引きこもり魔術師のマジック在宅ライフ
紅森弘一
第一章
第1話 引きこもり、無理やり外の世界へ出される
今日も自堕落引きこもり生活。1日の大半を費やすネットサーフィンを終え深夜に俺は寝床に入るのであった。が、
「眠れない……」
今日はなかなか寝付けなかった。たまに外を通り過ぎる車の音、かすかに聞こえる虫の声。そんなものがいちいち気になってしまうような、眠れなさだった。
布団に潜りながら、必死に目を瞑る。が、それでも気になってしまう。雑音はだんだんと耳に慣れ、聞こえやすくなってきた。
耳元で、カサカサと囁くような音がする。
「っ!?」
飛び起きた。まさか、この部屋に虫が湧いたのか!?
俺は慌てて枕元に振り返る。すると、
そこには、人がいた。
「ぎゃあああぁっ!?」
しかも、ただの人間ではない。痩せこけた頬に尖った顎、肌は死人の如く青ざめている。背丈はかなり高い。俺の部屋の本棚くらいはあるだろう。真っ黒なコートを着て、頭には同じく真っ黒の帽子を被っているのが薄暗い部屋の中でも分かる。それくらい黒かった。
「どうも、ハルミさんですね」
「ひいぃぃぃっ!?」
その男は、氷のような声で、丁寧にお辞儀をしながら俺の名を呼んだ。
「まぁまぁ、そう驚かないでくださいよ」
俺はその場に固まったまま動けない。よく見るとこの男、顔つきは端整だ。恐ろしく不健康な輪郭でパッと見ではそうは見えなかった。
「無理もないですね、こんな急に気味の悪い男が現れると」
俺は、コクリと頷く。
「では驚いている間に驚くようなことを全て言ってしまいましょう」
そいつはそう言うと、とんでもない事を言った。
「私は悪魔です。あなたに賭けを挑みに参りました」
「っ!?」
悪魔。驚いたが、もう驚いているのとこいつが悪魔でも何も不思議ではないので実際はそれほど驚いてはいなかった。
「ほら、悪魔ですよ。こんな事もできますし」
男がパチンと指を鳴らすと、彼の指の上に青白い火が灯る。
これはもう信じるしかないようだ。
しかし、こいつは賭け、と言った。それは何だ。
「信じてもらえたようですね。では、『賭け』の話をしましょう」
俺は再び頷く。
「あなたには、これから異世界へ行っていただきます」
……なんだと。異世界?
「そして、再びこの世界に帰ってこられるかどうか、それを賭けようというわけです」
「なんだよ、それ……」
「そうなるでしょうね、いきなりのことですので。ですが、これは私も本気なのですよ」
「いや、でも、異世界って、意味わかんねぇよ」
「分かりやすく言いましょうか? あなたを無人島に放置し、帰ってこれるかどうかを賭ける。それを異世界でやろうというのです」
「ま、待て。無理に決まってるだろ」
「大丈夫です。あなたには異世界で生きるために必要なものを与えます。それに戻る手段は複数存在しますしやればできますよ」
「いや、だからそんないきなり言われてもだな」
「残念ながらいきなりというところがミソでして。実はこの賭けに参加しているのは私だけではないのですよ」
「……は?」
「私の知り合い数十名を巻き込んだ大掛かりな賭けなのですよ。題して『堕落した人間が更正することは可能なのか?』です」
なんだ、話が大掛かりになってきたぞ。
「この賭けをするために根っからのダメ人間を探していましてね。そこであなたに白羽の矢が立ったのです。ダメ人間をいきなり過酷な環境に放り込むのです。これが重要」
「あ、悪魔だ……」
世の中いくらなんでも理不尽過ぎないだろうか。部屋からほとんど出ていないのに危険に晒されるなんて聞いていないぞ。
「悪魔ですしね。あ、悪魔らしいことはまだありますよ。あなたが死んだ場合は魂をいただきます。これがあなたが賭けるもの、ということで」
「じゃあ、お前が賭けるものはなんだよ……!」
「今のあなたの生活を大きく改善するような、満ち溢れた才能とやる気、莫大な資産などなどありったけの幸福を差し上げましょう」
「まさに人生を賭けるってわけか……」
こいつら、引きこもりが人生終わっていていつ死んでも構わないような人間だと思ってやがる。
「その通りです。では早速異世界へ参りましょう」
「ちょ、ちょっと待て! まだ心の準備が……」
「そんなの知りませんね。それ」
男が指を鳴らす。俺は思わず目を瞑り頭を抱えた。
「……」
「……」
「……ん?」
何も、起きない?
「もう着きましたよ」
「は!?」
俺は目を開けた。が、
「……は?」
何も、変わっていなかった。
「分かりませんか。もうあなたは異世界にいるのですよ。部屋ごとね」
「は!?」
俺は寝床から飛び上がり、窓へ駆け寄りカーテンを開ける。
「……なッ……!?」
目の前に広がるのは、普段見ている住宅地……ではない。赤い屋根と白い壁、木組みの家が立ち並ぶ住宅街。ヨーロッパの古い町並みで見るような、それだ。
空に浮かぶ白い月も心なしか大きく見える。まさか、本当に異世界に着てしまったのか。
「あなたの部屋を、この世界のどこかの町にある、空き家の一室に転移させました。あとはここから元の世界に戻ってください」
悪魔が後ろから声をかける。
「先ほども言ったようにいきなり何もなしに生きていくことはできないでしょう。なので、あなたにいくつかのものを与えます」
ドサリと音がする。振り返ると、影で見えにくいが様々なものが山のように置かれているのが分かった。
「数日分の食料と簡単な生活用品です。この世界で普通に生活するためのものです。そして、ここからが重要ですよ」
悪魔は荷物の山から何かを拾い上げる。それは、本だった。
「あなたにはこの世界の様々な魔法について書かれた魔術書の数々を差し上げます。そして、それを実用するための知識と才能も与えましょう」
……魔法、だって?
「これらの魔法の中には相当便利なものも混ざっていますが……それを活用できるかはあなたの頭脳とやる気にかかっています」
つまり、今の俺はそこそこ有能な魔法使いというわけか?
「さて、説明は以上です。分からないことがあれば、とりあえず赤紫の表紙の本を読んでみてください。それは今回の賭けのための説明書のようなものですので」
「あ、あぁ……」
「それでは私はこれで失礼いたします。あなたが無事に帰ってくること、私は願ってはいませんが願っている方はいるので頑張ってくださいね」
悪魔は指を鳴らし、青い炎に包まれて消えた。
俺は、気の抜けたようにへたり込む。色んなことが一気に起きすぎてわけが分からない。
「……とりあえず、外に出てみるか」
山積みにされた荷物をよけながらドアまで移動し、おそるおそるドアを開ける。
そこには、ところどころボロボロになり蜘蛛の巣があちこちに張った木造の廊下が闇の中へ吸い込まれていく光景があった。
「ーーっ!」
俺はバタンとドアを閉める。ヤバい。こんな中外へ出るなんてたまったもんじゃない。
そう思い始めると、考えはどんどん違う方向へ進んでいく。
部屋の外の時点でこれなら、外の世界はどれだけ恐ろしいんだ。俺にそんなことができるのだろうか?
「……待てよ」
俺は、気づいた。そうだ、危険だらけの場所に無理に行く必要は無い。
俺には魔法の才能とそれを使う知識、それに必要な魔法書があるのだ。
その魔法書はこの世界の様々な魔法があるとあいつは言っていた。おそらく食べ物に困ったときの魔法や、金を稼ぐための魔法のようなものもあっておかしくはない。
つまり、つまりだな……。
そういうことなのだ。
「俺は一生この部屋から出ねぇっ!」
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