6 続く災難
教育実習生が校長にベタ惚れしているという噂は、今や学校中に広まっていた。
どうやら銀ちゃんにきっぱりと断られたことで、かえって彼女の炎が燃え上がったらしい。どんどんエスカレートして、あからさまになっていった。
指導の藤原先生を差し置いて質問をしまくり、まとわりつき、見当たらないと探し回る。
誰が見ていようと、お構いなしの所業である。
目に余るはずなのに、周りの誰ひとりとして、それを本気で止めようとはしなかった。
もう、呆れて物も言えない。
のかと思いきや……違った。
彼女は、人の心に入り込むのが上手いらしい。子どもに人気もあるし、他の先生たちも大目に見る気になるようなのだ。
「しょうがないなぁ、ハハハ」
みたいな。
たまにいる、愛され上手なタイプ。
実習生はもうひとり男子が来ていたが、その彼でさえ、自分より優遇されているらしき彼女を笑って許しているようだった。
はっきりと災難なのは、半分無視されている藤原先生(キレ気味)と、追いかけ回される銀ちゃんだけ。
……いや、私も。
あれからも、何回か「見て」しまっていた。そんなつもりなんてないんだけど、やっぱり「見えて」しまうのだ。
銀ちゃんには、あの一回だけだと言ってあるが……私の言葉を信じてくれているだろうか。
六月も半ばを過ぎ、梅雨の豪雨の真っ只中。
対して平穏な阿尊くんは、今日もみんなと囲炉裏を囲み、幸せな時間を過ごしていた。
「んんっ!? このフォンダンショコラ……美味しい」
口に含んだとろける温かいチョコの、甘くて濃厚なカカオの香りが鼻に抜け、何とも幸せな気分に導いてくれる。
「この洋酒にも、よく合うぞ」
「本当だねえ。気が利く男さ」
「ふふっ、美味しいお店を教えてもらったんだよー」
一緒に持ってきてくれたブランデーのお供に楽しんでいる妖怪たち。
を、密かに横目にしていた、私。
に、阿尊くんが微笑んでいた。目が合ったまま、一秒、二――
「ああっ、あのでも、お酒のビンにケーキまで持って、この雨の中を自転車で走ってくるのは大変だったよね。無理しなくてよかったのに」
「大丈夫だよ、慣れてるから。それに、寧ちゃんの幸せな顔が見られるからね」
「え」
どんなアホ面をさらしていたのか。私が何を考えていたか見抜かれていたんじゃないかと、恥ずかしいやら、怖いやら。
「おや、一個余りますよぉ? いつもはぴったりなのに、おかしいですねぇ」
「うーん、何となく要るかなと思ったんだけどー。気のせいかな」
箱の中を覗く、はらだし。
買ってきた本人にも、理由が分かっていないらしい。
でも、案の定というか、間もなく雨に混じって表に車の止まる音がした。
で、居間に入って早々、阿尊くんに目を留めた銀ちゃんは足を止める。
「お前っ……また来てたのか!」
「お疲れ様ー。あ、これでケーキがぴったりだねー」
「ケーキ?」
ただただ、嬉しそうな阿尊くん。
ポカンとする、銀ちゃん。
私は、フォンダンショコラを指さした。
「今日は、一個余分に持ってきてくれたの。これ」
「……そういう勘のよさが気に食わねえんだよ」
心から嫌そうな顔をして、だけど座ってすぐに手を出す。
そして、一口食べた途端に表情が変わった。
「美味いな」
阿尊くんの笑顔が、輝きを増す。
「でしょー? よかったー。ハイ、どうぞ」
「~~~っ! しみる!」
そうと気づかず、阿尊くんから受け取ったブランデーをグイっといって喉と胃を焼いたあとは、傍目にも銀ちゃんの機嫌が直ったのが分かった。
甘味と酒の力はすごい。
……のか、銀ちゃんが簡単か。
「飯も食わず、酒に菓子とは。うつけめ」
「今頃来たって、残り物しかありゃあしないよ」
青行燈が突っ込み、十兵衛ちゃんが冷たく言い放つ。
十岐が軽く息をついて腰を上げた。
「全く、しょうがないね。用意してやるから、しばらく待ちな」
「あ……悪いな、ばあ様」
「おやまあ、珍しい! お十岐さんが、銀治さんにお優しいなんて!」
はらだしが、大げさに驚いて見せる。
「さすがだよねー、十岐さん! 銀ちゃんが息抜きしに来たこと、分かってるんだ。疲れて参っちゃってるもんねー」
阿尊くんの言葉に、十兵衛ちゃんの目が光った。
「何? 何だい? どうしたのさ?」
「若い女の子に、迫られてるんだよー」
「なっ、阿尊っ!」
「若い女だって!?」
「何ですか? どういうことですか?」
「速やかに説明するがいい」
興味津々の妖怪たちを止められるはずがない。結果、当然のことながら笑い転げ、いい酒の肴にされてしまった。
銀ちゃんの災難は続く。
「ぎゃはははは! オレに心の中を隠す余裕もなくなったのかよ、銀治! 何だ、その困り果て様は! いい気味だな!」
サトリが腹を抱えている。
普段ならば、ある程度は心をコントロールできる銀ちゃんが、今はできていない。ということは、どれだけ疲れているかが分かるというものだ。
「不器用だねえ、銀治。食っちまうか突き放すか、強気に出りゃあ何てことないのにさ。まあ、できないか。銀治だもんねえ。くっくっく……あっはっはっはっは!」
十兵衛ちゃんも、まだ笑いを抑えきれない。
「下らぬ。が、それは見ておくのも悪くあるまい」
「やれ、男冥利。うらやましいですねぇ。あたしも言い寄られたいですよ」
学校に来る気の青行燈と、本気でうらやんでいる、はらだし。
赤鬼は慰めるように、銀ちゃんの肩にずしりと手を置いた。
「うるせえよ! 大体、何で俺なんだ。こういうことは、阿尊の役割だろうが」
「人には好みがあるんだよー。それに、銀ちゃんはかっこいいもの。もっとモテてもおかしくないよ」
阿尊くんに言われて、ますます銀ちゃんがしかめ面になっていく。
もう十岐の料理を待てず、酒をあおった。
私の顔も、知らず知らず渋くなる。
みんな勝手なことばっかり言って、笑い事じゃない。
こうなってみて初めて、十岐の頭の中が不思議でしょうがなくなった。一体、どう処理をしているんだろうと思う。
私の場合、何かやっているときに「見える」と、自分のことがおろそかになってしまうのだ。階段を下りる途中で「見えた」ときなんて危うく落ちそうになったし、それに何か……イライラするというか……
とにかく、早く何とかしてくれないと、こっちも困る。
「寧、困ってんのか? だったら、オレは見過ごせないぞ! さっさと何とかしろ、銀治!」
「え? あ」
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