4.Curtain Of A Play:芝居の幕引き

 目を覚ますとベッドの上にいた。

 窓の外は真っ暗。

 三時のティータイムからこんなに外が真っ暗になるまで寝ていたのか。

 のそのそと起き上がり、リビングに行くと二人はソファで本を読んでいた。

 手にしているのは魔法書だ。


 まだ何か学ぶものがあるのか。

 それともさらなる私へのお仕置きのための魔法を調べているのか。


 うんざりする私に気づいたゾルディアスが笑顔を見せたが、その笑顔に警戒する。


「もうお仕置きはしませんから、安心してください。何か温かいものでも飲みますか?」

 もう飲み物はこりごりだ。


「……それより、お仕置きって何したの?」

 特にどこか変わった様子もないし、気を失った以外何も起こっていない気がする。

「どんな夢を見ましたか?」

「え? 夢なんか……」

 言いかけて思い出す。

 夢の中でも魔法の勉強してたような……?


「魔法を早く覚えたい様子でしたので、これからしばらくは寝ている時もお勉強できるようにしてあげました」

 にっこり、とゾルディアスの顔に浮かんだ笑みは悪魔そのものだった。


「し、しばらくって……?」

「本一冊丸暗記するまで、くらいですかね。これに懲りて二度と私達に魔法をかけないことですね」

 もうすでに懲りている。

 そう反論しようと口を開きかけたけど、無駄な気がしたので代わりに気になっていたことを訊くことにした。


「……でもなんで分かったの? いつ普通のワインじゃないって気づいたの?」

 私のこの質問に二人は顔を見合わせて「なんでって……ねぇ?」と肩を竦めた。


「昼間からワインは不自然ですし、自家製ワインってそうすぐにできるものではありません。それに、白ワインとくれば『真実はワインの中』だとバレバレです」

「でもそんな素振り全く見せなかったじゃん!」

「それはせっかく弟子が初めて一人で作った薬ですからね。黙って騙されたフリをしてあげるのが優しさってものでしょう?」

 そんなの優しさじゃないやい、と言いたかったけど、ジルがさらに追い討ちをかける。


「それに、注釈を見なかったでしょ。質問者も同じ薬に浸した薬草を口に含んでいないと効果ないのよ。この薬単体だとただの白ワインよ。だから飲んであげたの」


 注釈ぅ?


「ほら、ここに書いてあるでしょ?」

 ジルが手にしていた本を広げて見せた。

 読んでいたのは『世界の料理』だったのか。

 本に近づきながら目を細める。


「どこに?」

「ここよ、ここ!」

 そう言ってジルが指で示したのは、頁の隅っこ。

 そこにあったのは物凄く小さい手書き文字の注釈だった。

「そんなの分かるかいっ!」

 思わず突っ込んでいた。


「危険な薬はこうやって初めて本を開いた人には分からないように防御策を講じてるのよ。あなたみたいに良からぬことに使おうとするのを防ぐためにね」

 く、悔しいっ!

 読むのにも呪文がいるのに、作るのにもこんな罠が仕掛けられているだなんて!

 魔法書、めんどくさっ!

 てか、魔法使い、めんどくさっ!


 それにしても。

 騙されたフリが上手すぎ。

 心の中でガッツポーズまでした私がバカみたい。


***


 そんなこんなで、再び私は大人しく魔法を学ぶ日々を過ごしている。

 つまり、魔法使いの弟子として本を眺め、薬を作り、窓の外を眺め、何でここにいるんだろう? と自身の境遇を嘆く日々を、ということだ。

 そしてさらに夢の中でまで勉強する、という悪夢が付け加えられた日々を、と訂正せねばならない。

 お陰で薬は作れるようになったし、魔法書も前より注意深く読むようになった。


「ウェーレー・アク・リーベレー・ロクェレ!」


 呪文も滑らかに言えるようになった。

 ちょっとずつちょっとずつ使える魔法も増えてきた。

 それに、解魔屋の仕事もできることが増えてきた。


「これでもう大丈夫。ちゃんと使えるようになったはずよ。試してみて」

 魔法が正しく機能せずに壊れた魔法グッズも直せるものが増えた。

「……あ、ちゃんと使える! ありがとう」

 御礼を言われるのは気持ちいい。


 ここに客として来たのが夏の初めで、気づけば季節が変わり秋を迎えていた。


「コハク! 今日はお祭りに行くわよ」


 そんなある朝。

 ジルが楽しそうに私の部屋に入って来た。


「お祭り?」

「そう! 毎年秋の祭りを楽しみにしてるんだから。夜には花火がたくさん上がって綺麗よ」

「この街にそんなお祭りなんて……」

 この街にも秋の祭りはあるけど、花火を上げるような華やかなものじゃない。

 隣町もそんなお祭りはなかった気がする。

「この街じゃないわ。私が昔、解魔屋をしていた街よ。仮装して行くんだけど、今年はどんなのにしようかしら?」

 まるで子供のようにはしゃぐジルを初めて見た。


「その街って近いの?」

「とっても遠いわよ。地図でいったら端っこの方ね」

「えっ! でも祭りって今日なんでしょ? 絶対間に合わないじゃん!」

 驚く私にニヤリ、とジルは笑った。

「私達を何だと思ってるの。こういう時のための魔法でしょ?」

 ご機嫌なジルは鼻歌まで歌い始め、何着よう? と自分の部屋へ足取り軽く戻って行った。


「瞬間移動でもするの?」

 そんな魔法があるなら早く覚えたい。

 ジルと入れ替わりにやって来たゾルディアスに問う。

「私達は見た目が変わらないので、一年ごとに街を転々としているんですよ。引っ越しが大変なので、ずっとこの家に住んでいますが、ドアの外は別の街です」

「……どういうこと?」

「この家がすっぽり入る広さのある場所ならどこでも良いんです。でもあまり街のど真ん中なんて目立つところは、私達には向かないので、なるべく路地裏や森の中で場所を探すんですけどね。そことこの場所を結ぶ魔法をかければ、いつでも呪文一つで行き来ができる、という訳です。だから、一度はその場所へ自力で行かなければいけないっていう欠点はありますが、便利でしょう?」

 何それ、便利すぎる!


「便利だけど、でもなんで一年ごとなの? 五年とか十年でもいいじゃない」

「私は構わないんですが、ジルは子供でしょう? あのくらいの年頃は成長が早いんです。せいぜい二、三年が限界ですね。家に引きこもったり、外出する時は顔を隠したりいろいろ試みましたが、怪しまれますから仕方ありません」

「でもジッパーの時はずっと同じ街にいたんでしょ?」

「仕方なく、です。例え魔法使いであろうと若い姿で長く生きるのは、周囲にいらぬ感情を芽生えさせてしまうものですよ。それにこの魔法は私達で最後にしようと思っているんです。だから、コハクには教えません。秘密です」

 いたずらっぽく笑ってみせるゾルディアスだったけど、どこか悲しそうに見えた。


 私達で最後。


 だから、死のうとしてるの?

 その魔法を知られないために?

 魔法使いって魔法のために死ぬの?

 なら、私もいつかそんな魔法使いになるの?


「さぁ! 私達も衣装に着替えましょうか。どんな仮装をしたいですか?」

「どんなって……」

「お姫様のようなドレスでも良いですし、動物の仮装でも良いんです。着てみたい服を言ってみてください」


 着てみたい……

 そう言われてもなぁ。

 パッと思いつかない。


 服なんて動きやすければ何でもいいや、と思ってる。

 そりゃ私も一応女の子だから、お姫様とかって言葉には弱いけど。

 でもスカートっていう柄じゃないし。

 狐にとっての衣装っていや、白い着物に赤い帯。

 それがお祭りの時なんかの正装だ。

 でもそれじゃ仮装にはならないか。


 んー……


「お悩みなら幾つか試着してみますか? 例えばジルの好みだと……こんな感じ、ですかね」

 そう言ってゾルディアスが私の頭に触れると、一瞬で服装が真っ黒でフリルたっぷりのワンピースドレスに変わった。

 ワンピースなんて初めて着た。

 わぁ、と声を漏らすと、その様子を見たゾルディアスは顎に片手を当て、色は白かな? と呟くと、ワンピースの色が黒から白へと変わった。


 便利だな。

 私も早くこれ覚えたい。


 ジルもゾルディアスも基本あまり呪文を唱えない。

 呪文を必要としない魔法は高等魔法の部類に属し、その魔法使い独自の魔法であることが多いらしい。

 私はまだ呪文を唱える初級の魔法を覚えている途中だ。

 だから彼らのような魔法を覚えるのはまだまだ先の話だ。


「ドレス以外だと……こういうのはどうでしょう?」

 今度は背中に真っ黒な小さな翼が生え、ドレスは真っ黒な着物に変わった。

 帯は真っ赤で、靴は真っ赤な鼻緒の黒い下駄に。

「あ、鏡を忘れていました」

 そう言ってゾルディアスが私の背後を指さすと、そこにはアンティークな金のフレームの姿見があった。


 そこに映った自分の姿を見て、頭に触る。

 そこには頭襟ときんが。 ※頭襟=天狗や山伏が被ってる帽子。

 髪はおかっぱだったはずなのに、腰まで伸びていた。

 長くてサラサラなロングヘアに憧れてた。

 でも、ついつい邪魔になって理想の長さまで伸びる前に切ってた。


 憧れてた長い髪。

 つい何度も髪を撫でてその感触を楽しむ。


「もっと長くすることもできますし、カールさせることも編み込むことも可能ですが、どうしますか?」

「……これがいい」

 私がそう鏡に映る自分を満足そうに見つめると、

「では、お化粧も少しだけ」

 ゾルディアスがそう言って鏡の中の私に笑いかけると、目尻に朱色のライン、唇も赤く染まった。

 たったそれだけで雰囲気がガラリと変わる。

 私じゃないみたい。

 しばし鏡の中の自分に見惚れていたが、ふと我に返る。


「ゾルディアスは何の仮装をするの?」

 振り返ると、そこにはすでに着替えたゾルディアスがいた。

 タキシードにマント、シルクハットにステッキを持っていた。


 そこに支度を終えたジルが駆け寄って来た。

 ジルは上は着物のようだけど下はフリルたっぷりのふんわりしたスカートという不思議なドレスを着ていた。

 しかもいつもは黒いワンピースばかりなのに、そのドレスは真っ白だった。


「やだ。コハクに合わせて白にしたのに、コハクは黒なの? じゃあ私も黒にする」

 言うなりドレスの色が黒に変わる。

「しかもゾルディアスはソレなの?」

 不満そうにジルが言うと、ゾルディアスは困ったような表情で自分の姿を眺めた。

「私は着物はちょっと苦手で……」

「協調性がないわねぇ」

「じゃ、じゃあ私ドレスにする!」

「コハクはそれでいいの! それかわいいし! 私もコレが気に入ってるし!」

 ジルは駄々をこねる子供のように頬を膨らませてゾルディアスを見上げたが、対するゾルディアスもその衣装を変える気はさらさらない、という顔でジルを見下ろす。


 ここに来て数カ月。

 初めての険悪ムードに二人の間でどうすればいいのか、ただただ私はハラハラおろおろするだけで、その場から逃げたい衝動でいっぱいだった。


 こんなので無事お祭りに行けるんだろうか。

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