2.Cause Investigation:原因調査

 なんやかんやで夜が訪れた。

 灯り屋が街の全ての街灯に灯りを入れ終わった頃、再び狐少年がやって来た。


 私達三人が見守る中、少年は作った薬を一気に飲み干した。

 一刻も早く魔法を解きたい、という気持ちの表れか、薬をサッと受け取ってそのまま一気に飲み干すまで秒殺だった。

 ぷはっ、とビールでも飲み干したかのような飲みっぷりに、反応を伺うようにじっと狐少年を見つめる。


「で、どう?」

 堪らず訊く。

 少年はんー、と感覚を確かめるように唸って、それから人に姿を変えて見せた。

 その光景に私は思わず笑顔でやったぁ、と叫んでいた。

 ジルも満足そうに笑顔を見せた。


 貰った御代は九割がジルの懐に入り、私の手にはその一割が乗せられた。

 不服そうに見下ろすと、何よ、文句でもある? といった表情で見返され、その迫力ある鋭い眼光に文句は引っ込められた。

 何とか言ってやってよ、という目線をゾルディアスに送ってみるが、意外にも彼は両腕を組んで何か考え込むようにしていた。

 彼の取り分がゼロだからそりゃ不服だよね、と気づいて納得する。

 さすがのゾルディアスも守銭奴のジルには何も言えないのか、とがっかりした。


 だけど、ゾルディアスがそんなことで不服そうにするような小さな器の男ではなかったことが翌朝判明することになる。


 翌朝。

 日が昇ると同時にまだ薄暗い中、店のドアを荒々しく叩く音で目が覚めた。

 人よりも耳が良いのが獣人族。

 誰よりも先にその音に気付いて、店のドアを開ける。

 と、そこには狐の姿のくだんの少年がいた。


 魔法は解けたはずなのに、と驚いて完全に目が覚めた。


「おい、どういうことだよ? 俺を騙したのか、この詐欺師!」

 少年の剣幕はごもっとも。

 こっちだってなんで解けてないのかさっぱりなのに、ケンケン捲し立てられると思考が追いつかない。

「ち、違うわよ! ちゃんと解いたもんっ」

「じゃあ狐のお前なんかが使えもしない魔法を使ったからだろ。このへっぽこ!」

「なんだとぉ?」

 と、こんな具合にギャーギャー騒いでたら、さすがに二人も目が覚めたようで、店の方に顔を出して来た。


「何事ですか?」

 ゾルディアスはパジャマの私とは対照的にきちんとした身なりで、いつものように爽やかな表情でやって来た。

 私も早く着替える魔法を覚えたい、と羨みながら事情を説明する。

「……なるほど。原因は何だと思いますか?」

 訊かれたのは私だったが、少年が間髪入れずにコイツがへっぽこだからだろ、と文句を言った。

「薬の効果は保障します。あの薬は正しく作りました。薬が原因ではありません。だとすると、他に考え得ることは?」

「また変なもの飲んだんじゃない?」

 私が言うと、店を出てから何も飲食してないから絶対お前のせいだ、と返された。

「では、それ以外で考え得る原因は?」

 さらにゾルディアスに訊かれたけど、他にはもう思いつかなかった。

 押し黙っていると、そもそもの原因が違ってたんじゃない? とゾルディアスの後ろで声がした。

 ジルだ。


 眠いのに起こされて不機嫌な表情だったが、身なりはゾルディアス同様、きちんといつもの真っ黒ワンピースを着て髪もメイクもバッチリだった。

 子供なんだからメイクまではいらないじゃん、といつも思うが、中身はお婆ちゃんだし客商売だからメイクはするのだそうだ。


「いや、絶対あの魔法の薬が原因だ。アレを飲んでからこうなったんだし」

 少年は頑なに自分の主張を続ける。

 だが、ジルの前では塵も同然。

「私の薬は完璧よ。そもそも薬が原因なら私の薬で浄化したから体内に魔法は残ってないはずよ。それなのにまたそんなことになってるってことは、別に原因があるってことよ。よく思い出してみるのね。薬を飲んだ前後に何をしていたか。もしくは何かされたか」

 ジルの言葉に少年は記憶を辿るように目線を斜め上に向けた。

 それから少しして、あ、と短く声を発した。


「ほぉら。何か思い当たることがあるでしょ」

 勝ち誇ったようにジルがニヤリと笑う。

「……そーいや、姉ちゃんと喧嘩して姉ちゃんが俺を馬鹿にしたから、姉ちゃんが隠してたあの薬を飲んでやったんだ。姉ちゃんが勉強する時飲んでるやつだと思って飲んだらこんなことになって……」

 はっはぁーん、とジルが何か思いついたように私を見つめた。

 ゾクリ、とした。

 いや、ザワリ、かな?

 毛を逆撫でされるような嫌な感覚だ。


「原因は分かりましたね?」

 ゾルディアスがにっこりと私に笑いかけたが、当の私はさっぱりだった。

 狐少年は。

 納得しているような表情に見えなくもない。

 分かってないのは私だけなのか?

 おずおずとゾルディアスの顔を見上げると、極上の笑みを浮かべていたが怖いと思ってしまった。

「へっぽこって呼ばれても庇えないわね」

 ジルは素っ気ない。

 くっそぉー!


 悔しがる表情の私に大きく深く溜息を吐いてから、仕方ないわねぇ、という風にジルはいつもの仁王立ちになった。

「いい? 彼はまんまとお姉さんの罠に嵌った訳よ。薬はきっかけね。中身じゃなくて外、つまり瓶を触ったことで発動するタイプの魔法だったのね。私達は彼の中から魔法を除去したから完全には解けなかったのよ。彼がぷはって吐いた息で一時的に外側の魔法が抑制されて、一瞬解けたように見えただけだった、と。だから、今度は正しく外から魔法を解かなきゃ。中からだと薬を使ったけど、外からなら魔法の呪文で解けるわ」

 そう言ってジルが片手を挙げると、書架から本が飛んできてその手に収まった。

 そしてパラパラとページが勝手に捲れ、該当の呪文が載っている頁で止まった。


「さ、読んで!」

 そう本を差し出されましても。

 まだ文字の表裏が分からないし。

 目を細めて見たって……


 ん? んん?


「フェ、フェーリクス……クィー・ポトゥイット……レールム・コグノスケレ・カウサース!」


 読めた!

 滑らかとは言い難いけど、読めた!

 思わず笑顔が零れ、本からジルに視線を移す。

 ジルもよくできました、と言わんばかりにニッと笑んだ。


 狐少年を振り返ると、紫の光のが足元から頭の先に向かって彼の体を潜り抜けていき、頭上で弾けるように霧散した。

 と同時に人の姿に変わっていた。


 よし、今度こそ成功だ。


 なんとなくチラリとゾルディアスの顔色をこっそり窺う。

 両腕を組んでいたけど、楽しそうに笑んでいた。


 よし、やっぱり今度こそ成功だ。


 そう思った、のだけど。


 同日のお昼過ぎ。

 再び怒れる狐少年が店にやって来た。


「やっぱ詐欺かへっぽこだろ!」

 えー、何で?

 別の原因がまだあんの?

 うんざりした表情で出迎えた私に狐少年の怒りはさらに増した。

「こんなことならジッパーを探す旅に出た方がマシだった」

 一通り悪態を吐いた後、彼が口にした言葉に私は思わず吹き出しそうになったのを必死に口に手を当てて我慢した。


 ジルがそのジッパーその人なんですけど。

 しかも考えてみたらそのジッパーも原因を突き止められてないし。

 伝説の解魔師にも解けない魔法があるとはねぇ。

 そう思ったら笑いが止まらない。

 が、ゲラゲラ笑うと彼の怒りにさらに油を注ぐことになるので必死に堪える。


 そんな楽しい気分の私だったけど、背後に冷たい視線を感じて恐る恐る振り返った。

 案の定、ジルの冷たい視線が私の背中を突き刺していた。

 ジルがいるのをついうっかり忘れていた。

 止まらないと思った笑いも一瞬で止まり、凍りつく勢いだ。


「……へっぽこと言われても仕方ないと思うわ。でも、詐欺と言われるのは心外よ」

 おや? 珍しくジルがへっぽこを認めたぞ?

「お遊びはここまで。解魔師の沽券にかけてもここからは真剣にやるわ。だから、悪ふざけも終わりにしましょ」

 ジルはそう言って仁王立ちになった。

 視線は狐少年でも私でもなく、店の奥、キッチンへと続くドアに向けられた。

 そこにはいつの間にかゾルディアスが立っていた。


 え? どゆこと?


「嫌ですね、私は何もしてませんよ? でもま、ちょっとだけジルの目を曇らせてしまいましたが。それでもよく見れば分かったはずです。それに、ジルはちょっと世話を焼きすぎるというか、出しゃばりすぎるというか……もう少しコハクに考えさせないと知識というものは身につきませんよ? さ、もう一度よく見て。何が原因だと思いますか?」


 ゾルディアスの言葉にジルは目を細めた。

 私も狐少年を見つめる。


 ジルはすぐに軽く息を吐き、分かったという様子だ。

 だが、答えを口にはしなかった。

 私に見つけさせる気だ。

 私もじぃーっと目を細めて見つめる。


「あ」


 分かった。


「魔法じゃない。狐の術だ」

 何で気づかなかったんだろう?

 術は私の領分なのに。


 狐少年はえ? と目を丸くし、ゾルディアスはにっこりと笑った。


「これならコハクにも解けるでしょう? 私はジルがコハクに依頼を受けさせると言い出したのは魔法じゃなかったからだと思ってましたが……」

 気づいてなかったんですか、と言いたげにゾルディアスが言うと、ジルはもちろんそうよ、とうそぶいた。


 そんな訳で一時的に術の使用許可が下りた私があっさりと術を解いてやり、さらには昨日貰った御代の配分を一割から三割に変えてもらった。

 それでも私が三割でゾルディアスはゼロのまま。

 納得いかない。


 結局、狐少年の事の経緯はこうだ。


 魔法の薬の中身は頭が良くなる薬ではなく、ただの苦いお茶か栄養ドリンクか何かにすり替えたもので、それ自体には魔法も術もかけられてなかった。

 ジルの推理通り、薬瓶が原因だったのだけど、かけられていたのは魔法ではなくて術だった。


 ここで魔法と術の違いを講義しよう。

 魔法も術も呪文を必要とするものがある。

 どちらも才能やら魔力やら何やらの大小で威力や効果時間なども変わってくるのだけど、決定的に違うのは。


 魔法は科学で術は非科学っていうところ。


 科学ということは誰もが使うことができて、非科学は持って生まれた才能やら魔力的な要素が必要不可欠で、誰もが使えないってこと。

 でも魔法も誰もが使えると言っても、訓練が必要だし、これも才能やら魔力で使える魔法の種類に限界はあるので、全ての魔法が使えるようにはならない。

 例えば数学を思い浮かべてほしい。

 誰もが数学を学べるけど、全ての数式を解けるようになるとは限らないでしょ?

 魔法も同じ。

 簡単な数式は理解できても高度な数式は解けないように、簡単な魔法は誰でも使えるけど、高等魔法は一部の才能を持った人しか使えない、という訳。


 だから私には魔法は向いてないと思うんだよね。

 数学とか頭痛くなるし。

 計算苦手だもん。


 ちょっと愚痴っちゃったけど、話を戻すね。


 魔法は科学だから、さっきの数学の例でいくと、ちゃんと数式を解けば魔法も解けるって訳。

 でも術は非科学だから魔法で解いても一時的にたまたま効果があっただけになったのね。

 正論吐けば何でも解決する訳じゃない。

 魔法は機械的だけど、術はそうね、感情的なものかも。


 だから魔法は魔法で、術には術を。


 姉弟喧嘩で術が飛び出す辺り、狐って怖いな、と改めて思ったわ。

 私はレディですからね、そんなはしたない喧嘩はしないし、たかが喧嘩で術を使ったりなんて卑怯な真似はしないわ。


 んー、でもま、ジルは狐の術を解くのは得意ではなさそうだから。

 術を自由に使えるようになったら仕返ししてやろうか。

 なんていう妄想をして楽しむ今日この頃です。


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