2.サイラスの糾弾

 当初、女官長であるカレンだけを呼び出すつもりだったエリーシアとサイラスだったが、予想に反して王妃であるミレーヌがカレンを引き連れて現れた事に恐縮し、次いで後宮に到達するまで騒いでいた二人の事を聞きつけ、王太子であるレオンとシェリルの婚約者であるジェリドまで、職務を放り出して飛んで来たのには閉口した。

 気分は(あんた達、ちゃんと仕事しろ!)ではあったが、ここで文句を言ったりしたら倍になって返ってくるのは明白な為、二人はシェリル付きの侍女であるソフィアとリリスを手伝って、黙々と椅子や茶器を揃えた。そして全員が椅子に収まったところで、カレンが向かい合う席に座っている青年に声をかける。


「サイラス殿、私に至急、かつ重要な話があるとの事ですが、どういったご用件でしょうか?」

 その問いかけに、サイラスは如何にも恐縮した風情で頭を下げた。


「申し訳ありません、女官長。この件は私ども魔術師の名誉に係わる問題でもある為、それを一刻も早く解消するべく強調してお伝えしましたが、王妃様までいらっしゃる事態になるとは思いもよらず、考え無しの行動をしてしまいました。謹んでお詫び申し上げます」

 そう謝罪してミレーヌにも頭を下げると、彼女は鷹揚に微笑んだ。


「構いません。この前の騒動の後、サイラス殿の身の振り方について意見したのは私ですし、その後どうしているか気になっていました。魔術師長であるクラウス殿からも折に触れ報告を受けておりましたが、真面目に職務を遂行しておられると耳にして、推薦した私も鼻が高いです」

「ありがとうございます」

「そのサイラス殿が急に訴えたい事があるとは、私も気になったのです。特に予定もなかったのを幸い、押し掛けてしまったのはこちらですから、お気遣いなく」

「誠に恐縮です。王妃様におかれましては、さほど重要でない事ではありますので……」

「どういう事でしょう?」

 ミレーヌの言葉に笑顔になりつつも、サイラスが再び申し訳無さそうに言葉を濁した為、彼女は不思議そう首を傾げた。そこで進まない話に苛ついたのか、慣れない者が目にしたら、威圧感を醸し出す近衛軍の制服姿のジェリドが、横柄に話の続きを促す。


「おい、勿体ぶらずに、さっさと話せ」

「勿体ぶってなどいない。事はこいつの事だ」

「エリー?」

「エリーシアが何か?」

 ムッとしながらサイラスが指差すと、エリーシアも不機嫌そうな表情になった。そんな二人を見て周囲の者達は揃って怪訝な顔になったが、サイラスはそれには構わずに話し始めた。


「こいつは魔術師としての腕前は確かですが、女として……、いえ、一人の人間として、看過できない振る舞いをしております」

「だから、大袈裟だって言ってるでしょうが。ほら、皆が何事かって顔をしてるわよ?」

 そんな彼女にサイラスは舌打ちしそうな顔付きになったが、王妃の前でもあり不作法な振る舞いは自制した。そして比較的冷静に話し出す。


「先程の事なのですが、図書資料室でこいつが午前中に探していた文献を偶然見つけたんです。それで折角だからと魔術師棟の休憩室で休憩を取っていたこいつの所に届けに行ったんですが、そうしたらとんでもない光景を目にしまして」

「だから、大袈裟だって言ってるでしょう?」

「お前は少し黙ってろ!」

 エリーシアの訴えを無視して話を進めていたサイラスだったが、文句をつける彼女をとうとう叱りつけた。それを宥めるように、これまで黙っていたミレーヌが口を開く。


「サイラス殿。具体的にはどの様な物を見たのですか?」

「ノックせずに入室して、着替えの最中でも覗いたか? それなら悪いのは貴公の方だと思うが?」

 そこで苦笑しながら茶々を入れてきたジェリドを、ミレーヌが軽く睨みつつ窘める。


「ジェリド殿、茶化すのはおよしなさい」

「失礼致しました」

 素直にジェリドは謝罪したが、それを聞いたサイラスは心底嫌そうに吐き捨てた。


「全くだ。こんなガサツ女の着替えなんか見ても、嬉しくも何とも無いぞ」

「何ですって!? どこまで失礼なのよ! それにいい加減、年長者に対して敬語位使いなさいよね?」

「それなら敬いたくなる言動をしろ!」

 そんな二人の怒鳴り合いをレオンは無言のまま顔をしかめて眺めていたが、サイラスが何とか怒りを静め、壁際の丸テーブルに置いてあった本を指差しつつ尋ねた。


「シェリル殿下、あの本を少しお借りしても良いですか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます。それからこれも頂きます」

「はぁ……」

(何をする気だ?)

 皆で囲んでいるテーブルに置かれた皿から、立ち上がりながら焼き菓子を一枚摘み上げたサイラスは、そのまま本を取りに行ったと思ったら、その傍らに置いてあった長椅子に腰を下ろした。


「先程の話に戻りますが、彼女の部屋のドアをノックして、ドア越しに『探していた文献が有ったから、持って来てやったぞ』と声をかけたら、『入ってきて』と言われたのでドアを開けたら……」

 そこで一度言葉を区切ったサイラスは、不作法に平べったい焼き菓子を口にくわえたかと思ったら、長椅子に横たわって足を組んだ。そして頭の下で両手を組み、ぶつぶつと呪文を唱えて自分の視線の先に本を浮かべてペラペラと自動で捲る。

 王妃の前でのその暴挙に、その場全員が唖然となったが、サイラスはくわえていた焼き菓子を再び手で掴んで口から出してから、憤然としてエリーシアを指差しつつ抗議の声を上げた。


「その時そいつは、偶々他に休憩を取っている魔術師が皆無で、休憩室に一人きりだったのを良い事に、こういう格好で揚げパンを頬張りながら『あひあと、ほこほいほいへ』って、横柄にぬかしやがったんですよ!! お前は一体、何様のつもりだ!?」

「一人きりの休憩室で、どういう格好で寛いでいても人の勝手でしょ!? 毎度毎度細かいのよ!」

「しかも、それだけじゃなくて、同時に魔術ではたきとほうきと雑巾を動かして、床に零れ落ちた揚げパン屑の掃除をしてたんです!」

「だってあそこは皆で共有している休憩室なのよ? 常に綺麗に保つのは、利用者として最低限の義務でしょうが!?」

「そういう問題じゃない!! 何で寝転がって本を読みつつ物を食べながら、同時進行で部屋の掃除をしてるんだ!? 色々間違ってるだろうが!」

 激高しているサイラスと、私生活を暴露されて逆切れしたエリーシアの怒鳴り合いに、シェリルが殆ど無意識に口を挟んだ。


「あの……、サイラスさん? どこが間違ってるんですか? 魔術師の人って、そんな風にお掃除してるんですよね? 手を使わずにパンを食べていたのが、お行儀が悪かったって事なんでしょうか?」

 その途端、室内に微妙な沈黙が満ちる。


「……シェリル?」

 物言いたげな表情でミレーヌが呼び掛けると、シェリルは若干周囲の空気に怖じ気づきながらも、思った事を正直に述べた。


「え? あ、あの……、エリーはいつも、炊事洗濯掃除には魔術を使っていて。『魔術を使えない人は手でするのよ』って言ってたんですけど……。お掃除する時も寝転がりながら、自分の体を浮かして、その下をほうきと雑巾が行き来してましたし……」

「やっぱり、そんな風に思っていたか……」

 サイラスが溜め息を吐いて項垂れ、エリーシアは思わず片手で顔を覆った。そんな二人に生暖かい視線が集まる中、気を取り直したサイラスが、真顔でシェリルに言い聞かせる。


「シェリル殿下、申し訳ありませんが、その考えは即刻改めて下さい。今の発言は、彼女以外の魔術師全員に対する侮辱です。皆が、彼女みたいにものぐさな訳ではありません」

「そ、そうなんですか? 分かりました」

「その他にも……、例えば、ちょっと立て」

 スタスタとエリーシアが座っている場所に近付いたと思ったら、サイラスは些か乱暴に彼女の手を引いて立たせた。次いで勢い良く彼女の紫色のローブの膝の辺りを掴み、勢い良く持ち上げる。

 すると必然的に持ち上げられたローブの下から、本来見えない筈の無い下の裾と、膝までの両足が見えた為、さすがに動揺したエリーシアはサイラスの手をローブから引き剥がし、怒りの声を上げた。


「きゃあ!? ちょっと! いきなり何するのよ!?」

「貴様! 何をするんだ!!」

 同時にレオンもいきり立ったが、サイラスはそれを完全に無視してその場全員に訴えた。


「こいつ、このローブの中に服を着ないで、下着だけなんですよ!? この前なんて長椅子に寝転がって足を投げ出してたら、素足が膝上まで見えていて魔術師長に叱責されてましたし。お前には女としての慎みは無いのか!? ちゃんと中に服を着ろ!」

「何よ、このローブは立派な服じゃない! 生地が上質で作りがしっかりしてるから、熱が籠って熱いのよ! これからどんどん暖かくなるこの季節に、一々中に余計な物を着ていられますか!」

 再び始まった言い争いに、その他の者達は揃って溜め息を吐きつつ、困ったような視線をエリーシアに向けた。するとここで何やら小声でソフィアに指示していたカレンが、落ち着き払った声音でミレーヌに申し出た。

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