を唱えた。


「それでは、お言葉に甘えさせて頂きます。リュー・レント・ミュルス・ド・グウェリィン!!」

「え? 私はお前の父親で、王妃の兄で……、ちょっと待っ、う、うわぁぁぁぁっ!!」

 慌てて弁解しようとしたロナルドだったが、瞬時に発生した小型の竜巻に体を封じ込められ、室内に被害が出ないように注意して窓まで移動させられた後は、空高く竜巻ごと舞い上がってすぐに姿が見えなくなった。それを忌々しげな表情でエリーシアが見送っていると、背後から如何にも申し訳なさそうに声がかけられる。


「見苦しい物を見せてしまいましたね」

「いえ……、確かに今のは、シェリルの身元が判明した時以上の衝撃でしたが……」

 エリーシアは慌ててミレーヌの方に向き直って宥めようとしたが、咄嗟に何と言えば良いか分からなくなった。部屋の壁際に控えていてこれまでのやり取りを見ていた王妃付きの侍女達も、驚きと困惑の表情を顔に張り付けて固まっている。そんな重い空気の中、珍しくミレーヌが愚痴っぽく呟いた。


「本当に、我が兄ながら、これまでのあれこれで性根の腐り具合が半端ではない事は分かっていたつもりでしたが……。後何人隠し子が出てくれば終わりになるのか、全く見当が付きません」

「まさか、他にも隠し子がいらっしゃるとか?」

 思わず口を挟んでしまったエリーシアだったが、どうやらミレーヌは無意識に口に出していたらしく、それに気が付いて苦笑いの表情になった。


「魔術師棟に戻ったら、副魔術師長のガルスト殿にこの事を話した上で、《右鷲会》の事を尋ねてご覧なさい。申し訳ないけど精神的に疲れたので、私の口から詳細を説明するのは勘弁して貰えますか?」

「……分かりました。そうさせて貰います」

(何が何やらさっぱりだけど、本当にミレーヌ様はお疲れみたいだし、後でガルストさんに聞いてみよう)

 そう決心して頷いたエリーシアが退出のタイミングを計っていると、控え目なノックの音に続いてドアから侍女が顔を出し、ミレーヌに新たな来客を告げた。


「王妃様、ファルス公爵がお見えになりました」

「こちらにお通しして頂戴」

「畏まりました」

「あの、それでは私は、これで失礼します」

 ちょうど良かったと思いながら頭を下げたエリーシアだったが、ここでミレーヌが彼女を引き止めてきた。


「待って下さい、エリーシア。これからファルス公爵とあなたに係わる話をするので、同席して欲しいのです。あまり長くはならないと思いますから」

「そうですか? 分かりました」

 詳細を尋ねる事無く、勧められるまま椅子に座ったエリーシアは、無言で考えを巡らせた。


(何事かしら? 私では無く、未公表のままだけど実の叔父と姪の関係に当たるシェリルなら、何となく分かるけど)

 しかし全く予測が付かないまま、彼女はファルス公爵と顔を合わせる事となった。

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