第一話 蜃気楼  その3



 溺れるような真っ赤な夕日の下、土手から河川敷へと降りる。

 遠くにある鉄道橋を走る灰色の電車を一瞥しながら、何人かの男女が集まっている場所へと赴いた。

 中心にいる森島和人が有無を言わせず殴る。

 俺は不意を突かれ、思わず尻餅をついた。それを皮切りに森島以外の人間も寄ってたかって、まるで餌をこぞって啄む鳥のように手や足が俺を襲った。



「おめえ言ったよな。水石に話しかけるなってよ。友達は裏切っちゃ駄目だろうが!」

 森島は吠えながら唾を飛ばした。

「俺は話しかけていない。話しかけられたんだ」

 俺は言うと返答の代わりに衝撃が顔を襲う。

「言い訳すんじゃねえ!」

「お前、水石の事が好きなのか?」

 俺の言葉に森島の顔は怒りに満ち、より一層暴力は激しさを増した。

「すかした言葉にすかした顔!むかつくんだよてめえは!」



 森島の顔は歪んでいた。ただそれだけだった。昔、小学校の頃に森島と水石の三人で遊んでいた光景が思い出された。前を駆けていく二人を俺はただ見ているだけだった。子供のころから感情の起伏が乏しかった俺は周りから煙たがられていたが、この二人だけは積極的に俺に話しかけてきた。邪推をすると、水石琉子に好意を持っている森島が後から続くように俺に接近してきただけだが。



 俺は記憶の映像に飽きると、肩で息をしている森島たちの間から覗かせる天空ビルを眺めた。まるで重力に引き寄せられるように。危ういバランスで成り立つ事象の偏りへの誘惑のように。それは生理的な、極めて健全な欲望だった。


 殴られることも、人にバカにされることも、誰かを好きになる事もどうでもよかった。その反対も然りだった。もしくは、そう思いたいのかもしれないが、まだそれに対する葛藤は生まれてなかった。



ただ、魅せられていた。天空ビルという、異様な建造物に。


それだけは、俺は恐怖を感じた。生理的に不快なほどに。

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