5 特訓 ―花
次の日、十岐に渡されたのは、花瓶に入った一輪の花。
「これなら焦らなくてもいいだろ? 四、五日は持つ。枯らさないようにやってみな」
ということで、花を相手にウンウン唸る羽目になった。
一日目。小さく動かすという感覚が全く分からず、力むだけ力んで、ぐったりして終わった。
二日目。「もっと集中して、大地の力が自分のものになるところを感じろ」と言われて、ずっと集中したら、最後は目が回った。
三日目。どうやっても分からなくてイライラし始め、そのせいで集中できなくなった。
四日目。とうとう花がしおれてきた。今日中にできなければ、明日は枯れるだろう。そう思ったら焦ってしまい、また力を暴発させた。それでも意識が途切れる前、運ばれてなるものかと、意地でベッドに這っていった。
五日目。奇妙な形に肥大した花を新しいものに取り替え、また新たな気持ちで取り組んだ。やっぱり何もつかめなかったけど、集中力は少しだけ増してきた。
六日目。土曜日だったので、一日中これにかかりっきりだった。といっても、途中で疲れて三回は仮眠を取った。花にやるどころか、集中すること自体にかなりの量の力を消費して、この日も上手くいかなかった。
今日で、七日目。
「寧ー、この花いつまで置いとくんだよー? 変だぞ。有り得ないぞ、この形」
サトリの目線は、四日目に力を注ぎ込んだ花に向かっていた。
花瓶は、一輪挿しから大きなガラスのものに変わっている。
「だって……元気だし……」
その花は、ユリ。
ユリ……だった。
倍の大きさになった花びらは、元の上品さの欠片もなく付け根から広がってねじれ、ねじりすぎて、風を受けられないかざぐるまのようだった。何より変なのが、あのとき私がつかんでいた茎の部分が異様に膨れ、ぽってりとしたお腹のようになっていること。
ここに、気持ちの悪い新種が誕生していた。
「何だよ、この茎。毒でも溜め込んでるんじゃないのか? そのうち、ここから毒の胞子を飛ばすぞ」
「そんな訳っ! ……ないでしょ。……多分。別に悪いもの入れた訳じゃないんだし……」
言い切れないのが悲しいところだった。見た目が見た目だけに。
十岐が言うには、花は激流に巻かれたためにねじれ、茎は、直接一気に力を吸収したためにこうなった、ということらしい。
大地に根付いているものは、大地の力の影響を受けやすい。それだけのことで、害は、ない。
ただ、いつになったら枯れるのかは……分からない。
「あたしは好きですけどねぇ。愛らしいじゃありませんか、あたしみたいに」
はらだしが、自分のお腹を指して言った。
確かに、はらだしとかぶっているかもしれない。お腹の大きさと、何というか……グロテスクな感じが――
「グロテ――」
「わーっ! わーっ!」
私は、サトリの前に慌てて身を乗り出した。
うかうかと物も考えられやしない。
「昼飯、できた。取りに来い」
「あ、はーい」
赤鬼の言葉で、みんな一斉に台所に向かった。
赤鬼は、十岐を手伝っていたのだ。
「オレの釜玉はどこだー?」
「我のざるは」
「それ、あたしの生醤油ですよぉ」
「ぶっかけは、あたいのー」
今日の主食は、うどん。それぞれが出したリクエストに答えてもらっていた。私はシンプルに、かけうどん。
「いただきまーす!」
「これこれ。やっぱり、うどんはしこしこがいいですねぇ」
「何、言ってんだい。柔らかいのがいいよ。これくらいで丁度いいのさ」
ひとつひとつ、麺の固さまで好みに合わせてくれていた。
優しい赤鬼は、みんなが喜ぶのが好きなのだ。だから、好みのうるさい麺類は、いつも赤鬼が作っている。
十岐は、こんな面倒くさいことはしない。
おかずは、てんぷらだった。ちくわ、鶏肉、かぼちゃ、ナス、万願寺とうがらし、玉ねぎ、オクラ、アスパラガス、海鮮かき揚げ、そして半熟卵。
「やっぱ、とり天だな。これがあったら、他はいらないぞ。あ、ナスもいるけどな」
「かき揚げであろう。今日はしらすが入っておる、美味い」
「あたしは、ちく天が大好物ですよぉ。あら、オクラもいけますね」
どれもこれも、サクサクのホクホク。まずは塩、そしてつゆでと二度美味しい。
「私は絶対、半熟卵! ん~、幸せ!」
歯ざわりのいい衣と、中のとろとろ感がたまらないのだ。
朧も好物のようで、三つも食べた。
ビーはというと、今は狩りに出かけている。若いビーには自立が嬉しく、また、私がそれを望んでいることを知っているからだ。
実は、私はまだ、普通の鷹の一生を送らせることを諦めていなかったりする。
デザートにはアイスクリームのてんぷらが出てきた。外は熱々、中はひんやり。これを考えた人は、間違いなく天才だと思う。
そして、こんなものを家で作れることにも驚いた。十岐に言わせると簡単らしいけど、十岐の「簡単」が他の人にも当てはまるのかどうかは、私には疑問だ。
「昨日の疲れは午前中で取れたようだね。そろそろ始めたらどうだい」
食後にまったりとしていると、十岐が私に言った。
平日はずっと、監督する十岐を除くと、家にいたのは赤鬼と朧とビーだけだった。だからよかったけど、こんな勢揃い(しかもうるさいのが)では、居間で集中なんてできっこない。
私は頷き、昨日同様、二階に上がった。
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