第二話 陽炎の翼  その7



 窓から空を除く。雲行きは曇り、あまり気持ちのいい朝ではなかった。

「貴様、寝ている時にこの私を床に置きおって!まったく、何たる愚行。恥を知れ恥を」

 機械の鳩が俺の周りを鬱陶しく飛びながらくどくどと喋っている。とても鬱陶しいが放っておき、俺は自分の部屋を出ると一階に降りて風呂に向かった。

 大きく欠伸をする。

 昨日は風呂に入らずにそのまま不貞腐れて寝たのでスッキリとしたかった。深夜にクリス・ヴァレリアスと話した内容もあって、頭がごちゃごちゃしていたのだ。俺の祭司は水石琉子かと思っていたが違うのか。それに、祭司とミコをどうやって決めているのか。それも疑問だった。

 俺は考え事をしながら浴室の扉を開けた。

「達弘様?」

 クリス・ヴァレリアスの声が聞こえて俺は初めてクリスの存在に気づいた。目の前に裸のクリスがシャワーを浴びていた。その体はとても美しかった。

「ク、クリス!?ごめん!」

 俺は即座に謝ると浴室の扉を閉め、額を手で支えた。

「なにやってんだ、俺」

 俺はクリスが出るのを待つと、浴室に今度こそ入った。シャワーを浴びながらふとおかしなことに気づいた。クリスが浴びていたシャワーが自分にかかった時、そのシャワーはとても冷たかったのだ。冷水を浴びていたのか?今の季節は秋だぞ。夏のような暑さでもないのになぜだろう。俺はどうにかクリスの裸を思い出さないように必死に違う事を考えていた。だが、素直に気になる事でもあった。

 風呂から出て、学校に行く身支度をすませて食卓へと行くと、ご丁寧にマヌエラが朝ご飯を作っていた。俺は文句をたれながらも朝食をすますと、クリス・ヴァレリアスと学校へと一緒に向かった。

 マヌエラに色々聞こうかと思ったが、朝食を食べ終わったころにはどこかに消えており、聞くタイミングを逃してしまった。クリスに聞いてみたが昨日のこと以上には新しい情報はなかった。

「どうした小僧。色々聞きまくっているようだが、何か悩みでもあるのか」

 勝手に俺の肩に止まったシロが話しかけてきた。重い・・。

「悩みというか、色々知らないことが多すぎるのさ。知らないままにしておくよりはいいだろ」

「知らないでいい事もあるだろう。何も知らない方が幸せだったと後悔する時が来ても知らんぞ」

「どういう意味だよ」

「詮索好きは余り好かれんぞ。馬鹿みたいに戦ってだけおればよいのだ。お前たちミコは」

「おい。鶏肉にするぞ」

 機械の鳩をどうやって料理するのかは知らんが。

「ふん、貴様なんぞにやられるか、私はクリス専属の天使戦闘観測機だぞ。高貴なる我が赤き瞳は他の青い瞳の鳩とは一味も二味も違うのだ」

「シロ、余り達弘様を困らせるものではありませんよ」

 クリスは家に出る前に被った銀の仮面をシロに向けながら言った。

「クリスは甘いのだ。こやつには早くミコの自覚を持ってもらわないと。昨日の刀の女風情にやられる様では先が思いやられるというもの」

「痛い所をつくな、シロ。ちょっとは手加減してくれ」

 ため息まじりに俺は言った。

「達弘よ。戦いはいつでも、お前のすぐそばに潜んでおるのだ。弱音を吐いていても、ミコとなった者は、戦う宿命なのだよ」

「そもそも俺、ミコになった覚えないんだけどな」

「神に認められたのだ、光栄に思えよ。いくら金を積もうとも、いくら強かろうとも、神に認められなければ神事には参加できんのだ。だからこそ、お前たちは敬愛される対象なのだよ」

 俺はシロの言葉を聞きながら、自分にミコの自覚があるかどうか自問自答してみた。だが、そもそもミコの自覚とは何なのかわからず、苦笑するしかなかった。

 そして校門前にたどり着くころ、シロとは別の鳩たちが数羽、自分の上空を通り過ぎて行った。曇り空ではあるが、機械の鳩も気持ち良く飛んで行ったように見えた。機械であっても、空を飛んで気持ちよいと思うのだろうか。計らずともマヌエラに抱きかかえられて空を飛んだ時があったが、やはり気持ちが良かったのだ。

 俺はいつの間にか、鳩たちに対して手を伸ばしていた。あの夜に、変わってしまった自分を取り戻すように、或いは二度と戻らないように。矛盾する思いを手のひらに乗せながら。




第二話 陽炎の翼  終わり



心寂しいKENSHI SONO KOBUSI NI KANASIMIWOIDAKU

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幻想領域のバベル 旋律 雲海 @senritu

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