Prequel. Fairy Tales:前編・灯り屋と妖精

 街に夕闇が降りる頃。

 鳥籠を腰に下げ、足には竹馬に似ているが持ち手部分のない変わった靴を履き、白い羽織を身に着けた灯り屋が姿を現す。


 鳥籠に入っているのは鳥ではなく、火の妖精、イグニスだ。

 それを夕暮れに街灯に一つ一つ入れて歩き、朝にはそれを回収して歩くのが灯り屋の仕事である。


 灯り屋は火の妖精を捕まえ、魔法で操る不思議な種族で、妖精についても詳しい。

 彼ら自身が妖精ではないか、との噂もある。

 実際、彼らの姿は大人になっても子供の背丈ほどで大きくならず、どことなくノームやトロルに似た風貌だからだ。

 だが、彼らは灯り屋という種族だ、と言うばかりで、実際どういった名前の種族か、誰も知る者はいない。


 それはジッパーも例外ではなく。


「妖精の捕まえ方ねぇ……?」

 黒い便箋に書かれた依頼内容にジッパーは眉間に皺を寄せた。


 妖精や精霊が存在することは誰もが知っている。

 その種類は多く、全てを知っている者はほとんどいないが、それでも生活に関わる妖精については子供でも知っている。

 ただ、魔法が溢れ、獣が人と同じような生活をするこの世界であっても、妖精だけは特殊な存在だ。

 彼らは変身能力に長けていて、普段は虫や動物の姿をしているという。

 それに森や山の奥深くといった自然溢れる場所で、人目を避けて生活している。

 だから、別世界の住人のように関わることはほぼないため、姿を見たことがない種も多く、その生態もよく分かっていない。

 魔法書にも妖精について書かれているものはなく、当然魔法使いも妖精については詳しくない。

 唯一妖精を熟知しているのが、灯り屋、というわけで、妖精関連の魔法を解いたりするのは灯り屋の副業となっている。


 だから、ジッパーはその依頼に困惑した。

 依頼内容もだが、依頼人はその灯り屋なのである。


「あなたが分からないのに、私が分かる訳ないじゃない」

 そう言って依頼が書かれた紙を封筒に戻し、突き返す。

「そんなことおっしゃらずに! あなたはどんな魔法も解く唯一の解魔師だって聞いたんですっ」

「それは魔法に限ってのことよ。妖精はあなた達の範疇でしょ? 仲間に訊いてみればいいじゃない。それに! そもそもこれは魔法を解くんじゃないでしょ? 捕まえ方なんだからお門違いよ」

 ジッパーのその言葉に、そうだけど、と灯り屋は俯いた。


「私は忙しいの! ほら、帰った帰った」

 犬でも追い払うように、しっしっと手で追うが、灯り屋は俯いたままその場を動こうとしない。

 その様子に、もうっ、とジッパーは仁王立ちになって溜息を吐いた。


「分かった。話だけは聞いてあげる」

「あ、ありがとうございますっ!」

「ちょっ、抱きつくなっ! 話を聞くだけだからねっ! 私には何にもできないんだからっ!」

「いいえ! あなたならきっと良い案を思いつくはずですっ」

 目に涙を浮かべて縋る灯り屋に、ジッパーは大きく溜息を吐いた。

 年取るとこういうのに弱くなるものね、と心の中で自分に毒づきながら、魔法でその場に椅子とテーブルを用意した。

 それからテーブルの上にはティーセットにアフタヌーンティーまで用意して、じっくりと聞く準備を整えた。

 その様子に終始感動する灯り屋に、ジッパーは少々面倒そうに顔をしかめた。


***


「なるほど。だから周りに相談できなかったのね」

 灯り屋の話を聞き終えたジッパーは二杯目の紅茶に口をつけ、そう納得した。


 灯り屋の話を要約するとこうだ。


 灯り屋は灯り屋として生まれると、誰にとも教わらなくとも妖精を捕まえられるそうだ。

 幼少期は妖精と共に森の中で育ち、妖精と遊んで暮らす。

 大人になると灯り屋として街で暮らし、火の妖精の世話をしながら、幼少期に得た知識を基に妖精関連のトラブルを解決しているのだという。


 だが、この依頼人の灯り屋は幼少期を森で過ごさなかったらしい。

 故に妖精に関する知識はほぼ皆無。

 それ故、灯り屋としての職務が果たせず困っているようだ。


 では幼少期に何があったのか。

 それが記憶が消えていて思い出せない。

 これはきっと魔法をかけられているせいだ。

 だから、魔法を解けば灯り屋として活躍できるはずだ。

 そう考えて解魔屋へ行くことにした。


 ただ、周囲には記憶がなくなる魔法をかけられたと知られると、灯り屋を追い出されるらしい。

 記憶がない、すなわち誰かに記憶を盗まれた、と疑われるからだ。

 妖精を守るために、妖精に関する知識を外に出すことはご法度だ。

 妖精は繊細で灯り屋にとっては守るべき存在である。

 中には名前を知られただけで消えてしまう妖精もいるらしい。

 それ故、周囲に相談すらできなかった、というのである。


 聞いてみれば、妖精を捕まえる方法が知りたかったというよりは、記憶がないのは魔法のせいかどうかが知りたかったようだ。

 魔法を解いてもらえば記憶も蘇り、灯り屋として立派に職務をこなせるはずだ、と考えているらしい。


 魔法を解いたところで記憶が蘇るかどうかは分からないが、魔法が関わっているとすればジッパーのところに来たのは全くの見当違いではなく、むしろ当然である。


「それなら私の専門かもしれないわ。どんな魔法にかけられたのか、調べてみましょ。それが魔法なら依頼を受けてあげる。それでいいわね?」


 そんなわけで、ジッパーが掌を上に向けると薬草の粉末がそこに現れ、それを灯り屋にふうっと軽く吹きかけた。

 そして、囁くような声で呪文を唱えた。

 だが、何の変化も起こらず、ジッパーの顔が険しくなる。


「……悪いけど、私の専門じゃないみたい」

「それってどういう……?」

「魔法じゃないってこと。妖精が関わってるのかもしれないわ」

「そんなぁ……」


 話は振り出しに戻った。


 魔法が専門とはいえ、魔法に似た狐が使う術には多少知識がある。

 術も一般的ではないが、専門書なども流通している。

 だが、妖精となると話は別だ。

 生態すらまともに知られていない種族の使う魔法など、それが記された文献はおろか、彼らについての文献すら皆無だ。

 あったとしても、悪い子のところにはゴブリンがやって来るぞ、と脅すようなおとぎ話程度の絵本くらいだろう。


 気の毒ではあるが、ジッパーにはこれ以上この憐れな灯り屋にしてあげられることはなかった。


「……じゃあ! ここに置いてくださいっ!」

 灯り屋はそう言って椅子から飛び降り、床に土下座した。

「なんでそうなるのよ?」

 ジッパーも椅子から降り、灯り屋を見下ろす。

「もう灯り屋として家に帰れません。行くところがないんです。部屋の掃除から料理までなんでもしますから!」

 お願いしますっ、と灯り屋は床に頭をこすりつけた。


「ちょっと……そんなことしたってうちには置けないわ」

 灯り屋について知る良い機会にはなるだろうけど、と打算的な考えも浮かんだが、口にはしなかった。


 誰かと共に暮らす。

 そんなことは考えたこともなかった。

 人と深く関わることを極端に避けて来た。

 訳の分からない魔法にかかった身で誰かと一緒に暮らすということは、自分だけでなく同居人にまで危険が及ぶ可能性があるからだ。


 でも、とジッパーは考える。

 何年もかかっていろいろ調べても原因すら分からず、解ける気配のないこの魔法はもしかしたら妖精と関係があるのかもしれない。

 だから、自分にも解けないんじゃないか。

 魔法のようでいて魔法でないもの。

 そんなものだとしたら、この灯り屋を側に置いて研究することは、自分のためにもなるんじゃないだろうか。

 それに、解魔屋を開いた理由も他人の魔法を解きながら自分の魔法を解く方法を探すためだ。


 ジッパーはこの日何度目か分からない大きな溜息を吐いた。


「……分かったわ。一緒に調べましょ、あなたに何が起きてるのか。だから調べる間、うちにいていいわ」

「ありがとうございますっ!」

 何度も御礼を言いながら灯り屋は再びジッパーに抱きついた。

「だぁから、抱きつくなっ!」

 ぎゅむっと灯り屋の頭を押し、自分から突き放そうとするが、灯り屋は泣きながらさらにぎゅうぅっとジッパーを抱きしめた。

 そして、涙と鼻水をたっぷりジッパーの黒いワンピースにつけてしまったと気づいて、ようやく灯り屋は焦ってジッパーから離れ、ごめんなさい、と何度も言いながら涙と鼻水を自分の袖で拭った。


 もちろん、ジッパーは怒り狂ったが、すぐに魔法で新しいワンピースに着替え、灯り屋の服はわざと灯り屋ごと泡まみれにし、水をかけ、竜巻を起こして大雑把に乾かした。


 一段落したところで。


「灯り屋に聞けないなら、妖精を探して聞くわよ!」

 結局、一周回って元の依頼に戻った。


 灯り屋を側に置くことはできないけれど、灯り屋や妖精について知る良い機会にはなるはずだ。

 例え原因が分からなくとも、この件に関われば何かしら得るものはある。

 それに、妖精なんて見たことのないジッパーは、妖精と出会えるかもしれない、ということ、そしてそれはすら為し得なかったことだと思うと、ワクワクした。

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