第4話 悪魔召喚の儀

 さて、あれから数時間。分厚い魔法書をざっと読み目ぼしい使い魔をくれる悪魔をリストアップした。

 これが結構骨が折れる。なんせ召喚できる悪魔は数百種類いるのだ。さらにこの本の冒頭には、


 ――そのため本書に記載している悪魔は召喚しても被害の少ないものである。また、これらに加え強い力を持たず名前もほとんど知られていない悪魔や新しく生まれた悪魔、神との戦争の中で行方不明となった悪魔などが存在しており、本書は魔界に住む悪魔の数十分の一程度のものしか記載をしていないことになる。


 なんて書いてある。一体どれだけ悪魔いるんだよ。

 ということで、俺が選んだ悪魔が次の4つである。


・イットゥル

 序列31位の悪魔。悪魔の大富豪とも呼ばれており、その名に恥じず魔界に巨大な城を構え魔界の交易を支配している。

 ワニの顔をした太った男のような姿をしており、三つ首のラクダに乗って現れる。

 彼に取り憑かれた者は金の亡者となり金品を溜め込むことしか考えられなくなる。その末に死ぬと溜め込んだ資産は全てイットゥルに押収されるという。魂を奪わない珍しい悪魔である。

 召喚された場合、召喚者の提示したものの価値を教える。また、商売の技術も授けることができるがその手段は善悪問わないものである。使い魔を望んだ場合、財宝の在り処を探し当てるトカゲ、または商売の才能に富んだ魔族の男を与える。

 望む内容によっては金品を要求されるが、交渉次第で免除してもらえる。

 魔方陣の中央に金貨数枚を乗せ、呪文を念じると召喚される。


・サリバ・スクトゥラウト

 序列178位の悪魔。銅を操るとされ、銅山に出没することもある。そのため一部の銅山では彼を崇める習慣があるという。

 筋肉質の男の姿で現れる。その頭や背中からは銅の棘が生えている。全身が青銅でできた馬に乗っている。

 サリバ・スクトゥラウトの怒りに触れたものは銅像にされ、彼の館の庭に飾られると言われている。万が一怒らせてしまった場合には川魚を捧げると怒りは収まるが確証はない。

 召喚された場合、召喚者の提示したものを銅に変える。また、沢山の銅製品を与えることもできる。使い魔を望んだ場合、4千里走っても疲れない馬か聞き分けの良い魔族の子供を与える。

 魔方陣の中央に川魚を置き、呪文を念じると召喚される。


・ジステイラ

 序列201位の悪魔。元々は北国の山中にある村で崇められていた異形の生物であったが、死後悪魔によって復活し自らも悪魔として魔界へ住むことになったという。

 霧と共に現れるため姿を確認することは難しい。彼が崇められていた村の言い伝えでは鳥の頭を持つ怪物であったとされるため、そのような姿をしていると思われる。彼に捧げられた生贄の娘達を魔界の館に住まわせており、彼女を連れて現れることもある。

 召喚された場合、召喚者をしばらくの間寒さから守る。使い魔を望んだ場合、生贄となった娘を使い魔として与える。

 魔方陣を描き、呪文を念じると召喚される。


・レイロロウ

 序列290位の悪魔。女の悪魔である。

 黒い服に青紫の頭巾を被ったまつげの長い女の姿で、赤毛のライオンに跨って現れる。

 彼女の住処に繋がる谷間がどこかの森に存在し、森に迷い込んだ人間を巧みに谷間へ誘いこみそのまま魔界へと連れ去ってしまうという伝説がある。

 召喚された場合、召喚者に占星術の知識を与える。使い魔を望んだ場合、羽の生えた魔族を授ける。レイロロウは口数の少ない悪魔で必要最低限のことしか話さない。使い魔にもその傾向が見られるが主人の言うことはよく聞く。

 魔方陣を描き、呪文を念じると召喚される。


 以上だ。どの悪魔も人型の使い魔をくれるようだ。

 さて、誰を選ぼうか。

 女の悪魔レイロロウ。彼女の使い魔には羽が生えているらしい。今後外に出て活動してもらうことも考えると、これは不便だ。まずはこいつを却下。

 イットゥルの使い魔には商売の才能がある魔族の男がいる。割と良さそうではある。が、イットゥルは召喚時に金品を要求することもあるようなので、とりあえずは保留だ。

 ジステイラは生贄となった娘。死んでいる……のだろうがまぁ使い魔なので気にする必要はないだろう。特に言うこともない、普通の使い魔のようだ。

 サリバ・スクトゥラウトは聞き分けの良い魔族の子供。これも問題は無さそうだ……が、よく見たら召喚に川魚が必要らしい。これは用意できない、残念だ。

 となると、イットゥルかジステイラだが……これはジステイラかな。

 イットゥルは金品を要求するという不安点もあるが、使い魔は魔族だ。もしかすると角や尻尾があるかもしれない。

 それに対しジステイラの使い魔は生贄となった村娘だ。こちらのほうが安全だろう。召喚に特別な条件もない。


 ということで俺はジステイラ召喚のための準備をすることにした。

 どうやら魔方陣は水を出したときよりも大きなものが必要らしい。何か大きな紙はないだろうか……と探して見つけたのが、壁に貼ってあったアニメのポスターだった。

 ちょっと勿体無いが、ここから出られても出られなくてもいらない物になるだろうということで思い切って使ってしまうことにした。

 ポスターの裏にマジックで魔方陣を描く。そして敷いてあった布団を畳み部屋の隅に寄せ。魔方陣を部屋の中央に置いた。

 カーテンを閉め、俺は深呼吸する。さぁ、呼ぶぞ……!


(出ろっ……!)


 俺は目を瞑り、呪文を心の中で強く念じる。すると、部屋の温度が急に下がった気がした。

 成功か!? 俺はゆっくりと目を開ける。すると、


 部屋の中は白い霧で充満していた。魔法書に書いてあった通りだ。


 やった、成功した!


「私を呼んだのは、お前か?」


「!」


 霧の中から、男の声がした。しゃがれているが、それは若い男のものに聞こえる。

 俺は相手を怒らせないように、落ち着いて答える。


「はい、あなたを呼び出したのは私でございます」


「そうか。私はジステイラ。霧と氷の悪魔である。お前の名はなんだ?」


「はい、ハルミと申します。この度はあなた様に願いがあってお呼びいたしました」


「ふむ、私を呼び出す魔術師は久々だ。今日は気分が良い。では言うがよい、お前の望みを」


 ……良かった、機嫌がいいようだ。


「使い魔が、欲しいのです」


「……なるほど、使い魔だな。分かった、お前の願い聞き入れた」


 すると、あたりの空気が先ほどよりもさらに冷たくなる。あたりの霧も深くなりどんどん視界が狭まってゆく。

 だんだんと体が寒さに耐えられなくなり、ガタガタと震えだした。寒い、が、耐えるしかない。一種の試練だと思うしかなかった。俺は肌を突き刺すような寒さの中、ひたすら立ち続けた。


「よし、連れてきたぞ」


「……え?」


 ジステイラの声がすると、今まで部屋を覆っていた霧がだんだんと晴れてゆく。それと共に寒さも和らいできた。俺はこわばらせていた腕を解く。


「それでは、私の僕をお前に授ける。自由に使うことだな」


 その言葉が終わったあと、白い霧が渦巻き、魔方陣へと勢いよく吸い込まれていった。

 そして、その後に残ったのは……、


「……え?」


 女の子だった。


 しかも、美少女だった。


 さらに言えば、メイド服だった。


「ええぇっ!?」


「ひぃっ!?」


 俺が驚くと、その子も驚いた。

 だって、メイド服だ。いや、いくら生贄にして自分の家に住まわせるからってメイド服? どんな趣味の悪魔だよっ!

 ……いや、現代日本の基準で考えるな、魔界ではこれが普通なんだ。

 俺は深呼吸をし、目の前の美少女に話しかける。結った長い黒髪と、白い肌が美しい。見た目的には14~18歳の間くらいだろうか。


「お前が、俺の使い魔か?」


 ちょっと偉そうな言葉遣いだが、使い魔は魔術師の下僕だ。言葉遣いを気にする必要はない。


「はい、ご主人様。私はジステイラ様の元より参りました、サキア・アーストランドと申します」


「サキア……か。俺はハルミだ。よろしくな」


「はい、ハルミ様」


 深々と礼をするサキア。礼儀正しい子のようだ。


「じゃあ、お前のこと俺はよく知らないし、簡単な自己紹介でもしてくれないか?」


「自己紹介……ですか?」


「そうだ。お前がどんな奴か知っておきたいからな」


「はい、分かりました。私は16の頃にジステイラ様の生贄として選ばれました」


 16で生贄かぁ……よく考えたら壮絶な人生だ。


「その後ジステイラ様のお屋敷で雑用係として35年間お仕事させていただき、そして今日ご主人様の元へ参りました」


「さ、35年間……!?」


 つまり合計で51歳!? 俺より年上、というかそれはもうババアじゃねぇか。いや、見た目は生贄になってから変わってないだろうけど。


「魔術の類はあまり使えないのでご主人様のお役に立てるかは分かりませんが……家事雑用ならお任せください! お屋敷では副々々々々々々々メイド長として働いておりましたので!」


「ふくふくふく……って、それ大丈夫なのか?」


「はい! お屋敷には副々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々メイド長までいました。私はメイドとしては十分に働くことができると思っております!」


 一体あのメイド萌え悪魔は何人生贄を要求したのだろうか。流石に鬼畜すぎやしないか。途中で退治しようという勇者が現れたりはしなかったのか。


「……まぁ、分かった。俺もお前にして欲しいのは身の回りの世話だからな。これから、よろしく」


 俺は、手を差し出してみる。今までこういうことは無かった、というかあるわけないのでちょっと恥ずかしい。


「……はいっ!」


 サキアは、俺の手をぎゅっと握り返してくれた。

 初めて、美少女、それもメイド(本職、しかも副(略)メイド長)と握手をしたぞ!

 なんだか俺の引きこもり生活、楽しくなってきそうだ!

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