第2話 はじめての魔法
さて、今俺は窓際で悪魔の置いていった解説書とやらを読んでいる。
この世界は電気が通っていないようで(この家が空き家だからという可能性もある)、明かりがつかなかった。なので月明かりを頼りにするしかない。
ロウソクなりランタンなりが生活必需品としてあるのかもしれないが、今はそれを使うようなときでもない。資源は大切にしなければ。
「なるほど……こりゃ見事な異世界だな」
どうやらこの世界は魔法やモンスターの類が存在するファンタジーな世界のようだ。そして俺が今いるのは「ミカルト」という小さな町の一角にある空き家のようだ。この町は城下町から少し離れたところにある町で、他の町や村と交易を行いそこで仕入れた商品を城下町でさらに交易することで成り立っているようだ。交易の中継地というわけだ。
「こんなところかな」
他にも別の町や、森などの場所についての説明や有名な人物や伝説の説明もあったがそれはどうでもいい。この部屋から出る気の無い俺にとっては外の世界や人間について知る必要は今のところなかった。
「それよりも、魔法だ魔法。なるべく部屋から出ないようにして生きるには何が必要だ?」
水、食料、トイレ、風呂……。
「まずは水か……」
水。先ほど本で知ったが、この町には水道がそこまで発達していない。せいぜい役所のような大型施設くらいだ。ほとんどの住民は町にいくつかある井戸から水を調達している。
これは中々困る。見知らぬ男が今まで空き家だった場所に出入りしているところが見られてしまう。そもそも俺に生活に必要な量の水を運べるだけの力もない。
やはり魔法に頼るしかないな。
「えぇと、魔法書は……これか」
日本語では無かったが、「世界魔法大全 -1-」という文字は読めた。
俺はその本をめくり、目次に目を通す。
「み、み……水の魔法……あった!」
見事に発見。「水の魔法」というそのままの項目が存在した。急いでそのページを開け、文章に目を通す。
――水の魔法――
水、および氷と水蒸気を含む純水を操る魔法。または水にまつわる魔法。水は火、風、地の魔法と並んで四大元素の一つである。守護神はシュレイフ。
数ある魔法の中でも比較的簡単に使うことができるものが多い。そのため大月暦8124年現在世界で最も使用者の多い魔法である。
「――なるほど」
どうやら簡単な魔法のようだ。おそらく俺になら使えるレベルの魔法だろう。
さて、探しているのは水を確保するための魔法だ。さらに本を読み進める。
……
・水を探知する魔法
自分の近くにある水を探し出す魔法。
右の魔方陣を地面(なるべく大地が好ましい)に描き、中央の円に樫の木の杖を挿し右の呪文を念じる。杖の倒れた方向に水が存在する。
この魔方陣で探すことのできる水は人間が飲むのに適したものとなる。魔方陣上部の文様により探す水の性質を変えられる。本書5巻の各種魔方陣の効果についての説明を読まれたし。
・水を召喚する魔法
自分の近くに水を召喚する魔法。水の守護神シュレイフの聖地より純水を召喚することができる。
右の魔方陣を描き、右の呪文を念じる。魔方陣の中央部から水が湧き出る。
魔方陣の大きさと文様の違いにより量と勢いを調整することができる。右の魔方陣は水を器に注ぐのに適した勢いのものである。
勢いの調節は魔方陣上部の文様を変えることで行う。本書5巻の各種魔方陣の効果についての説明を読まれたし。
「これだ」
水を召喚する魔法。おそらくこれを使えば飲み水を確保することができる。
どうやら魔方陣を蛇口のように使えるようだ。早速試してみよう。
俺はそばにあったダンボールの一部を剥ぎ取る。そしてボールペンを使い、そこに魔法書に書いてあった魔方陣を丁寧に描いた。
さて、これで魔方陣は完成だ。いきなり大量の水を出して部屋が水浸しになっても困るので、小さめに描いた。
「えーと、何か水を入れるのに相応しいものは……」
と、部屋に転がっていた空の500mlペットボトルを見つけた。数日前に飲んでほったらかしにしていたものだ。よし、これでいいか。
俺はペットボトルの飲み口をダンボールに描かれた魔方陣の中央にしっかりと押し付ける。
もし水をこぼしても被害が少ないように部屋の隅へ移動し、腕を突き出す。
「よーし、水よ、出ろっ……!」
魔法書に書いてあった呪文を、頭の中で念じてみる。すると、
「おぉっ!?」
どくん、と腕に重い力が加わり下へ動いた。それと共にペットボトルにどばっと水が流れ込んだ。成功だ!
水はどんどんと溢れ出し、ペットボトルを8割がた満たしたところで止まった。
「やったぞ……! 俺、本当に魔法が使えるんだ!」
俺はダンボールを投げ捨て、ペットボトルを口にして水を飲んだ。
「……うまい!」
この水は守護神の聖地から召喚した純水であると書かれていた。日本で飲む水道水よりも遥かにうまかった。引きこもりになる前、幼少期に上った山で飲んだ湧き水、その何十倍もうまかった。
「これが、異世界ってやつか……なかなか住み心地いいじゃねぇか……!」
俺は、魔法が使えた喜びと、その恩恵に与りうまい水を飲めた喜びで、胸が一杯になったのであった。
すると、窓の外に一筋の明かりが見えた。あれは……、
「朝日、か?」
俺の部屋があるのは空き家の2階部分のようだった。前にある住宅同士の間から見える丘の向こうから、朝日が昇ってきたのだ。
「綺麗なもんだな……」
つい俺はその美しさに見入ってしまった。別に日本で見る朝日と何も変わらないのだが、今の俺にとっては絶景であった。
そして、
「……眠い」
ここで、一晩寝ていないことに気づいたのだ。そうだな、寝よう。明け方に寝るのは慣れている。
俺はカーテンを閉めた。朝日がシャットアウトされ部屋は薄暗くなる。
「こうして見ると、普段と変わらねぇ部屋だな。荷物が増えたくらいで」
俺は、寝床に潜り込み、目を閉じる。
こうして、俺はいつもと変わらない眠りの中へと落ちていくのであった。
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