3.Fox And Medicine 2:狐と薬2

 解魔屋を営むジルとゾルディアスに魔法を解いてもらおうと思って行ったら、突然魔法使いにならないか、と言われ、首を全力で横に振ったはずなのに、なぜだか住み込みで魔法使いの弟子になってしまった狐の私。


 狐は昔から術を使って生活する特殊な種族だ。

 でもこの世界の大多数は魔法を使って生活している。

 使える人はもちろん、使えない人も誰かの魔法に頼って生活している。

 だから魔法が一般的になりすぎて、田舎や狐がいない町に行くと「術? 何それ?」というところもある。

 それに時代の流れとともに、術が使えない狐も増えてきた。

 それでも狐は術を大切に思ってるし、特別な力だと尊重してる。

 だから、術が使える私はそのことを誇らしく思ってるし、魔法なんか使わずに生きると決めていた。


 だけど、やっぱり好奇心に負けて魔法商店に立ち寄ったのがそもそもの間違いだった。

 というか、正直に告白すると、ちょっぴり邪な気持ちがあった。

 天才的な術の才能がある私だけど、武術の方は運動神経自体がないのか、走っただけで皆に笑われるほど酷い有様なのだ。

 だから、魔法で解決しようと思って隣町の小さな魔法商店に行ったら、粗悪品を掴まされ、速く走れるようにはなったけど副作用で足だけじゃなくて全身が酷い筋肉痛に悩まされることになった。


 それで仕方なく解魔屋を訪ねた。

 魔法はすぐにゾルディアスが解いてくれ、副作用の筋肉痛も魔法で癒してくれた。

 その時、ジルが魔法と術の違いについて長々と講義をし、その間にゾルディアスが私の部屋やらなんやらを揃え、講義を聞き終えた頃にはすっかりここで暮らす準備が整っていた。

 そしてなし崩し的にここでの生活が始まり、魔法使いの弟子として本を眺め、薬を作り、窓の外を眺め、何でここにいるんだろう? と自身の境遇を嘆く日々を送っている。


 ここに来て一カ月ちょっと。

 先日、解魔屋の仕事を初めて経験した。

 私は狐だから解魔屋とは縁があまりなかったし、狐の術には術を解く商売はない。

 だから、ちょっと新鮮だった。

 それにワクワクしたし、楽しいとも思った。

 だからその高揚したテンションでずっと気になってたことを訊いた。


「ジルとゾルディアスはなんで死ななきゃいけないの?」


 なんで私を魔法使いの弟子にしたの?

 それが知りたかったから。


 だって、ジッパーって解けない魔法はないっていう凄腕の解魔師として狐の私でも知ってるほど有名だし。

 ゾルディアスがまさか伝説の魔法使いその人だって知った時は、そりゃ最初は私を揶揄ってるんだと思ったし、そうだと本気で理解した時は彼の一挙手一投足を物珍しそうにずっと眺めてしまったほどだ。

 だってさ、人と獣人族が別々に生活していた頃の人だよ?

 それがまだ生きてるってだけでも驚きなのに。


 でも私が知ってるのはそれだけ。

 二人がどういう経緯で出会ったのかも知らないし、なぜ死ぬのかも分かんないし、なんで弟子に私を選んだのかもよく分かってない。

 一緒に暮らして狐の私が魔法を勉強させられてるんだもの。

 二人のことを知りたいと思うのは普通だし、当然でしょ?


 だってさ。

 いつか二人が死ぬのを私が見届けなきゃいけないんでしょ?


 でも二人はとても長い長い話だから、と話すのを避ける。


「何か自白剤的なものがあればなぁ……」


 そう呟いた視界の端に『世界の料理』本が。

 これだっ!

 キロッと思わず目が光る。


 料理本を開く。

 先日の一件以来、ジルに魔法書の読み方を教わったので、この本がただの世界の料理本ではないことを知っている。

 普通に読んだら世界の料理本だけど、呪文をかけるとあら不思議! 本の内容が魔法の薬のレシピに変わるのだ。


「ウェルバ・ウォラント・スクリプタ・マネント」


 フフッ。

 呪文も滑らかに言えるようになったし、ちゃーんと魔法薬のレシピ本に変わってる。

 本を読む度唱えてるんだから、ま、当然といえば当然だけどね。


 早速、ページを捲って自白剤の作り方を探す。

 もしくは真実だけを話す薬とかそういった類のものを。


「……『真実はワインの中』?」

 ふとある頁で手が止まる。

 なになに?

「材料は白ワインと薬草だけって楽勝! これを飲んだらアルコールが浄化されるまで訊かれたことに真実のみで答える、か。まさにコレだ!」

 よーし!

 一人で作ってみせるわよ!


「イン・ウィーノー・ウェーリタース!」


 材料を混ぜて呪文をかけるだけだったので、ものの数分で自白剤が完成した。

 初めて一人で作った薬に自然と得意気な笑顔になる。

 薬は作る人によって味と効果が変わるってジルが言っていたのを思い出し、匂いを嗅いでみた。

 フルーティーな白ワインの香りが広がる。

 苦そうな薬草の香りは微塵もない。

 自分で試飲する訳にはいかないので味は分からないけど、この香りから察するにきっと美味しいに決まってる。

 さっすが、私!


 自画自賛したところでふと我に返る。

 さて、これをどうやって二人に飲ますか、という問題に気づいたからだ。

 そこで再び本の頁を捲る。

 が、数頁捲ったところで止めた。


 薬を飲ませるための薬ってなんか違う。

 この本には薬のレシピしか載ってないんだから、呪文だけでどうにかなる本を探さないと、と賢い結論に辿り着いた。


 レシピ本を閉じ、薬はそのままに書斎兼お店へ向かう。

 部屋に入るとジルとゾルディアスが優雅にティータイムをとっていた。

 初めて私が店に来た時と同じ光景だ。


「本は読み終わったの?」

「うん。だから別の本を探しに……」

「じゃ、次はこれね」

 そう言ってジルが片手を振ると、頭上から本が降って来た。

 運動神経が備わっていない私は反射的に手で受け止めるなんてことはできず、頭で受け止めた。

「いっ……たぁ……」

 片手で頭を摩りながらもう一方の手で床に落ちた本を広い上げた。

 奇跡的にその本が探していた本、だったらよかったのだけど、本のタイトルは『世界の料理2』とあった。

 察するにこれもまた薬のレシピ本とみた。

 チッ、これは予想外の展開だ。

 キッチンに戻って再び作戦を練らねば。

 そう落胆していた私に予想外のラッキーが。


「少し休憩して一緒にお茶でも飲みませんか?」


 ゾルディアスがそう言って片手で示した先に椅子が一つ現れた。

 それから人差し指でテーブルの上をコンコンと叩くと、今度はロイヤルミルクティーの入ったティーカップが現れた。

 これはチャンスだ!


「ちょ、ちょっと待ってて」

 いそいそとキッチンに戻って、自白剤ワインをワイングラスに移したものを二つ用意し、二人に差し出した。

「自家製ワインを作ってみたの。良かったら味見してみて」


 よし!

 これは自然だ。

 二人も疑う様子もなく、ニコリと笑って飲んでくれた。

 よしっ!

 これで話を聞ける!

 心の中で飛び上がってガッツポーズをした。


 さーて、答えてもらうわよ。

 ニヤリ、と笑いそうになるのを必死に我慢して、なるべく普通に切り出した。


「……あのぅ、二人はどうやって知り合ったんですか?」

 普通に、というのを意識するあまり、つい普段より丁寧な口調で声音も少し上品になってしまった気がするが、チラ、と二人の様子を伺うとさして怪しむ様子もないのにホッとする。


「春の祭りが最初ですね。ジルの村に私が旅芸人を装って行ったんです」

 ゾルディアスが答えてくれた。

 よし、効果もあるようだ。

 この流れで本題を!


「なんで私を魔法使いの弟子にしようと思ったの?」

「最初にお会いした時も言いましたが、魔法の才能があると感じたからです。今時珍しいくらいにね」

「……でも私、狐だしまだ魔法書が読めるようになっただけで全然魔法使えないし」

「まだ一カ月でしょう? これから徐々に覚えていけば良いんです。それに、術が使える魔法使いというのはかなり貴重ですから強みでもあります」

「そうかもだけど……でも私より術をたくさん使える狐は他にもいるよ?」

「それはあなたがまだ若いからですよ。これからたくさん術を覚えて使えるようになるはずです。自分を信じてください。あなたには魔法の才能がある」

 きっぱりとそう断言されると、なんだか本当に私はすごいんだ、という気持ちになった。

 そんな実感は今まで感じたことなかったけど、伝説の魔法使いであるゾルディアスが断言するんだもん。

 私の中にある才能はまだ眠っているだけなんだ、これから才能が目を覚ましてゾルディアスみたいな魔法使いになれるんだ、という気がしてきた。

 自信が湧いてきた勢いで。


「ジルとゾルディアスはなんで死ななきゃいけないの?」


 一番の本題を口にした。

 途端に二人は悲しそうな表情になる。

 少しの間、重い沈黙が流れ、ようやく口を開いたのはジルだった。


「……とても長い長い話なの。だから、コハクが一人前になったら話してあげるわ」


 あれ?

 ジルには自白剤効かなかったのかな?

 ならばゾルディアス、と彼の顔を見つめたけど、彼もまた。


「そうですね。コハクが一人前になったら」


 えー?

 なんで?

 もしかしてもう自白剤の効果切れちゃったの?

 早すぎない?

 魔法使い相手には効果が短いのかなぁ?

 確か効果時間はアルコールが体内で浄化されるまで、だったはず。

 普通は表面上酔ってなくても何時間もかかるんじゃなかったっけ?

 あれー?


「……ま、一人で薬をちゃんと作れたことは褒めますが、それを私達に試すのはお仕置きものですね」


 え?

 今、なんですとぉ?

 自分の耳を疑った。


「そうね。お仕置きは何がいいかしら?」

 ニヤリ、ジルが不気味な笑みを浮かべた。

 ヤバイ、楽しそうだ。


 二人に挟まれ、その間で交互に二人の顔を見比べる私。

 絶体絶命のピンチだ。


 なぜバレた?

 てか、いつバレた?


「コハクは狐なのに人を騙すのが下手ですね。純粋で素直で良い時もありますが、魔法使いたるもの、演技も上手くなくてはダメですよ。そういう訳でコハクへのお仕置きはコレです」

 かなり心にグサッとくることをサラリと言われた。

 しかもジルじゃなくてゾルディアスに、というところがさらに心を抉る。

 今の言葉だけでも充分お仕置きだ、と思う。


「サエペ・アドモニティオーニブス・ウーテレ・ラーリブス・カスティーガー」


 その呪文が唱え終わると同時に私の視界は暗転した。

 つまり、その場で気絶したのだ。


 魔法使いを怒らせると怖い。

 そう身をもって思い知ったのだった。

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