Sequel.Fairy Tales:後編・灯り屋と妖精
妖精に関するジッパーの知識はほぼ皆無に等しい。
依頼人の灯り屋の方はそれに毛が生えた程度で、やはり本来の灯り屋に直接聞く方が早いのだが、灯り屋は妖精に関するトラブルは解決してくれるものの、妖精自体については教えてはくれない。
なので、やはり自力で妖精を探して記憶がない原因を調べてもらうしかないのである。
そこでジッパーは灯り屋が幼少期を過ごすという森にやって来た。
灯り屋によると、妖精は黄昏時に四葉のクローバーの塗り薬を瞼に塗ると見つけやすいらしい。
通常塗り薬を作るには三週間以上かかる。
それを魔法で一晩で作り、出来上がったどす黒い塗り薬を瞼に塗った。
また、どの妖精も共通して豆類を好むということで、十種類の豆を大量に入れた布袋を手に森の中を進む。
黄昏時の森は薄暗く、本当に妖精がいるのかと疑いたくなるような雰囲気に満ちていた。
「本当にここなの?」
思わずそう訊いてしまうほど、妖精どころか人の気配もない。
灯り屋の子供がいるはずだが、その気配はもちろん、住処となる家らしきものも見当たらない。
「子供は洞窟で暮らしてるのです。でも入り口は木の葉や枝で隠されているので、そう簡単には見つかりません」
「なるほどね。でも私達は見つかっちゃマズいから、こっそり妖精だけを探すわよ」
そう言ってジッパーは豆を一粒ずつ地面に落としながら進んだ。
豆に釣られて妖精が姿を見せるのを狙う、古典的な手法だ。
しばらくして、豆が地面から消え始めた。
そのことに気づいた二人だったが、アイコンタクトで気づかないフリをしてそっと進む。
問題はどうやって捕まえるか、そしてどうやって聞き出すか、だ。
ジッパーも灯り屋もその方法は知らない。
だが、ジッパーには妖精にも魔法は通用する気がしていた。
そのために妖精を袋小路になっている場所へと誘導した。
仮に魔法が失敗しても逃げられないようにするためだ。
思惑通りその場所へ辿り着くと、ふいに振り向いて妖精をシャボン玉に閉じ込める魔法をかけた。
ジッパーの読み通り、魔法は妖精相手にも効力を発揮し、豆を大量に麻袋に詰めた妖精はシャボン玉の中に閉じ込められ、慌ててそこから出ようとシャボン玉を叩くが、それはどんなに強い力で叩いても割れない魔法のシャボン玉だ。
初めて見る妖精、そして初めて自らの手で捕まえた、ということにジッパーは思わず笑顔になった。
「さっすが私!」
自画自賛するジッパーに灯り屋も興奮した表情で妖精とジッパーとを交互に見た。
「あなたに何かするつもりはないわ。ただ教えて欲しいことがあるだけなの。言葉は通じるわよね?」
妖精は手の平大で、トンガリ帽子に老人のような姿をしており、ノームという種類に似ている。
「……これが妖精にものを頼む態度か」
少し甲高い声でそう返って来た。
「教えてくれたら豆でもミルクでももっとあげるわ」
その言葉にピクリと妖精の眉が動く。
「……で、何が知りたい?」
「この人、灯り屋なんだけど幼少期の記憶がなくて、灯り屋としての仕事ができないんですって。その原因を知りたいの」
ふぅーん、と妖精は灯り屋を見、目を細めた。
「こりゃ、本当に灯り屋か?」
返って来たのは意外な答えだった。
驚いたのはジッパーもだが、それよりも灯り屋自身が目を丸くして妖精を見据えている。
「そ、それはどういう意味で……?」
「どうもこうもお前は灯り屋には見えんな。記憶がないってのはアレだな。妖精の取り替え子だろう。見た目は灯り屋だが、それは妖精の変身能力だよ。灯り屋にってのは珍しいことじゃない。妖精が身近だからなぁ。こんな雑な取り替え子はトロールの仕業だな」
「そのトロールにはどうやったら会えるの?」
「会ったところで解決せんぞ。トロールは一度取り替え子に出した子は引き取らん。取り替え子にされた灯り屋の子供は今はトロールの召使いにされとるだろうな」
「そんな……じゃあ、これからどうしたら……」
項垂れる灯り屋に妖精は腕組みをした。
「……要は灯り屋としての知識があれば今のままでもいいんだろ?」
「ま、そうね。あなたが教えてくれるの?」
「教えてやってもいい。だが、タダで教えてはやらん」
「何が望み?」
ジッパーが問うと、妖精は灯り屋を見た。
「な、何でもしますっ!」
妖精の視線に灯り屋は縋るような視線を向ける。
「……林檎酒と葉巻で手を打とう。葉巻はもちろんナズナだ。持って来た量で教える量も変わる。分かってるな?」
「ナズナの葉巻って?」
「そんなもの、自分で調べろ。そこまで丁寧に教えてやる義理はない。用意できたらここに来い。四葉のクローバーを頭に乗せて七回回って、四葉のクローバーを振れ。ベルでも鳴らすようにな。それがドアベルみたいなもんだ」
分かったわ、と言ってシャボン玉の檻を解き、帰ろうとする二人を待て、と妖精は止めた。
「ところで、お前達が瞼に塗ってるのは妖精の秘伝の薬だな? そんなものどうやって手に入れた?」
妖精は自分達の魔法や生態を知られることを極端に嫌う。
故に妖精以外がそれを知っていることを知ると、その者を場合によっては殺してしまうこともある。
だから、この問いの答えには慎重にならなくてはならない。
灯り屋が知っていた、というのが事実だが、本物の灯り屋でないと分かった今、その事実を素直に伝えていいものか。
それに人であるジッパーも塗っている、ということはジッパーに塗り薬の製法をバラしたとも疑われる。
実際、薬はジッパーの店で一緒に作ったので、それを正直に伝えられない。
「……私は魔法使いなの。これは私の魔法よ」
果たしてこの答えで納得してくれるか。
妖精は疑うように二人をジロリと見据え、しばらくしてからま、信じてやろう、と納得した。
二人は心の中で安堵し、林檎酒と葉巻を調達しに街へと急いだ。
***
「は? 三日も経ってるですって?」
街に戻ったジッパーは果実酒の店の店主が読んでいた新聞の日付に目を丸くした。
森にいたのはたった数時間だ。
そのはずだったが、妖精の時間と人の時間には差があるようだ。
妖精が特殊な種族だと改めて思い知る。
「問題は葉巻ね。ナズナの葉巻って聞いたことないわ」
とはいえ、一応葉巻屋に行ってみた。
が、やはりそんなものは聞いたことない、と言われてしまった。
「こうなれば灯り屋に聞くしかないわね」
「だ、ダメですっ! それだけは……!」
「大丈夫。あんたはその辺に隠れてて。多分、上手くいくから」
なぜか自信たっぷりに言うと、ジッパーは灯り屋の店に入って行った。
そして、数分後には店を出て来て、笑顔で戻って来た。
「ナズナの葉巻、一本貰ったわ」
そう言って通常の葉巻よりも一回り小さな葉巻を見せた。
「ど、どうやって?」
「作り方は絶対教えてくれないでしょ? でも葉巻は売ってくれると思ったのよね。灯り屋なら妖精と交渉することもあると思うし、だったら葉巻は絶対持ってると思ったの」
「で、でもたった一本じゃ……」
「私は解魔師である前に魔法使いよ? これを魔法で増やすのよ」
ふふっ、と悪巧みをする子供のように不穏な笑みを浮かべたジッパーに、なるほどぉ、と灯り屋は喜んだ。
そうやってなんとか妖精の要求に応えられた二人は、再び森を訪ねた。
妖精に言われた通り四葉のクローバーを頭に乗せ、七回回って四葉のクローバーを振った。
すると、すぐに妖精は姿を現し、左手を差し出した。
「そのクローバーを渡せ。それから『汝を試さず欺かず、礼節を守って慈しむことを月と水にかけて誓う』って言いな」
「それはどういう……」
「いいから言えって。これやらないと人とは交渉できねぇんだよ。ほら、二人とも言いな」
急かされ、渋々ジッパーは誓いの言葉を言った。
こういう契約めいた儀式は大抵落とし穴がある。
魔法使いはこういう契約はしないのが基本だが、今回は仕方ないと腹をくくった。
灯り屋もしどろもどろ、なんとか誓いの言葉を言い、林檎酒と葉巻を差し出した。
林檎酒は大きな瓶一つ、葉巻は二ケース用意していた。
妖精はその量を見、それから瓶を開けて香りを嗅ぎ、葉巻も一本を手に取って香りを嗅いで質を確かめた。
「ま、いいだろう。ここで一カ月、灯り屋として働けるよう教えてやる」
「ま、待って。ここで一カ月ってことは、街では何年になるんだ?」
「さぁな。人の時間なんて知るかよ。それより灯り屋として働く知識を得る方を心配しろよ」
「そうだけど……」
知識は一朝一夕で身につくものじゃない。
そんな短期間で身につけたものは、結局実践には役に立たないし、応用もできない。
けれど、灯り屋はすぐに働きたいと思っているし、街も灯り屋を必要としている。
灯り屋は街の街灯の数によって、その街に住み着く数も決まる。
だから、灯り屋の数が減ると灯らない街灯ができたり、時間がかかることもある。
それに、灯り屋はあまり街の人と深く関わらず、灯り屋同士のコミュニティがあって助け合って生活する。
それ故、誰かが欠けると生活が困ることが多い。
だから、この灯り屋は一人前に働けるように急いでいた。
でも、とジッパーは顎に人差し指を当てる。
「ねぇ? もう一度取り替え子をやればいいんじゃない?」
ジッパーの提案に灯り屋は何を言ってるんだ、という顔で振り向き、妖精はポンッと膝を打った。
「二回やればいいってこったな? そりゃ名案だ!」
「な、なになに? どういうこと?」
灯り屋が困惑していると、妖精は鈍いなぁ、と顔をしかめた。
「つ・ま・り! お前と灯り屋の子供を取り替えるんだよ。お前はこっちで勉強できるし、子供はすでに勉強済みだからちゃあんと灯り屋としてやっていける。で、お前の勉強が終わったら、また別の子とお前を取り替えるって訳だ。な? 名案だろ?」
まるで妖精が自分の案だと言わんばかりの顔でニヤリと笑った。
「た、確かに……」
灯り屋も納得する。
「そうと決まれば早速取り替え子をしなきゃな! よし、ちょっくら行って来るか!」
妖精はそう言うなり、被っていたトンガリ帽子を脱ぐとパッと消えてしまった。
かと思うと、再びパッと現れ、終わったぞ、と笑いながら帽子を被り、灯り屋を見上げた。
「そんじゃ、取り替え料としてミルクも貰おうか」
ちゃっかりしている。
仕方なくジッパーが魔法でミルクの入った瓶を出して渡すと、蓋を開けて匂いを嗅ぎ、便利だな、とぼそっと呟いて、灯り屋に運べと目で訴える。
「じゃ、これで全部終わったな? なら、お前さんにはこれを返すぞ」
そう言って妖精は再び帽子を脱ぎ、そこから手品のように、妖精を呼び出した時に使った四葉のクローバーを出した。
ジッパーがそれを受け取ると、妖精と灯り屋の姿は消えてしまった。
そこでジッパーは片手で顔を覆う。
「しまった……依頼料貰い損ねた……」
でも、良い経験ができたから良しとしましょうか、と心の中で呟き、それからあの灯り屋が立派な灯り屋になれるよう願って家路に着いた。
街に戻ると、数日が過ぎていた。
あの灯り屋と再び街で出会うのは何年後だろうか。
「楽しみが一つ、できたわね」
そう笑って、ジッパーは四葉のクローバーを魔法書の間に挟んだ。
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