第二話 陽炎の翼

第二話 陽炎の翼  その1


 星が、

 太陽が、

 月が、

 鳥が、

 人が、

 回転している。

 とても楽しそうだった。いや、楽しいのは自分なのか。

 そこには、静かな寝息と共に、穏やかな風が舞っていた。

 目を開け、寝ていた体を起こした。


 キョロキョロと、周りを見渡す。茜達弘の自室・・、自分の部屋か。

 ベッドから降りると、風に舞っていたカーテンがふわりと大きく揺れ、ひときわ大きな風が頬を横切った。夢の中で感じたものとは違い、心地よくはなかった。

 学校に行く身支度をする。

 顔を洗っている時も、

 歯を磨いている時も、

 制服を着ている時も、

 朝食をとっている時も、

 誰もいなかった。

 俺は玄関へと向かう。

 玄関のノブに手を付けたとき、ふと後ろを振り返った。決して何かを感じたわけではない。少しの寂しさがそうさせたのか。誰もいないと再認識した家の中を一瞥した。

「いっていきます」

 一言呟くと、俺は玄関を出た。

 昨日この家に帰った時、白髭の男がいたはずだ。なぜ俺はあの時すぐに自分の部屋がある二階に行き、すぐに寝てしまったんだ。そう、疲れていたのだ。倒れてしまいそうなほどに。朝起きて、家の中を見たが誰もいなかった。俺一人だけだった。そもそも俺には家族がいたのか?その記憶さえ曖昧だ。母親はどこだ?兄弟は?親戚はいるのか?わからない事尽くしだ。

 ずっと考えこみながら歩いていると、いつの間にか学校の校門まで来ていた。なぜか校門をくぐっていいのか不安になったが、いやいや、俺はここの生徒だ。いくら記憶があいまいだとはいえ、それは正しいはずだ。

 俺は緊張しながら校門をくぐり、周りを見渡す。誰も自分など気にも留めずにどんどんと校門をくぐり、校舎に向かっている。当然だ。当然なのだ。俺はここの生徒なのだから誰も俺を違和感とは感じない。今着ている制服もまわりにいる学生と同じだ。

 俺は深いため息をつくと、確かこっちだったよなと呟きながら自分のクラスがある校舎へと向かった。

 校舎のエントランスに入り、下駄箱に行き靴を上履きと履き替える。そして、階段を上り自分のクラスである1年C組の教室がある2階へと上った。

 2階の廊下に出る。

 すると後ろから見知った声が聞こえた。

「おはよう、達弘」

「おはよう」

 声がした方に振り向き返事を返した。

 振り向いた先には水石琉子が立っていた。僅かにこの女を観察する。

「な、なによ」

 じっと見られたのに水石は一瞬たじろぐ。

「いや、天空ビルにいた時は威勢が良かったのに、今は大人しいんだな」

 俺が言うや否や水石琉子は慌てた様子で俺を廊下の窓際に追い込む。

「ちょっとちょっと!声がでかい!あのね、天空ビルで起きたことを外で言うのは基本的にタブーなの。それを口外していいのは天使たちだけなのよ。そんなの常識でしょ」

 声がでかいのはどっちだと思いながらも頷いて見せる。周りが何事かと視線をこちらに送っている。

「あーわかった、気を付ける」

 ったくもう・・と言わんばかりな顔をすると、水石琉子は別れを言ってすぐそばにある1年A組の教室に入って行った。

「そういえばそうだった気がするな」

 俺は一人呟くと、廊下を渡って自分の教室へと入った。

 確か自分の席は、えーっと、どこだったかな・・。

 変に思われたくないのでスタスタと窓際の所まで歩く。すると頭の中で電球が点灯する。

 俺は窓際の一番前の席に恐る恐る座った。

 確かここであっているはず。周りも一瞬こちらを見た気がしたがすぐに目線を戻した。

 何事もなく、違和感のない自然な着席に俺はこころの中でガッツポーズをした。

 数分後、チャイムが鳴るとどんどん席に学生たちが付く。

 そして、遅れて女教師が入ってきた。

 教壇に立つと、女教師は着席した学生たちを見渡し、静かになるのを待つ。話し声がなくなると、口をゆっくりと開いた。

「授業を始める前に、転校生を紹介する」

 教師の一言でざわめいたが、静粛にとの一言で再び沈黙する。

「諸君、失礼のないように。クリス・ヴァレリアスさんだ。クリスさん、入ってきてください」

 先生は言うと、閉まったドアの方に呼びかける。

 皆、息をのんで待ち、そしてゆっくりと、ドアは開けられた。

 長い黄金の髪が揺れる。

 その女は教師の隣に来ると、クルリとこちらに向き、言った。

「みなさん、ごきげんよう。クリス・ヴァレリアスと申します。突然の転校に私自身も驚いていますが、皆さんと仲良くなれるように努めますので、どうか、よろしくお願いしますね」 

 身長が高く、服装は特注なのか色合いこそこの学校の制服に似ているが肩半分の細かい刺繍の入ったマントを従えた作りの制服を着こなしていた。そして、腰には金色の細剣を差しており、どの角度から見てもとても異質な人間であることを表していた。

「席は、そこの一つ空いている席に座ってください」

 クリス・ヴァレリアスは頷き、華麗な身のこなしで席までたどり着くと、隣の席にいた俺に軽い会釈をして、自分の席に座った。俺自身も会釈し返したが、相手の顔は銀色に光る仮面で覆われており、読み取ることはとてもできるはずがなかった。



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