13.もう一つの仕事

 リスター達と一緒にエリーシアがドレスの裾を跳ね上げながら玄関ホールに駆け込むと、ちょうどシェリルが当主夫妻であるアルテスとフレイアに、挨拶をしている所だった。


「本日は、お招きありがとうございます、ファルス公爵」

「こちらこそ、我が屋敷に足を運んで頂き、光栄でございます。家人一同、姫のお越しを歓迎します」

「今日は昼食の後もご滞在頂けるとの事、この屋敷の庭園には十分手をかけていますので、鑑賞に耐えうるかと。後ほどごゆるりとご覧下さい」

「お言葉に甘えさせて頂きます」

 息子夫婦の後ろに佇んでいたギルターに、三人纏めて軽く睨まれたものの、叱責されなかった為、エリーシアは胸をなで下ろした。そしてすっきりしたデザインながらも、明るい煉瓦色のドレスを身に纏ったシェリルが、自然な動きで一礼し、落ち着き払って受け答えしているのを見て、密かに感心する。


(う~ん、王宮で暮らし始めた直後と比べると、かなり立ち居振る舞いが洗練されてるのが私にも分かるわ。相当ミレーヌ様主導、カレンさんの指導の結果が出ているわね)

 するとそんな彼女に顔を向けたシェリルが、少し拗ねた様に砕けた口調で言い出した。


「エリー。何か今、もの凄く他人事みたいに考えてたわよね? 今度の夜会はエリーにとって、伯爵兼公爵令嬢としてのデビューの場なのよ? 分かってる?」

 真顔でそんな事を言われてしまったエリーシアは、動揺しながらも言い返した。


「わ、分かってるわよ、それ位! でもどうして今、そんな事を思い出させるわけ!?」

「ミレーヌ様から『しっかり激励していらっしゃい』って言われたの」

 それを聞いたエリーシア、がっくりと肩を落とした。

(ミレーヌ様……。夜会が間近に迫ったこの時期に、激励じゃなくてプレッシャーをかけてくださるなんて、涙が出そうです)

 するとここで、シェリルが思い出した様にある事を口にする。


「そう言えば、最近エリーが礼儀作法とかじゃなくて、魔術の術式構築に躍起になってるって聞いて、カレンさんが随分心配してたんだけど、そこの所はどうなの?」

 そんな事を言われたエリーシアは、さすがに怪訝な顔になった。

「どうしてそんな事を知ってるの?」

「ソフィアが言っていたけど?」

 キョトンとしながら言い返したシェリルに、エリーシアは益々不思議そうな顔付きになった。


「え? どうしてソフィアさんが、そんな事を知ってるわけ?」

「さあ……」

 二人で顔を見合わせた所で、アルテスが唐突に口を挟んできた。


「それについては、ちょっとした理由がありまして。まずはお茶でも飲みながら、ご説明しましょう」

「はい、ありがとうございます」

 そして公爵夫妻に促されたシェリルと共に、一同は揃って応接室へと移動した。

 そこで各自座り心地の良いソファーに落ち着いてから、アルテスがギルター、リスター、ロイドを紹介し、互いに軽い自己紹介を済ませてから、真剣な表情になってシェリルに断りを入れた。


「ところで先程のお話ですが……、他では口外しないとお約束して頂けますか?」

「え? 先程のお話と言いますと……、何でしたか?」

 供されたカップ片手に当惑した顔になったシェリルに、エリーシアがすかさず助け船を出す。

「ほら、私がファルス公爵家で、術式構築に躍起になってるのを、ソフィアさんが知っていたって話よ」

「ああ、あれね」

 シェリルが軽く頷いたのを見てから、アルテスが落ち着いた口調で語り出した。


「我が家がここ十五年程、王都から遠ざかる生活を送っていた事はご存知でしょうか?」

「はい、ええと……」

 その原因が、自分の母親の行為と、自分が行方知れずになっていたせいだと分かっていたシェリルは、まだ子供のリスターとロイドの目の前で軽々しく口にして良い話題かどうかを咄嗟に判断できずに口ごもった。しかしその様子をみたアルテスが、彼女を安心させる様に微笑みながら告げる。


「お気遣いなく。既に息子達には、本当の理由を説明してあります」

「そうですか」

 子供ながら神妙な顔付きで頷いてみせた二人に、シェリルもエリーシアも(やっぱり身内に厳しいかも)と思いつつ納得していると、アルテスが話を続けた。


「それで私どもは、主に領地を生活拠点にしておりましたが、やはり定期的に王都内の情報を得ておかないと交友関係に差し障りがありますし、万が一政変などが生じた時、出遅れたり巻き込まれたりする危険性すらあります」

「はあ……」

「そんな物ですか……」

 今一つピンと来ないままシェリルとエリーシアが曖昧に頷いたが、アルテスの真顔での説明が続く。


「それで私達が居ない時も、この屋敷には十分な家臣を配置して、全員に情報収集活動を義務付けていたのです。私達の生活費や交友費がかなり浮きますから、その分を家臣の給金や上乗せ手当に回しても、まだ余裕がありましたので」

「情報収集、ですか?」

「でも侍女さんや執事さんは、屋敷からそんなに出ないんじゃありません?」

 途端に怪訝な顔になった二人に、アルテスとフレイアは苦笑してみせた。


「屋敷内の仕事だけだと時間が余るので、私服に着替えて市場や店舗に買い物に行きつつ、情報収集するんです」

「貴族の家に出入りしている商人や店舗は、各家によって決まっている事が多いですから。こちらの身元を隠して店員と懇意になれば、買い物のついでの世間話で結構情報が集まるのよ?」

「どこの家で最近夜会が多いのか、贔屓にしている仕立て屋や宝飾店はどこか、どんな病人が出たとか、どことどこの家の縁談が進行中だとか」

「そんな事まで分かるんですか!?」

 内容を聞いてエリーシアは驚きの声を上げたが、フレイアは笑顔で事も無げに告げた。


「勿論、直接的な情報を集めるのは難しいわ。だけど複数の筋から集まった些細な情報を組み合わせて、総合的に判断するの。だから婚約や結婚、出産時などの贈答品、お亡くなりになった時のお悔やみなど、他家に先駆けてする事ができていたし」

「その時点で王都で流行している、芸能やドレスや装飾品の傾向などきちんと押さえて、偶に王家主催の夜会や公式行事などで他の貴族達と顔を合わせても、周囲から浮かない様に心掛けていたからな」

「はぁ……、なるほど」

 半ば呆れながらエリーシアが頷いたが、その横でシェリルが考えながら口を開いた。


「ええと、そうするとソフィアさんも、情報収集に関してはそれなりに経験があるんですか?」

「ええ。実は彼女は没落したとは言え、れっきとした子爵家の令嬢なの。実家も一応王都内に屋敷を持っているし」

「本当ですか!?」

「それならどうして侍女なんかしてるんです?」

 驚愕の事実に二人揃って声を荒げてしまったが、その疑問にフレイアは溜め息を吐いてから答えた。


「実家が領地を担保に豪商に借金したら、どうしても返済できなくなってね。取り上げられかけた時、我が家で借金を肩代わりしたのよ。その返済の代わりに、屋敷を貸して貰っているわ」

「そうだったんですか……」

 唖然としながら呟いたシェリルに、フレイアが小さく頷いて話を続ける。


「勿論、領地からの収入も借金返済に充てているけど、それとは別にソフィアは王都の我が家の屋敷で、彼女の妹と弟は領地の屋敷で働いてくれていたのよ」

「実家の子爵家は我が家の領地で暮らしているが、王都内で暮らしている建て前になっているからな。王家主催の催し物などの招待状は、全貴族に送付される物は子爵家の屋敷にも届くから、有効活用させて貰っている」

「有効活用?」

 サラリと意味不明な事を言われて首を捻ったシェリルに、アルテスは少し人の悪い笑みを浮かべながら説明を加えた。


「様々な理由で、ちょっと王宮に紛れ込ませたい人物が要る時とか、ですね。宰相辺りは薄々察しているかとは思いますが、公になると拙い話なので宜しくお願いします」

「ええと、はい。分かりました」

 アルテスの有無を言わせぬ口調に押されてシェリルが頷くと、それを見たエリーシアは思わず考え込んだ。


(うわぁ……、やっぱり一筋縄ではいかない人だったのね。そうなると……)

 そしてこの間、何となく気になっていた内容を口にしてみる。


「ひょっとして、あの偽ラウール殿下が王宮にやって来た時、名目上の後見人になったお父様が、人手不足だからと言って王宮に何人も公爵家の侍女や騎士を入れたのも、騒動が収束してからもシェリル付きとしてソフィアさんを残したのも、王宮内の情報を集める為ですか?」

「ああ、そんな所だ」

「ソフィアからは1日1回の定期報告を受けているから、その時にこの屋敷でのエリーシアの様子とかも話していたの」

 重々しく頷いたアルテスの横で、当然の如く笑顔でフレイアが頷いたのを見て、エリーシアは密かに唸った。


(やっぱり侮れない……。王宮内から外部への情報発信は、一応魔術師棟で管理してる筈なのに、使用人居住棟からファルス公爵家への魔導鏡回線なんて無いわよ? でもソフィアさんは、ファルス公爵家との直接回線を繋いでいるって事よね? 表沙汰になったら色々拙いんじゃ……)

 そんな内心の葛藤を読んだ様に、アルテスが彼女に声をかける。


「エリーシア。取り敢えず王家に不利な行動や処置はしないと誓うので、黙認してくれると助かるんだが」

 そんな事を淡々と言われたエリーシアは、思わず頭を抱えたくなった。

(ある意味、もの凄く物騒な話を聞かせておいて、ここで私に判断させるんですか……。勘弁して下さい)

 しかし既にファルス公爵家の一員としては、もう一蓮托生だとあっさり割り切る。


「分かりました。今の一連のお話は、聞かなかった事にします」

「助かる」

 そう短く告げて微笑んだアルテスの横で、フレイアが満面の笑みで話題を変えた。

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