エピローグ~6年後・夏~
「大翔、どうしたの? 急に、こんなところに呼び出したりして。あら、シロも一緒なのね」
「クゥーン」
私は、しゃがんで、シロの頭をなでた。
私が、大翔と付き合い始めて6年。あの日からは――今日で、ちょうど12年だ。時刻も、同じ頃だったような気がする。
私は、大翔に、あの川に呼び出されていた。
「結衣。今日が、何の日か覚えてる?」
川を見つめながら、大翔が聞いた。
「今日? さあ、燃えるゴミの日かしら?」
と、私は、わざと知らないふりをしてみせた。
「燃えるゴミは、昨日だよ」
と、大翔は、真面目に返した。
「分かってるわよ。冗談よ」
この真面目さが、大翔のいいところでもある。
「私たちが出会って、もう12年だね」
私たちは、高校卒業後、それぞれ別の大学に進学した。そして今は、それぞれ地元の会社に就職している。
「まあ、12年とは言っても、半分は会ってないわけだけどね」
と、大翔は笑った。
「再会してからの6年間、いろいろ会ったよね。私が一番驚いたのは、陽菜と五十嵐君ね」
「ああ、そうだね。まさか、二人が付き合うようになるなんて、思わなかったよ。如月の、粘り勝ちっていうところかな?」
五十嵐君も、過去にいろいろとあったみたいだけど。
陽菜が、『陽菜が、五十嵐君を立ち直らせてあげる』と、宣言して、二人は進学はしなかったけれど、同じ東京の会社に就職した。そして、付き合うようになったと、メールで連絡をしてきた。
余談だけど、メールに添付された写真には、陽菜と五十嵐君の他に、何故か麗華が一緒に写っていた。お姉ちゃんが、東京で勤めているカフェで働いている麗華と、友達になったみたいだ。
更に余談だけど、お姉ちゃんは、店長として、東京のお店に戻っている。つまり、麗華は、お姉ちゃんと同じお店で働くという夢を、叶えたということだ。
ちなみに、お姉ちゃんは、まだ独身だ。恋人は、いるみたいだけど。
「今日は、思い出話をするために呼び出したの?」
「…………」
「大翔?」
大翔は、黙ったまま川を見つめている。
「クゥーン?」
シロも、飼い主の様子に不思議そうな顔をしている。
「――6年前に、『6年待ったんだから、あと6年くらい待てるんじゃない?』って言ったの覚えてる?」
大翔は、私の目を見ながら言った。
「えっ? 『ちゃんと告白してよ』って、言ったやつ?」
「うん」
と、大翔はうなずいた。
「覚えてるけど――」
あのあと、ちゃんとした告白は受けてないけど。
「――今日、約束を果たすよ」
「えっ? 今さら、もういいよ」
と、私は笑った。
もう、ちゃんと付き合ってるんだし。今さら、改めて付き合ってくれって言われても、なんか恥ずかしい。
「結衣――」
大翔は、ポケットの中から、小さな箱を取り出した。
「――大翔……」
それって、まさか――
「俺と――俺と、結婚してくれないか?」
「…………」
「結衣?」
「――確かに、ちゃんと告白してって言ったけど……。プロポーズまでしてなんて、言ってないわよ……」
「結衣――泣いてるの? ご、ごめん……。今のなし。一回忘れて」
大翔は、とてもあわてている。
「――ばか……。忘れられるわけがないでしょ――こんな嬉しいこと!」
「それじゃあ――」
「もちろん――喜んで!」
「結衣――ありがとう」
私たちは、抱き合って、キスをした。
私は、大翔からプレゼントされた箱を開けてみた。指輪が入っていると分かってはいても、ドキドキするものだ――
「…………」
「クゥーン?」
「――大翔……。なにこれ?」
私は、自分の目が、おかしくなったのかと思った。
「えっ? 忘れたの? キーホルダーだよ」
「そんなの、見れば分かるわよ。私が、12年前にあげたキーホルダーじゃない」
「そうだよ」
「『そうだよ』って――普通、指輪じゃないの?」
私が知らないうちに、世の中の常識が変わってしまったんだろうか?
「なんとか、指輪を買おうと思ったんだけど。俺たち、社会人になったばかりで、まだお金が、そんなにないでしょ?」
「それは、そうだけど――」
「だから、指輪は、お金が貯まるまで、もう少し待ってて」
「だったら、無理に今日プロポーズしなくても――」
「だって、あと6年って、約束しちゃったし」
変なところに、律儀なんだから。
「それじゃあ、私がキーホルダーを持っておくから、大翔は、これを持ってて」
と、私は、バッグから、ハンカチを出した。
「あっ、俺があげたやつ」
「それじゃあ、待たせるんだから、とびっきり高い指輪を買ってもらおうっと」
「えっ? いや、それはさすがに――」
大翔は、顔が青ざめている。
「知ーらないっと――ねえ、シロ」
「クゥーン!」
河原には、シロの鳴き声が響き渡った。
白い子犬 わたなべ @watanabe1028
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