12.予行演習

 公休毎にファルス公爵邸を訪れる様になって数回。漸く夜会のドレスに用いる術式の構築を、理論上確立させたエリーシアは、広い庭で実践してみる事にした。

「姉上、これ位で良いですか?」

「足りなかったら、もう少し取ってきますけど」

 小指の爪の大きさ程の小さな白い花が、底が見えなくなる位敷き詰められている深皿を、エリーシアは義弟達から微笑みながら受け取った。


「大丈夫よ。二人ともありがとう。細かい花だから大変だったでしょう? 練習に使うのに、わざわざ葉も綺麗に取って貰ってごめんなさいね」

 申し訳無さそうに礼を述べると、二人は笑って首を振った。


「いえ、いいんです。僕達にお手伝いできるのはこれ位ですし」

「姉上の魔術を間近で見せて貰えるんですから、これ位なんでもありません。それで、今日はどんな術式を見せて頂けるんですか?」

 魔術師志望のロイドは期待に満ち溢れた目で、リスターは弟程では無いにしろ興味津々で見つめてきた為、エリーシアは苦笑しながら頷いた。


「それじゃあ、早速試してみましょうか」

 庭園でお茶を飲む為に使うテーブルに受け取った皿を置き、エリーシアは傍らの銀粉とガラス製のビーズがそれぞれ盛られた小さな皿と、この間頑張って構築しておいた術式が書かれた数枚の紙を眺めた。

 そして二人には「念の為、ここの椅子に座っていて」と促し、予めテーブル周囲に魔術が暴走した場合に備えて、防御術式を展開させておく。そこまで準備してから、エリーシアは徐に呪文を唱え始めた。 


「ええと……、ジェスタ・ルゥ・ヴィン・メーラ、デュレイ・フョナル・リン、タイズ・ミスティ・ハルム……」

 真剣な顔付きでエリーシアが皿に盛られた物を凝視していると、それらが音もなく綺麗に一列になってゆっくりと上昇を始める。そして三本の細い線になったそれらが、三人の頭上でくるくると円を描き始めると、彼女は次の段階に移った。


「それから……、ブリード・アム・レイル、キリ・エマル・グノー・ジェン、コペーグ・ゾンタ・エリ・テニン……」

 エリーシアが呪文を唱えるにつれ、糸状に連なったそれは、ゆっくりと回転しながら目の高さまで降下し、それと同時に無色透明だったビーズが、虹のように淡く色を変えながら輝き始める。

 それだけでも目の当たりにすれば驚く事は確実なのに、銀粉とビーズは空中に散って、明らかにドレス用と思われる図柄を描き出して停止した。小花も同様に下方に広がる様に配置され、リスターとロイドは目を丸くする。


「うわ、ある程度予想はしていたけど、これは凄い……」

「色が次々変わってます! それに光の当たり方が変わっているわけでは無いのに、キラキラ勝手に光って! どうしてこうなっているんですか!?」

 リスターは素直に感嘆しただけだったが、ロイドが興奮気味に食い付いてきた。それにエリーシアが苦笑しながら、できるだけ分かり易い説明を試みる。


「一口で説明するのは難しいんだけど、要は偏光術式と光源維持術式の合わせ技に、形状固定化の術式をアレンジした結果なの。取り敢えず問題なくできたから……、ここまでは完成って事で大丈夫、と」

 最後はペンで用紙にチェックを入れながら説明すると、ロイドが彼女の手元を真剣な表情で覗き込みながら尋ねた。


「姉上? ここに書いてあるのは、今言った術式だけじゃないですよね?」

「勿論よ。ここから上はもう魔術師棟で実証実験済みで、今はここまでを試したから、午後にでも残り全部を確認して、最後に全て同時に起動してみるつもりだけど」

 用紙の該当する場所を指差しつつ、説明を続けたエリーシアだったが、リスターがどこか途方に暮れた表情になりながら問いかけた。


「すみません、姉上。僕は魔術に関しては門外漢で、良く分からないもので……。一体今度の夜会のドレスに、どれだけの術式を作動させるつもりなんですか?」

「ええと……、これからもう少し追加するかもしれないけど、現時点では十九よ」

 サラリとエリーシアが口にした内容に、二人は再度驚愕した。


「え? それって……」

「十九!? 可能なんですか!?」

 思わず声を荒げたロイドにも、エリーシアは苦笑気味に頷いて見せる。

「さっきも言ったように、後から実践してみるけど見てみる?」

「はい! 是非、見学させて下さい!」

 ロイドは満面の笑みで頷いたが、リスターは別な方向からの感想を述べた。


「驚きました……。ですが、とんでもないドレスができそうです。貴族達の間で、話題になりそうですね」

「これから魔術でドレスを作るのが、流行りそうです!」

 兄の言葉に力一杯同意したロイドだったが、エリーシアは小さく首を振った。


「今回のこれはあくまで余興の一環で、今後はドレスとかにむやみに魔術を行使しない様に、規制して貰うつもりよ」

「どうしてですか?」

 驚いて問い返したロイドに、エリーシアは真面目な顔で説明し始めた。


「魔術で容易にドレスのデザインを変えたり装飾する事が流行ったりしたら、お針子や刺繍職人の仕事が減る可能性があるでしょう?」

「ああ、なるほど。それもそうですね」

「でも! せっかくの才能を、使わずにいるのは勿体ないと思います!」

 リスターは素直に頷いたが、ロイドは賛同できなかったらしく異論を唱える。それにエリーシアは冷静に言葉を重ねた。


「大抵の魔術師は、生活の役に立つ術式を開発したり、行使したりする事に誇りを持ったり、生きがいを感じているのよ。それなのに今回の事が契機になって、貴族の奥方やご令嬢の気まぐれにつき合わされたり、ドレスの装飾に従事させられる事になったら、嫌気が差したりするかもしれないでしょう?」

 それを聞いたロイドは、難しい顔をしながらも頷いた。


「……そうかもしれませんね。姉上には、他に存分に能力をふるう場があるのですから。考えが短絡過ぎました」

「ううん、本当は私もそんな事は全然考えてなくて、お父様とお母様にそういう事を指摘されて気が付いたの。不特定多数の人間の反感を買う可能性だってあるし、むやみに魔術を行使する必要はないだろうって」

(私は単に魔術師の仕事の範囲が増えて、街の魔術師が儲かるかなとしか考えなかったけど、やっぱり公爵様達の考えは違うわね)

 密かに公爵夫妻の深謀遠慮に感心しつつエリーシアが述べると、リスター達も笑顔で応じた。


「じゃあ、今回は貴重な機会になりますね」

「僕達に、一番に見せて下さいね!?」

「当日はここで支度して出かけるし、約束するわ」

「やった!!」

 そうして弟達が盛り上がっている中、エリーシアは静止している銀粉、ビーズ、花を魔術で元通り皿に分別して回収していると、屋敷の方から侍女が駆けて来ながら、大声で三人に呼びかけた。


「エリーシア様! リスター様! ロイド様! シェリル姫が御到着されました! 玄関ホールにお急ぎ下さい!」

 その声に、三人は声のした方に思わず顔を向ける。

「え? もうそんな時間!?」

「うわ、しまった! きちんとお出迎えするつもりだったのに!」

「急ぎましょう! 姉上、兄上」

 そうして三人は慌ただしく、正面玄関のホールに向かって駆け出して行った。

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