2 持ち直し

 はあっ!? 何、その設定!

 元の私が、そんなアクティブなことをするはずないじゃないか! できる限り目立たないように生きてきたのに!


 危うく出そうになった声を飲み込み、心の中で思いっきり突っ込む。


「えっ、大丈夫なんですか!? とてもそんな感じには……。外国なんて、危ないんじゃないですか?」


 優一くんが、心配そうな声になった。


 ほら! やっぱりそうなる! かけ離れすぎてるんだよ!


「お、おばば――」

「大丈夫だよ。父親の死で大きく落ち込んで、何かが吹っ切れたんだろう。本来のあの子は、思い立ったらすぐ行動に出る、活発な性格だ。それが無茶で無謀だろうと、後先なんか考えないのさ。元に戻っただけだよ。少々バカなところが、玉にキズだけどね」


 慌てて口を挟もうとした私を、十岐の言葉が遮った。

 そして、私を見てにやりと笑う。


 私に、言ってる……?

 じゃあ、もしかして……子どもになってから、何か起こったときに、つい衝動に駆られて動いてしまってたのって――

 私らしくないと思ってたことが、実は全部反対だった??

 無茶で無謀で、バカ――――が、ホントの私!?


「そうですか……。会えないのは残念だけど、お元気ならよかったです」


 優一くんは、ちょっと寂しそうに笑った。


「まあ、大変だろうが、その方が楽しくもあるってものさ。上手くやってくれることを、わしも願ってるよ」


 そう言って、十岐はまた私を見た。

 目が、笑っている。

 さっきのショックも拭えない私に、その目と言葉が突き刺さった。


 好きに動け、いっぱい考えろ、そして楽しめ。

 これが、十岐の鉄則。

 それだけならまだしも、必ず最後についてくるのが――――

 上手くやれ。


 分かっている。あまねの秘密がバレないよう、上手くやることは絶対条件だということくらい、私にだって。

 でも、十岐の言葉に翻弄される私は、いつだって無様な姿を晒すことになるのだ。


「そうだ、あの、僕が今日お邪魔したのは、お姉さんの本を返すためなんです。急に引っ越されて、お借りしたままになってしまったので」


 鞄を探る優一くん。

 急に引っ越したのではなく、目覚めたらいきなりここにいたのだが……そう言えば、と思い出す。

 お互い本好きで、私と好みが合ったから、よく貸していたのだ。おとなしい子だけど、本のことになると饒舌になって、話が弾んだものだった。


「ご迷惑かとも思ったんですけど……やっぱり、直接会って返したかったんです。お姉さんには、本当によくしていただきました。いい本もいっぱい教えてもらったし、僕は暗いから学校で上手くいかなくて……そんなときに悩みを聞いてくれて、気持ちが軽くなったんです。だから僕、お礼が言いたくて……」


 いっぱい迷った末に、ここに来たんだろう。

 なのに、私はいなかった(いや、ここにいるんだけど)。

 正体を明かせなくて、ごめんね。

 そして……ありがとう、わざわざ来てくれて。


「それは悪かったね。わしが預かっておこう。いつかひょっこり帰ってきたときに、お前さんの気持ちもちゃんと伝えておくから、心配しなくていい。あの子はきっと、喜ぶだろうよ」

「はい、よろしくお願いします。じゃあ、僕、帰ります。遅くなるといけないから」

「ああ、親御さんにもよろしく言っておくれ」


 玄関に向かう二人の後についていきながら、私はせめてものことを思いついた。


「あの、ちょっと待ってて!」


 駆け上がった二階から持ってきたのは、一冊の本。


「戦争のときの話なんだけど、主人公が生き生きと描かれてるんだ。暗い時代なのに、それを感じさせないほど明るい視点で……気に入ると思う。あっ、ていうのは、寧お姉ちゃんが好きだったからで! お姉ちゃんにもらったんだ! だから、これ、あげる! 返さなくていいから!」


 あたふたと差し出す。


「え、でも……」

「もらってやっておくれ。来てくれたお礼だと思ってくれればいいさ」

「じゃあ……ありがとう」


 十岐の後押しで本を受けとった優一くんは、はにかんだ笑顔を残して帰っていった。


 十岐は言う。


「お前が卑下する大人の頃の自分が、誰かの役に立っていたことを、教えてもらえてよかったな」

「……うん」

「要らない存在など、この世にはないんだよ。全てのものが、どこかで何かと繋がりあっている。自分にはさほど意味がなくとも、誰かには重みがあることもある。このことを、心の片隅にでも置いておくんだね」

「……はい」


 十岐の考えの半分も、きっと私は理解できていない。

 だけど今日のこと――過去の私の気持ちが優一くんに伝わり、勇気を持ってわざわざ来てくれた彼の気持ちが、また私に伝わったことは――すごく意味のあることだった。

 気持ちが澄んでいく。


「さて、晩飯の準備をしようか。手伝っておくれ」

「うん」


 笑顔で答えた。

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