7 避け損ねた受難
しくじったことに気づいた。
サトリがいることを忘れて、しっかり考えてしまっていた。
銀ちゃんが、険しい顔になる。
「やっぱりそうか……。すまん、気まで使わせたな」
「いや、違う! あの、だから……もうっ! 余計なこと言わないでよ、サトリ!」
「何だよ、困ってんだろ? それにイライ――」
「だっ、黙れ!」
サトリの口を塞ごうとしたけど、読まれて逃げられた。
事情を知らないはずの阿尊くんが、何かを納得したように笑う。
「そっかー。寧ちゃん、困るんだ。じゃあ、何か考えないとね」
「考えるったって、何をさ。あたいたちが脅した方が、早かないかい?」
十兵衛ちゃんが物騒なことを言い出したところへ、青行燈がさらに妙な方向へと話を進めていく。
「そんなもの、阿尊と出来ておることにすればよいではないか。昔は衆道と言って、男色はむしろ清く正しいものだと――」
「ふざけんじゃねえっ! 誰がそんなことするかっ!」
すごい勢いで遮った銀ちゃんの気持ち…………分からないでもない。
「じゃあ、十兵衛さんがお相手になればいいんじゃないですか?」
「え? あたい?」
はらだしの言葉に、みんなが一斉に十兵衛ちゃんを見た。
それは、いけるんじゃあ?
十兵衛ちゃんは、絶世の美女(妖怪だけど)。こんなきれいな人(妖怪だけど)が恋人だと知ったら、普通は勝てないと思うはずだ。
「いいんじゃないか? 十兵衛は人に紛れて生きてきたんだし、上手くやれるぞ」
「そうだねー。二人ならお似合いかもー」
サトリが太鼓判を押し、性別を超越した美しさの阿尊くんが笑顔でうなずく。
「ふん。我の案なら、てき面であるものを」
青行燈は納得していないが……
確かに効き目はあるだろう。でも武士の時代ならいざ知らず、今の日本ではダメージの方が大きいと、私は思う。
「どうします、銀治さん? 十兵衛さんか、阿尊さん。ご自分でおできにならないのでしたら、選ぶしかありませんよぉ? それとも、いつまでも寧さんを煩わせるおつもりですかぁ? ふふふふふ」
はらだしが、妙な迫力で銀ちゃんに迫った。
「う………………十兵衛……頼む」
「あいよおっ! 任しときな!」
半ば強制的に十兵衛ちゃんを選ばされた銀ちゃんは、がっくりとうなだれた。
「何でこんなことに……」という空耳が聞こえる。
「そうと決まれば打ち合わせするぞ! 十兵衛!」
「十兵衛さんの役作りをしなくてはいけませんね」
「人間になりきるなんて久しぶりだねえ! 楽しみだよ」
「僕、銀ちゃんには凛とした人がいいと思うんだけどー」
妖怪と、ほぼ妖怪の人が盛り上がり、大いに楽しんでいる。
「もう、困らなくていいな」
「え……う、ん……」
赤鬼に言われ、考える。
妙なことになってしまった。こんな成り行き任せでいいんだろうか。
「銀治が器用に生きられるなら、今ここにはいないんだよ、寧」
顔を上げると、お茶漬けとお造りを持って戻ってきた十岐の目が、しっかりと私を見ていた。
……そうだ。
不器用でバカ正直だったから、遠い過去、銀ちゃんは里を出ることになった。
もしも里にいれば、その後も……今も組織にいて、実力をいかんなく発揮していただろうのに。
「よく考えな。お前が困っているのは、お前の問題だ。原因は銀治じゃない。茶番など、やるだけ無駄だ。止めるなら今しかないよ」
「え……」
それは、上手くいかないということか?
私の問題って……?
阿尊くんがいる前では、深く聞くことはできなかった。
聞いたとしても、簡単に答えなど提示してはくれないだろう。
十岐はいつだって、自分で考えろと言う。
私はいつだって、分からなくて戸惑うのだ。
そのやり方が、いつも私を成長させてくれるのは知っているけれど……
「ああもう! 阿尊の理想になんて、付き合っちゃいられないよ! 乗り込んで、とっちめてやりゃいいだろ。人間の小娘が妖怪のあたいに勝てる訳はないんだから、それで一発さ。決まりだね」
十兵衛ちゃんの言葉が耳に飛び込んできて、ハっと我に返った。
「だっ、ダメだよ! あの、ごめん、やっぱりやめて。気持ちだけもらって――」
「嫌だね。もう決めたよ。あたいに任しておきな。ああ、腕が鳴るねえ」
「そんな……」
遅かった。
私がボヤボヤしている間に、気持ちは固まってしまったのだ。
やる気になった十兵衛ちゃんを、もう止めることなどできない。
でも、このまま好きにさせたりしたら、もしかしてとんでもないことに――――
「じゃあ、私が筋書きを立てる! 十兵衛ちゃんには、ちゃんといい役を作るから! 人間には人間のやり方があるんだから、乗り込んで取っちめたりしたら、私はもっと困るんだよ!」
何とかして、せめて危ないことだけは止めようと必死だった。
十兵衛ちゃんの流し目が、値踏みするように私を舐める。
「ふうん……まあ、いいか。寧ちゃんが、あたいにどんな役を作ってくれるのかってのには、興味があるしね」
興味がなさそうに眠っている朧とビーの横で、「知らないよ」とばかりに十岐がお茶をすすった。
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