4 取り消せませんので明日から
激しい雨が、屋根や窓、そこら中を打っている音が聞こえる。
一瞬の光がまぶたを照らして、目を開けた。
夜。
ゴロゴロと空が鳴り、また閃光が走る。
ベッドを下り、掃き出し窓に、沿うように立つ。ガラス越し、大きな稲妻が瞬間的に空を二分して、割れるような雷鳴が辺りを震わせた。
空全体が銃であるかのように、高く、身を打つような音。
今のは相当、近い。
恐怖と高揚が一時に訪れる。その音を、怖いと感じながらも、もっと聞きたいと思ってしまう。
体の奥底から沸き立つような、衝動。
いつの頃からそうなったか覚えていないが、気づいたときには、私は雷が好きだった。特にこんな、体の内側にまで鳴り響く、怖いくらいの音が。
しかし轟いたのはその一回きりで、激しい雨音だけが後に続く。
灯りをつけて時計を見ると、針はそれぞれ七と六辺りを示していた。七時半。
ひとつため息をついて、私は部屋を後にした。
「あー! 起きてきたよ!」
下りてくる私を、十兵衛ちゃんが真っ先に見つけた。
「見ておくれよ、すっかり治っちまった! きれいだろ? それにさ、ものすごく気分がよくてさ! 酒が美味いったらないよ、ありがとうねー」
近寄ってくるのを待ちきれないように、腕を突き出す。
喜びに溢れていた。
「ああ、うん。……よかったね」
笑顔で答える。
傷が治ったところは、あのとき見ていたから知っている。だから、治せたことより、むしろこうやって喜んでくれることの方が嬉しい。
でも、確認するまでは不安の方が大きかった。
前と同じだったら、きっと落ち込む。
「二時間だぞ」
「え?」
覚悟を決める前に、心を読んだサトリが言った。
「ほ、本当に!? 今日なの? 日付、変わってない?」
「ああ。寧が眠ってたのは二時間だけだぞ」
「よ、よかった……」
ようやく、肩の力が抜けた。
また三日間も眠る羽目になっていたらと思って、気が気じゃなかった。
「お十岐の予想通りの時間だ。相変わらず、小娘は手の平の上よ」
「え……」
「よかったですねぇ。何だかよく分かりませんけど、お十岐さんが心配ないっておっしゃるから、安心してお待ちしてましたよぉ」
「……あ、そう」
のんびりとしたこの空気は、そういうことだったか。
「ビーのときは大地の力をほとんど使い果たしておったが、今回は止めるのが早かったからな。長々と眠るほどの負担にはなっておらん。せいぜい、こんなもんだろう」
「そう……そうだよね。でも、よかった」
十岐の説明に、やっとちゃんと安心することができた。
だから、転がされたことはこの際、忘れる。
「これで分かったろ? さっきのお前は、今の体に見合う程度の大地の力を擁しており、その半分を失うと、脳が危険を感じて体に鍵をかけた。眠って体力を使わないようにしたんだな。つまり、それが限界点だ。明日は、超えないように気をつけな」
「……はい」
限界は、十歳程度で持つ量の半分、か。
何となくではあるけど、自分が思っていたよりも随分と融通が利かない。「超能力を使えますが、三十秒だけです」みたいな。
うっすらとガッカリ感。そこはかとなく残念な感じ。
でも、仕方ないんだろう。現実なんて、大体いつも都合よくいかない。
ふらふらになったり眠り込んだりするのは、やっぱりもう嫌だ。まだ少し体にだるさが残っているけど、時間がたてば回復するだろうし、明日はもっとマシになるように頑張らないと…………
ん?
「明日?」
ようやく、十岐の最後の言葉に気がついた。
明日って、何?
「ついでだ。明日から特訓を始める」
と、特訓っ!?
「ちょっと待って! ついでって……そりゃ、私だってやらなきゃいけないとは思ってたけど、今は『見えた』ときに落ち着いていられるようにすることで精一杯だよ。関係ないことに労力を割いてる余裕は――」
しかし、最後まで言わせてもらえなかった。
「お前は能力の幅だけが広がって、何ひとつきちんとできないままだ。扱えない道具ばかりを持って、自分を傷つけているようでは話にならん。ここらで底上げするんだよ。それに、わしは関係がないとは思わん。大地の力は、わしらにとって基本となるものだ。何事にも繋がりがあるんだよ」
「いや、でもホントに余裕なんてな――」
「なら、お前の今のやり方で、何とかなりそうなのかい?」
何とか回避しようとしたけど、とどめを刺された。
ぐうの音も出ない。
何とかなる気配なんて――微塵もない。
「明日から、なるべく早めに帰っておいで」
「…………はい」
できることなら、いっそ全部の能力を取り消してもらいたい。
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