第3話

「さあ、着いたぞ」

 お父さんの言葉に、私は目を覚ました。車に揺られながら、気持ちよくて、いつの間にか眠っていたみたいだ。

 私は、車から降りると、大きく伸びをした。

「懐かしい……」

 私は、思わずつぶやいた。6年ぶりに、この家に住むんだ。

「このお家も、変わらないわね」

 と、お姉ちゃんが言った。

「やっぱり、こっちは空気が綺麗ね」

 と、お母さんが言った。

 帰ってきた――本当に、帰ってきたんだ。

「さあ、入ろう」

 お父さんがカギを開けると、私たちは家の中に入った。

「中も綺麗ね。もっと、汚れているかと思っていたわ」

 と、お母さんが言った。

「ああ、兄貴の奥さんが時々来て、掃除をしてくれていたからな」

「それじゃあ、お礼を言っておかないとね」

「そうだな」

 私は、またこの家で、そして――この街で暮らせることが、とても嬉しかった。


 今日から、二学期が始まる。私は、陽菜ちゃんと同じ学校に通うことになっている。陽菜ちゃんとは、時々電話で話してはいたけれど、実際に会うのは本当に久しぶりだ。

 ちなみに、私は中学校入学と同時に、お父さんに携帯電話を買ってもらった。陽菜ちゃんは、高校生になってから買ってもらったみたいだ。

 私が東京に住んでいたときに、陽菜ちゃんが東京にやって来ることは、一度もなかった。陽菜ちゃんの、両親の許可が出なかったのだ。やっぱり、娘を一人で東京に行かせるのは、反対だったらしい。

 最後に陽菜ちゃんに会ったのは、小学校六年生のお正月に、私が家族で里帰りしたとき以来だ。

 それ以来、こっちには一度も帰っていなかった。

 もちろん、この夏休みの間にも会いたかったのだけれど、引っ越しの片付けがあったり、陽菜ちゃんの母方の、鳥取県のおばあちゃんが亡くなって、陽菜ちゃんもお葬式で鳥取県に行っていたので、まだ一度も会えていなかった。だから、今日、5年ぶりに会えるのが、とても楽しみで仕方なかった。

 陽菜ちゃんにも、同じ学校に通えることになったということは、もちろん話してあるけれど、同じクラスになれたらいいな。

 高校までは自転車で20分くらいと、比較的近い距離にある。

 私は小学生の頃に乗っていた、子供用の自転車しか持っていなかったので(東京では、バスと電車で通学していた)、こっちに帰ってきてから、お父さんに新しく白い自転車を買ってもらった。

 小学生のときに買ってもらった、街の小さな自転車屋さんに行ったところ、すでに閉店していたのには、とても驚いた。近所の人の話では、3年くらい前に閉店したらしい。この自転車は、新しくできたホームセンターで買ってもらった。

 あの頃は、近所にホームセンターなんてなかったんだけど、たった6年で、この街も大きく変わりつつあるんだな。

 私は、小学校の近くまでやってきた。こんなところにも、コンビニができたんだ。本当に変わったなぁ。

 私は、川の方に目をやった。河原に下りる階段が、新しくなっている。手すりが付いて、さらに、車椅子も下りられるようになっている。こういうところも、変わっているんだ。

 あの男の子と、ワンちゃんは、元気にしているだろうか?

 男の子も、今は高校二年生のはずだ。もしかして、同じ学校だったりして――まさかね。

 もしも、同じ学校にいたとしても、見て分かるだろうか? 6年前に一度会ったきりで、帽子をかぶっていたから、顔はあんまり見えなかった。正直、私の記憶もかなり曖昧で、顔を見ても分かるかどうか、まったく自信がなかった。

 ワンちゃんの方だったら、分かるだろうか? いや――もっと、分からないか?

「おはようございます!」

 通学中の小学生が、私にあいさつをしていく。

「おはよう」

 私も、あいさつを返した。こうしては、いられない。転校初日から遅刻をしては、さすがにまずいだろう(初日じゃなくても、だめだけどね)。私は、急いで学校へ向かった。


「みなさん。今日からこのクラスに、新しい仲間が加わります。一之瀬結衣さんです。それじゃあ一之瀬さん、あいさつをしてください」

 と、担任の新垣あらがき先生が言った。新垣先生は、見た目は25歳くらい(実際には、30歳くらいのようだけど)の女の先生だ。担当は体育で、女子バスケットボール部の顧問だ。

「はい。みなさん、おはようございます。一之瀬結衣です。6年ぶりに、東京からこっちに帰ってきました。私を知っている人もいるかもしれませんが、今日からよろしくお願いします」

 私があいさつをすると、パチパチと拍手が起こった。

「よろしく!」

「結衣ちゃん、かわいい!」

 などの声が飛んだ。東京に転校したときと、大違いだ。あのときは、本当に静かだった。

「はーい。みんな静かに! 子供じゃないんだから、転校生が来たくらいで、はしゃがない!」

 と、新垣先生が注意した。

「新垣先生の声も、うるさいよ!」

 と、男子生徒の誰かが叫んだ。

「今、叫んだのは誰? 廊下に、立たせるわよ」

 新垣先生の一言に、クラス中から笑いが起こった。

「先生! 今の、渡部わたなべ君です」

 と、女子生徒の誰かが言った。

「渡部君ね。分かったわ。後で、覚えてらっしゃい」

 楽しそうなクラスだなぁ。東京でも、こんな感じだったらよかったのに。

「それじゃあ、一之瀬さんの席は――」

「はーい! はーい! 先生! ここが、空いてます!」

 と、一人の女子生徒が叫んだ。私は、その女子生徒の声に聞き覚えがあった。6年前までは毎日のように聞いていた、最近も電話で聞いていた声だ。

「それじゃあ、一之瀬さん。あの、うるさい女の子の後ろの席に座って」

「はい。分かりました」

 また窓際か。私は、窓際の後ろから二番目の席に座った。

「結衣ちゃん! 結衣ちゃん! 久しぶり! 同じクラスになれたね!」

「陽菜ちゃん! 会いたかった!」

 うるさい女の子とは、陽菜ちゃんのことだった。

「結衣ちゃん、元気だった?」

「――うん。まあね」

「何よ、その返事は? 東京で、何かあったの?」

「ううん。別に、なんでもないよ。それより陽菜ちゃんの方こそ、元気だった?」

「見ての通り、元気よ」

 確かに、これで元気じゃなかったら、それはそれで、おかしな話である。

「陽菜ちゃん、あの頃と全然変わらないね」

「えぇ? そう? そんなことないと思うけど」

「うん。小学生の頃のまま、大きくなったみたい」

 陽菜ちゃんは、小学生の頃からかわいかったけれど、今もかわいいままだ。

「それって、褒めてるの? まあ、いいや。結衣ちゃんは、なんか大人っぽくなったんじゃない?」

「えっ? そんなこと、初めて言われたけど――」

「そう? 東京帰りだから、そう見えるのかな?」

 そんなものなのかな?

「あのさぁ」

 不意に、私の後ろの席から、男子の声が聞こえた。

「えっ?」

 私は、振り向いた。

「お前ら、うるさいんだけど」

 と、男子生徒が言った。

「あっ、ご、ごめんなさい」

 私は、男子生徒に謝った。

「…………」

 男子生徒は、黙って私の顔を見ている。

「――なにか?」

「い、いや――騒ぐんだったら、他の席に行きなよ」

「えっ?」

 何、この人?

「こらっ! 如月さん、一之瀬さん、それに結城ゆうき君もっ! うるさいわよ。まだ、朝礼中よ。あなたたちも、廊下に立たされたいの?」

 新垣先生に、怒られてしまった。男子生徒は、結城君っていうのか。

「すみません」

 私たちは、新垣先生に謝った。

「一之瀬さんは、初めてだから大目に見てあげるけど、他の二人は、騒ぐんなら本当に立たせるわよ」

「お前らのせいで、こっちまでとばっちりじゃねぇか――」

 と、結城君はぶつぶつ言っている。ちょっと、悪かったかしら?

大翔ひろと、だっせぇな」

 と、私の隣の席の男子が言った。

「うるせぇよ、大和やまと

 と、結城君は、ジロッと睨んだ。


 放課後――


「結衣ちゃん、一緒に帰ろう」

「うん。陽菜ちゃんは、部活はやってないんだっけ?」

「陽菜は、入学してからずっと帰宅部よ」

 私は、陽菜ちゃんと一緒に帰ることにした。こうやって陽菜ちゃんと一緒に帰るのも、小学校五年生の夏以来6年ぶりになる。また、こういう日がくるなんて思わなかった。

「でも、結衣ちゃんと同じクラスになれて、嬉しいよ」

「うん。私も嬉しいよ。陽菜ちゃん、同じクラスだって知ってたの?」

「知らなかったけど、一学期の途中で男子が一人転校していって、人数が減っていたから、もしかしたら――とは、思っていたけどね」

「そうなんだ」

「そういえば、結衣ちゃんの自転車、新しいね」

「うん。お父さんに、買ってもらった」

 ちなみに、陽菜ちゃんの自転車は、赤い自転車だ。

「陽菜ちゃん、そういえば、自転車屋さん閉店したんだね」

「そうそう、3年くらい前に大きなホームセンターができて、コンビニも増えたし、この街もだんだん都会的になっていくのかな? 今度、カフェもできるみたいだしね」

 最近まで東京で暮らしていた私からすれば、この程度で都会的と言われても、あまりピンとはこなかった。

「そのカフェって、私のお姉ちゃんが勤めるところだわ」

「へぇ、そうなんだ。それじゃあ、オープンしたら一緒に行こうよ」

「いいよ――ふふっ」

「結衣ちゃん、何がおかしいの?」

 私が突然笑い出したので、陽菜ちゃんは不思議そうにしている。

「ちょっと、東京の友達を思い出したの」

「東京の友達?」

「うん」

「どんな人?」

「二宮麗華っていうんだけど。その麗華がね、どういうわけか私のお姉ちゃんのことが大好きで、お姉ちゃんみたいになりたいって憧れてるのよ」

「へぇ、そうなんだ。確かに結衣ちゃんのお姉ちゃんって、素敵だもんね」

 ここでも、意外な、お姉ちゃんの女性人気だ。

「――まさか、陽菜ちゃん、女の人が好きなんてことは――」

「えっ? そんなわけ、ないでしょ。その麗華ちゃんっていう子は、女の人が好きなの?」

「うーん――よく、分かんない。麗華は、女の人が好きなんじゃなくて、私のお姉ちゃんが好きなんだって」

「――そうなんだ」

「麗華、元気にしてるかなぁ。お姉ちゃんに会えなくなって、悲しんでないかしら?」

 今度、電話してみようかな。

「…………」

「陽菜ちゃん、急に黙り込んでどうしたの?」

「うん……。結衣ちゃんって、その子のことを呼び捨てにするんだね」

「えっ? ああ、そうね」

 特に意識はしなかったけど、言われてみれば。

「東京に行ってから、小学校で隣の席になって、仲良くなったんだよね。最初は、結衣ちゃん麗華ちゃんって呼びあっていたけど、いつの間にか呼び捨てになってた。でも、それがどうかしたの?」

「――なんか、陽菜とよりも、その子との方が仲が良いみたい……」

 急に何を言い出すのかと思ったら、そんなこと?

 陽菜ちゃんったら――かわいい!

「陽菜ちゃん、考えすぎだよ。そんなことないって」

「――そう?」

「私の一番の親友は、陽菜ちゃんだよ」

 まあ、正直、どっちが一番とか言われても、困るんだけどね――

「なんか、嘘臭い――その子にも、同じことを言ってるんじゃないの?」

「だから、そんなことないって!」

 私は、ちょっと、めんどくさくなってきた。

「決めた!」

 突然、陽菜ちゃんが叫んだ。

「な、何を?」

「陽菜も、結衣ちゃんを呼び捨てにする!」

 そう宣言した陽菜ちゃんが、神々しく見えたのは大げさか。

「陽菜ちゃんがそうしたいんだったら、私は別にいいけど」

「それじゃあ、陽菜は結衣って呼ぶから、結衣ちゃんも陽菜って呼んでね」

「分かった」


「それじゃあ結衣は、東京では仲が良かったのって、その麗華っていう子だけだったの?」

「うん。東京の学校は、私には合わなかったみたい……。こっちの学校は、みんな楽しそうでいいね」

「そうかな? 別に、陽菜は普通だと思うけど」

「そうだ。陽菜ちゃん」

「陽菜でしょ!」

「ああ、そうだった。ねえ、陽菜。私の、後ろの席の男子なんだけど」

「後ろ? ああ、結城君のこと?」

「そう。その結城君なんだけど、どういう人?」

「どういう人って、なんで? まさか結衣、結城君に一目惚れでもしたの? まあ、結城君って、そこそこイケメンだしね」

「違うよ! 初対面なのに、お前なんて言われたから、何この人って思っただけよ」

「うーん――陽菜も、そんなに親しいわけじゃないけど。結城大翔ゆうきひろと君っていうんだけど――なんていうか、ちょっとよく分かんない人」

「どういう意味?」

 私たちは、小学校の裏の川のところまで帰ってきた。

「夏休み中だったんだけどね。陽菜が自転車で、ここの川のところを通りかかったときに、ボーッと川を見つめていたの」

「川を? ふーん――それだけ?」

「うん。それだけ」

「別に、そこまでおかしいことでもないでしょ?」

「でもね――それから20分くらい後に、もう一度通りかかったらね、まだ見つめていたの。なんか、気持ち悪くて」

「一人で?」

「陽菜が見たときは、一人だったけど。ずっと見ていたわけじゃないから」

「――そう。どこの中学校出身?」

「さあ。聞いたことない。陽菜と違う中学校なのは、確かよ」

 まさか――ね。


「結衣ちゃん、じゃあね。また明日、学校で」

「うん。じゃあね」

 私は、陽菜と別れると、自宅に向かった。

 うん?

 ――結局、結衣じゃない。


「お母さん、ただいま」

「おかえりなさい。学校は、どうだった?」

「うん。陽菜ちゃんと、同じクラスだったよ」

「あら、よかったじゃない」

「うん。陽菜ちゃん、昔のままだったよ」

「そう」

「ただいまぁ」

「あれ、お姉ちゃん。どうしたの? 早いね」

 お姉ちゃんが、帰ってきた。こんなに早く帰ってくるなんて、珍しい。

「うん。今日は、ちょっとお店の都合でね」

 お姉ちゃんは、カフェはまだオープンしていないけど、お店の準備や新人の面接や指導などで、とても忙しくしている。

「結菜、おかえりなさい」

「お母さん、ただいま。ちょっと、冷たい飲み物ちょうだい。疲れちゃって」

「アイスコーヒーでいい?」

「うん」

「結衣も、飲む?」

「私は、オレンジジュースがいいな」

「入れておくから、二人とも着替えてらっしゃい」


「あー、生き返るわ」

 お姉ちゃんは、アイスコーヒーを一気に半分くらい飲みほすと、息をついた。

「お姉ちゃん、発言が、おじさんみたいだね」

「失礼ね。これでも、まだピチピチの26歳よ」

 今どき、ピチピチって――表現が、おじさんよ。

「そうだ。陽菜ちゃんが、カフェに行きたいって言ってたよ」

「そう。それじゃあ、新人の指導をもっとがんばらないとね」

「お姉ちゃん。新人の指導って大変?」

「そうねぇ――最近の若者は、根性がないわね」

 やっぱり、おじさんみたい。いえ、おばさんかしら?

「結衣は、学校はどうだったの?」

「みんな歓迎してくれて、楽しかったよ。それに、陽菜ちゃんと同じクラスだったし」

「そう、よかったわね。結衣はやっぱり、こっちに帰ってきて正解だったわね。目の輝きが違うわ」

「そうかな?」

「学校に、カッコいい男の子でもいた?」

「そんな人、いないよ」


 その日の夜――


 私はベッドに入って、今日のことを思い返していた。陽菜と同じクラスになれて、よかったなぁ。

 しかし――あの結城君というのは、あのときの男の子なんだろうか? 私のことを、見ていたけど。

 本人に、聞いてみようか? でも、聞いてみて、もしも違ったら――

 なんか恥ずかしいし、変なやつって思われるかも――

 それに、あのとき、二人だけの秘密って約束をしたんだ。もしも間違っていたら、二人だけの秘密ではなくなってしまう。

 とりあえず、明日から観察してみようかしら?


 それから1週間後――


 分かったことといえば、結城君は意外と真面目で、私の隣の席の五十嵐大和いがらしやまと君と、仲がいいようだ。

 五十嵐君は結城君とは対照的に、ちょっと不真面目で、女好きなところがあるけど、活発な男子だ。

「結衣、何してるの?」

「ああ、陽菜。ううん、何でもない」

「じゃあ、帰ろうよ」

「うん」


 私は、陽菜と並んで、自転車をこいでいた。

「ねぇ、結衣」

「何?」

「結衣さあ、やっぱり、結城君のことを気にしてるんじゃない?」

「えっ? ――そんなことないよ」

 私は、そう言われて、ドキッとしてしまった。

「そうかなぁ? 結衣、授業中でも後ろの方を気にしてるでしょう?」

 ばれてる! でも、どうして?

「――してないよ」

「嘘だぁ。今日も、チラチラ見てたでしょう?」

「っていうか、私の前の席の陽菜に、どうしてそんなことが分かるのよ?」

「そんなこと決まってるでしょ、陽菜も後ろを見てたもん」

「えっ?」

「これで」

 陽菜はそう言うと、自転車のカゴに入れたカバンから、小さな鏡を取り出した。

「ちょっ、ちょっと、陽菜! 信じられない。授業中に、そんなことをしてたの?」

「信じられないのは、陽菜の方だよ。結衣、やっぱり結城君のことが好きなんでしょう?」

「違うってば。気にしてたのは事実だけど、好きとかそんなんじゃないから!」

「じゃあ、なんでよ?」

「そ、それは――」

 こうなったら仕方がない。二人だけの秘密ではなくなってしまうけれど(陽菜は例外ということで)、私は、6年前の出来事を全部話した。

「へぇ。そんなことがあったんだ。前に話してた犬って、そのときの犬のことなんだね」

「うん」

「ふーん。シロちゃんかぁ。結城君って、センスないね」

 と、言って、陽菜は笑った。

「まだ、結城君だって、決まったわけじゃないよ」

「でも、6年前でしょ? 顔を覚えてないの?」

「うーん――6年前に一度会ったきりだし、帽子をかぶってたから――正直、分からない」

「だったら、結城君に直接聞いてみれば、いいじゃないの」

「う――うん」

「なによ、じれったいわね。じゃあ、陽菜が代わりに聞いてあげようか?」

「えっ? いいよ、聞かなくても」

「どうして?」

「聞くんだったら、私が自分で聞くわよ」

「ふーん。まあ、陽菜には関係ないしね」

「陽菜、もうこの話は止めようよ」

「はいはい。じゃあね。また明日」

「じゃあね」

 ふーっ。

 陽菜と別れると、私は大きく息をついた。でも、陽菜の言う通り、聞いてしまえば、楽になるのは事実だけど……。


 その日の夜――


 私がベッドの上でゴロゴロしていると、コンコンと、ドアをノックする音がした。

「結衣、ちょっといい?」

「お姉ちゃん? いいよ」

 お姉ちゃんがドアを開けて、部屋に入ってきた。

「お姉ちゃん、おかえりなさい」

「ただいま」

「なにか用?」

「うん。カフェのオープンの日が決まったから。陽菜ちゃんと来るんでしょう? だから、教えておこうと思って」

 そういえば、そんなことを言ってたっけ。

「いつ?」

「来週の日曜日に、決まったわ」

「次の日曜日? すぐじゃない。分かった。陽菜にも言っとく」

「そうそう、忘れるところだったわ。結衣、これをあげるわ」

 お姉ちゃんはバッグを開けると、中から何かを取り出した。

「何? お金でも、くれるの?」

「違うわよ。カフェのサービス券よ。ケーキセットを頼むと、クッキーが無料でもらえるから。一枚で四人まで使えるから、他のお友達も連れてらっしゃいよ」

「ありがとう。でも、他に誘う友達なんていないし」

「ボーイフレンドとか、いないの? サービス券は、たくさんあるわよ」

 お姉ちゃんは、ほらほらと、サービス券を私の目の前に差し出してくる。

「ボーイフレンドなんて、いるわけないでしょ」

「そう? まあ、転校してから、まだ1ヶ月も経たないもんね。それで、男友達をたくさん連れてきたら、それはそれでお姉ちゃん引くけどね。いいわ。それじゃあ、お店で待ってるわ」

 お姉ちゃんはそう言うと、部屋を出ていった。

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