第二話 陽炎の翼  その3


 キーンコーンカーンコーン。

 昼休みが始まるチャイムが鳴り、俺は教室を出て食堂に向かった。

 三堂信は俺の蹴りを食らった後、保健室へと連れて行かれた。たぶん、今も保健室のベッドで休んでいるんだろう。その後、何事もなかったように授業は進められた。合間の休み時間でもミコとしての俺に誰か質問が来るわけもなく、もちろん今日の主役はクリス・ヴァレリアスだった。C組の連中だけではなく、他の組の連中も質問に来ていたほどだ。それに関して若干羨ましいなどと決してこれっぽっちも思ったわけではない。誰も俺がミコであることに興味を示さなかった事に心の中で泣いていたわけではない。


 俺は心の涙を食事で癒そうと、食堂のドアを勢いよく開けた。

「おばちゃーーん!いやおねえさん!うどん一つ!大で!」

 元気よく俺は言った。最初その声に驚いたのか食堂の調理人は驚いた顔を見せたが、気を取り直してにこりと笑顔で返事をするとトレーにうどんをのせてくれた。

 俺はテーブルに着くと、割りばしを取り、両手を合わしてうどんを食べ始めた。

 急に頭の後ろから押された。なんとかふんばり、うどんのお汁に顔を付けずに済むと、後ろを振り返った。

「なにするんだ」

 睨みつけながら言うと、俺の頭を押した男子生徒が小さな悲鳴を上げて逃げて行った。

「なんなんだったく・・」

 俺は改めて手を合わすと、うどんを美味しくたいらげた。

 食堂を後にし、俺は屋上に向かった。なぜか?教室の時も、廊下で歩いてる時も、食堂の時も目線を感じたのだ。まるで違和感を見るみたいに。そんなに変な事をしたかな。たぶん、三堂とのいざこざが原因だろうと推察する。なので、あまり人がいないであろうと予測して、屋上に向かったのだ。

 屋上に上がると先客がいた。クリス・ヴァレリアスだ。それも、変わった珍客と一緒にいる。

 クリス・ヴァレリアスは片手で機械の鳩を乗せて楽しそうに笑っていたように見えた。推測なのは表情が見えないので声で判断するしかないのだ。

「あら、あなたは」

 クリス・ヴァレリアスがこちらに気づき、話しかけてきた。俺は退散しようとしていたので踵を返し、返事をした。

「クリスさん、こんにちは」

「小僧、何を緊張している」

 クリスの腕につかまっていた機械の鳩が喋ったので俺は驚いた。

「鳩が喋った!?」

「それはさっきもきいたぞ。何度驚く気だ」

「さっきも?ってことは三堂の時いた鳩か」

「気づくのが遅い。どうみても同じ鳩だろうが」

 いや・・、鳩の違いなんてわかんねえし・・。それにもまして機械の鳩だぞ。逆に違いがあるのかと問いただしたい気分だ。

「シロ。あまり達弘様を困らせるものではありません」

「いや・・様って。というかシロ?犬みたいな名前だな」

「誰が駄犬と同じだと!」

「いやいや、犬も賢いぞ。それより、ポチ・・じゃなかったシロは置いといて、クリスさんはこんなところで何を」

 俺はわざと言い間違いをして、言い直した。その言葉にシロは翼をはばたかせて怒りを表している。クリスはその様子にフフっと笑いながら返答した。

「少し疲れまして。一人になりたかったのです」

「そうか、質問攻めだったもんな」

「決して嫌ではないのです。ただ、みなさんとてもお元気なので」

「まあ・・気持ちはわかる」

 両方のっと心の中で付け加えた。さきほどの視線が鬱陶しくて自分も屋上に上がったからだ。それと、何を隠そう自分もすごく質問したいのを我慢していた。それほどまでに、クリス・ヴァレリアスはミステリアスだった。

「ふん。貴様みたいな一介のミコに、不死貴族であるクリスの気持ちなどわかるはずがなかろうて」

 小馬鹿にしたようにシロは言った。

「不死貴族?」

「しきたりを守っているただの古い人間ですよ」

 クリスは空を見上げて言った。そのしぐさに、俺もつられて空を見る。そこには、天空ビルがはるか上空を貫くようにそびえたっていた。



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