番外編: Beginning Of The End:終わりの始まり

1.Fox And Medicine:狐と薬

 私の名前はコハク。

 狐族だからコ、毛が白いからハク。

 狐の名前なんてそんなもんだから同じ名前の狐は多い。


 狐族は魔法に似ているけど、それとは全くの別物、術を使う。

 大昔は全ての狐が使えていたらしいけど、今は遺伝なんだか才能なんだか。

 使える狐と使えない狐がいる。

 私は使える狐で、才能を期待されている。


 そんな私だけど、術の才能はあっても魔法の才能はない。

 さっきも言ったけど、術と魔法は全くの別物だ。

 だから、この魔法が溢れる世界で魔法にかかることなんて狐の私にもあり得ることであって、そう珍しいことではない。

 断じて私がトロくて間抜けだからではない。

 そこを強調しておく。


 かくして不本意ながら魔法にかかってしまった私は解魔屋『Zゼット』を訪ねた。

 魔法を解いてもらうために、だ。

 決して魔法使いになってみたいとかそんなことは微塵も思っていない。

 それが、だ。

 なぜか魔法使い見習いとして、住み込みで解魔屋にいる。


 魔法は解いてもらった。

 お代はいらない、と言われた。

 タダで解いてもらえるなんてラッキー、と思うだろう。

 だが、世の中、タダより怖いものはない。


 実際、こうして住み込みでまだここにいる。

 かれこれ一月近く経つ。

 何をしているかというと、本を読んでいる。

 小難しい歴史の本から料理のレシピ本まで。

 それらが全て魔法に関するものだ、と彼らは言い張る。


 彼ら。


 真っ黒でチビっこいのがジル。

 女の子の姿をしてるけど、中身はお婆ちゃんらしい。

 黒い髪に黒い目。

 服も何もかもが真っ黒。

 そして生意気で毒舌。

 苦手なタイプだ。


 そしてノッポの方はゾルディアス。

 大人の男の人で、これまた中身はおじいちゃんらしい。

 銀髪に紫の目。

 服装は真っ黒な時もあるけど、こちらはオシャレで黒以外の色も着ている。

 優しい口調で丁寧。

 笑顔が素敵で憧れる。

 最初はそう思ってたけど、ここ最近、やっぱり彼も苦手だと思い始めた。

 ジコチューで傲慢な気がする。


 それにしても二人とも若作りすぎだ。


 そんな二人が私を無理矢理ここに住まわせ、魔法を教えてくれているのには訳がある。

 その訳、というのが。


 死ぬため。


 だそうだ。

 なんなんだ、その理由。


 私に彼らの魔法の知識と技術を受け継がせたら死ぬつもりでいるらしい。

 どうもその若作りのために何かを犠牲にしているらしく、それが耐えられないとかなんとか。


 勝手だ。


 そんな理由で私はここにいる。

 というかほぼ監禁状態だ。

 一度逃げ出そうとしたけど、鍵もないのにドアは開かないし、外に出られたとしてもすぐに見つかるし。


 魔法使いが嫌いになりそうだ。

 というかなっている。

 それなのに魔法使いにならなければ解放されないという、なんとも悲惨な目に遭っている。


 今、術の才能があるんだから術で切り抜けろ、と思っただろう。

 チッ、チッ、チッ。

 彼らをなめたらダメだ。

 術が使えないようにされている。

 魔法の方が術より万能なのか、私の術が彼らの魔法に及ばないのか。

 それは分からないけど、術が使えない私はただの狐だ。

 囚われのお姫様の気分だ。


「コハク!」


 書斎兼店の方からジルの声がした。

 急いで行かねばくどくどと小言を言われるので、走って向かう。

 店内にはジルと客がいた。

 客は私と同じ狐のようだ。


「この依頼、あなたが受けなさい」

 ジルの言葉に思わず「え?」と声を上げると、客の狐は不安そうに私を見た。

「大丈夫。私もサポートするから。夜にまた来て頂戴な」

 客と私を安心させるように営業スマイルを見せたが、客が帰るなりその笑顔が引きつる。

「コハク! 客商売なんだから客を不安にさせるような言動は慎みなさい! いいわね?」

「は、はい! すみません……」

 気迫に気圧されて反射的に謝る。

「今朝渡した本は読み終わった?」

「い、いえ。まだ半分……」

 本当は半分にも満たないけど。

「……ま、いいわ。それは一旦置いといて、先にこの依頼に集中しましょ。やっぱり実践を通して学ぶ方が身につきやすいと思うの」

 それは確かにそう思うけど、まだ魔法の『ま』の字も習得できていない。

 簡単な魔法すら使えない私が依頼を受けるなんてできそうにない。

「じゃ、まずは依頼の説明からするわね」

 そう言ってジルは自分勝手に説明を始めた。


 ジルの説明によれば、私とそう歳も変わらない狐の少年が今回の客なのだが、粗悪な魔法の品に引っかかって魔法にかかり、仕方なくここに依頼に来た、という訳だ。


 これだけ魔法に溢れた世界だけど、狐は昔から術が使えたから魔法に対して若干抵抗がある。

 術が使えない狐が増え、魔法に頼っている狐もいるけど、大人の中にはそういう狐を見下す者もいるし、術が使える狐は一目置かれるのが現状だ。

 何を隠そう、私はその一目置かれる狐の一人だ。

 ま、そのせいでここで魔法なんてものを学ぶ羽目になっているのだけど。


 少し話が逸れてしまった。

 今回の依頼客の狐は術が使えないようで、粗悪な魔法品に引っかかったらしく、仲間にも相談できずにここに来た、というのが多分本音だ。

 狐なのに術が使えず、おまけに狡猾なイメージのある狐たるものが騙されるというのは狐にとって何よりの恥なのだ。


 粗悪な魔法品というのもまた得体の知れない薬で、頭が良くなるというなんとも胡散臭い代物に手を出したことも恥だ。

 そういえば私を見た彼が一瞬恥ずかしそうに目を逸らした気がする。

 私がかわいいからじゃなくて、こういう事情からか。

 なぁんだ、ちょっとがっかりだ。


 今回は魔法の原因が薬なので、時間が経てば効果も消えると思ったのだけど、粗悪品の中には副作用が強いものもあって、一日二日程度じゃ消えないそうだ。

 それに今回は客のたっての希望ですぐにでも魔法を解いてほしいらしい。


「副作用って?」

「狐の姿のまま人に化けれなくなったみたいよ。だから一刻も早く魔法を解いてほしいみたいね」

 それはちょっと同情する。

 獣人族の多くは獣の姿のまま生活している。

 人と同じように服を着て、人と同じように二足歩行だ。

 でも狐は人の姿を真似て人の姿で生活したがる者が多い。

 それは術が使えるという証で一種のステータスのようなものだ。

 使えない狐だけが獣の姿をしている。

 だから下手でも多少耳や尻尾が出て中途半端であろうとも人の姿でいようとしたがるのだ。

 ということは、外見で術が全く使えないと判断したけど、副作用のせいであって術が使える奴なのかも、と思い直す。


 でも、術が使えるのに魔法の品に手を出すってどういうことだ?

 と、小首を傾げてみたが、はた、と自分も術が使えるのに魔法にかかったんだった、と人のことが言えない立場なのを思い出す。

 私の場合は魔法の品に興味があって手を出した。

 術はかけることはできるけど、誰もが簡単に使える品というものはないからだ。

 でもさ、よりによって頭の良くなる薬ってどうなのさ?

 そこは理解できないし、同情できないわ。


「で、どうやって解くんですか?」

「体内の浄化作用を促進する薬を作るの」

「薬ぃ?」

 魔法っぽくない。

「そうよ。なんでもかんでも魔法の杖を振って万事解決とはいかないわ。それにあなたはまだ使える魔法なんて一つもないでしょ? まずは薬を作るところからよ。でも魔法使いが作る薬はその辺の風邪薬なんかとは別物よ。材料はもちろん、最後に呪文をかけるの。魔力で効果の威力も変わってくるわ」

 ま、本を読むだけの毎日から比べれば、薬作りの方がよっぽど魔法使いっぽい。

 それに、それなら狐だって似たようなことをやってる。

 薬を作るのは得意だ。


 そんな訳で薬を作るためにキッチンへ移動した。

 秘密の地下室とか実験室とかじゃなくてキッチン。

 なんだか魔法使いのイメージと違う。

 クッキーでも焼きそうな勢いだ。

「じゃ、早速作るわよ。レシピはこの本。昨日読んだって言ったわよね?」

 そう言ってジルが取り出したのは、確かに昨日読み終わったレシピ本。

 タイトルは『世界の料理』だ。


「……あのぅ。薬を作るんですよね?」

「そうよ? 作り方、書いてあったでしょ?」

 言われてきょとんとする。

「え? それって料理の本、ですよ?」

 そう言うと、今度はジルがきょとんとし、ちょっと待って、と眉間に皺を寄せた。

「まさかあなた、今まで表面の文字しか読んでなかったの?」

 再び私はきょとんとした。

 文字に表も裏もあるのか?

 そんなの初耳だ。

 はぁ、と大きくて深い溜息がキッチンに響く。


「苦戦しているようですね?」

 くすくすと笑い声が乱入する。

 キッチンの入り口にゾルディアスが立っていた。

「教えるって意外と大変でしょう?」

「そうね。魔法書の読み方から教えるべきだったわ」

「狐といえども魔法書なんて普通は読みませんからね。知ってるのは魔法商店を営んでいる人か教師くらいのものです。普通は魔法書ではなくて教科書的なものを使ったり、人から直接教わって魔法を覚えますから。常識ですよ?」

 ゾルディアスの言葉にジルは子供みたいに、むぅっと頬を膨らませた。

 いつもの私の立場を味わうが良い。

 ジルがゾルディアスにやり込められる様は見ていてちょっと心地よい。


「仕方ない。時間がないから直接口頭で教えるわ」

 威厳を復活させるように仁王立ちになって、ジルは私に向き直った。

「まずボウルにこの薬草とこの液体をすり潰すようにして混ぜて。薬草から汁が出て液体の色が黒っぽくなるまでしっかりすり潰すの」

 材料が何なのか聞こうと思ったけど止めた。

 すり潰していくと何とも言えない苦そうな臭いがしてきたからだ。

 色が黒くなっていけばいくほど鼻が曲がりそうな臭いに変わっていく。

 お陰でボウルから顔を背けそうになるが、チラッと横目で見たジルは平気な表情だ。

 臭くないのか?


「そろそろいいわ。仕上げにこの粉を振りかけながら呪文を言って。この文字は読めるわね?」

「プ、プロ……プ? ポ?」

「全然違う! プラウディテ・アクタ・エスト・ファーブラ、よ!」

 舌噛みそう……そしてまず覚えられん。

「……今日は私がやるわ。明日までに言えるように練習しておいて」

 また深くて大きな溜息を吐いて、ジルは滑らかに呪文を唱えながら粉を振り入れた。

 ボンッと煙でも立つかと思ったけど、特に何の変化もなく、薬は出来上がった。

 いや、変化はあった。

 臭いが花のような良い香りに変わっている。

 鼻いっぱいに香りを吸い込むと、その香りから花の蜜のような甘い味わいが想像できた。

「ちなみに、香りと味は魔力と関係するわ。だから魔法使いによっては不味い代物が出来上がるの。私の場合はこんなもんよ」

 ふふん、とジルは得意そうに笑った。

 私の場合はどんな香りと味になるんだろう?

 それを想像すると薬作りも楽しくなってきた。



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