第17話 異世界流園芸入門

「暇だぁー……」


「なら私に魔法教えてくれてもいいじゃないですか師匠!」


「だるい」


「もー! 起きてくださいっ!」


「お前はまず、基礎を覚えることが大切だ。魔法書をしっかり読み込むこ


とから始めろ」


「難しくて頭に入ってきませんよっ!」


 のどかな昼下がり。


 俺は今日も今日とて自堕落な日々を送っていた。


 弟子が出来たからといって別に生活が大きく変わるわけでもない。カオ


ンに魔法を教えるのは暇潰しを兼ねているのだが、今は少し飽きたのでや


る気はない。


「あー、暇だ。なーんもやることねぇなぁ」


「隠居したおじいさんみたいなこと言わないでくださいよ」


「隠居かぁ。確かに今そんな感じかもな。なぁ、ジジババってどうやって


暇潰ししてるんだ?」


「私に聞かれても知りませんよ……。ゲートボールとかしてるんじゃない


ですか?」


「俺運動したくない」


「聞いてきたのは師匠じゃないですかっ!」


 カオンは布団に寝転がる俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「師匠なんて盆栽とでもお話していればいいんですよ!」


「痛ぇっ!? おい、師匠に何するっ!」


 尻に強烈な一撃を受けた。


「師匠は師匠だけど、元は私と同じ引きこもりだもん!」


 それを言われると反論しようがねぇな。


 盆栽とお話かぁ……。ん?


「盆栽とお話……」


「……何言ってるんですか」


「いいな、盆栽とお話……!」


「ついに心までお爺さん化しちゃいましたか? 頭の老化は止まらなかっ


たとかですか」


「カオン、盆栽だ、俺は盆栽をやるぞ」


「……は?」


 俺の名案に、カオンは呆れた顔をする。


「この窓あたりに観葉植物でもあればいいなとは、前から思ってたんだが


、それだ!」


 俺は立ち上がり、窓際を指す。


「ちょっと珍しい植物でも育てれば暇潰しにはなる、いいじゃないか……


!」


「ししょー、植物に構うくらいなら私に構ってほしいです」


「それは、後でだな」


「むぅ」


 カオンはほっぺたを膨らませた。


「サキア、サキア!」


 俺はサキアを呼ぶ。


 すると、階段を上がる足音が聞こえ、ドアを開けてサキアがやってきた



「なんでしょうか、ご主人様」


「サキア、俺は今日から園芸をすることにした」


「えん……げい? お花でも育てられるのですか?」


「そうだな。だからその準備が必要で、買出しに行ってほしいんだ」


「それは素敵ですね! どんなお花が良いでしょうか? ご主人様のお部屋


で育てるなら、小さなお花が良いですね」


 サキアは顎に人差し指を当てて考えるポーズをする。


「いや、種の調達はいい。お前には植木鉢とジョウロを買ってきてほしい



「はい、分かりました!」


「あ、あとは土を適当に取ってきてくれ」


「了解です。それでは、行ってきますね」


 サキアは部屋から出て行った。


「……師匠、結局何の植物を育てるんですか?」


 カオンに質問された。


「ふふふ……俺は数百年に一度とも言われる才能を持つ魔術師だぞ? そ


の辺の草花を育てる気は無い」


「……私を育ててほしいんですけど」


「ということで、今からその植物を調達する。この部屋から出ずにな」


「どうやってそんなことを?」


「それは、秘密だ」


「えぇ……」


「で、カオン。お前にちょっと頼みがあるんだが」


 俺は、カオンを指差す。


「なんですか、面倒事は嫌ですよ」


「サキアが今日オレンジを買ってきていただろ? 台所からそれを一つ持


ってきてほしいんだ」


「なんで私がそんなこと……」


「実はな、お前の目の前で、ちょっと凄い魔法を使ってやろうと思った」


「えっ……!?」


 カオンの目に、ちょっと輝きが見えた。


「嘘じゃないぞ、約束だ。だから、行って来い」


「は、はいっ!」


 彼女はそそくさと立ち上がり、部屋から出て行った。


「さて、と」


 俺は魔法書を開き準備をはじめた。


 カオンが戻ってきたのはそれから一分ほどだった。


「師匠、オレンジ持ってきましたよ」


 カオンはオレンジを俺に差し出した。鮮やかな橙色で、おいしそうだ。


「お、ありがとう。じゃあ、今からそれを食べてくれ」


「え?」


「お前の今日のおやつはそれだ。あ、皮と種はきちんと分けておいてくれ


よ」


「ちょっと! 私、自分のおやつを取りに行っただけなんですか! 何の意


味があるんですか!?」


「いいから食え。俺はその間に準備してるから」


「もー! 分かりましたよ! おいしくいただきます!」


 カオンは床に座り、机の上でオレンジの皮を剥きはじめた。


 俺は、クローゼットからポスターを取り出した。そして、その裏に魔法


書を見ながら魔法陣を書いていく。


「師匠、そのポスター、『すぷらった!』ですよね」


 カオンがもぐもぐと口を動かしながら言う。


 『すぷらった!』とは俺が日本にいた頃流行っていた萌えアニメだ。ホ


ラー映画好きの女の子4人の日常を描いた作品である。


「そうだな。BLu-ray第一巻初回購入特典だ」


 ちなみにこれは通販サイト限定のものである。アニメショップ毎に絵柄


が違うが、引きこもりにそんな選択肢は無い。


「勿体無くないんですか?」


「今となっては必要ねぇしな」


「ふぅん……」


 カオンはぷっ、と種を皮に吐き出した。


「カオンも見てたのか?」


「はい、動画サイトで」


「誰推し?」


「うーん……。かなりあちゃんですかね」


 かなりあちゃんとは、ポスターの左上でVサインをしている金髪の女の


子だ。怖いものを目にすると金切り声を上げる子だ。


「えっ、かなりあ? 好きな人いたんだ」


 かなりあちゃんは、金切り声が五月蝿い、耳が痛いともっぱらの評判で


あり人気はあまり無い。


「かなりあちゃん不人気ネタは私が怒りますよっ。私、かなつば推しなの


で」


 カオンはびしっ、と指を立てる。


 かなつば、ようはかなりあちゃんと、主人公のつばめちゃんのコンビだ


。かなりあちゃんはつばめちゃんに強い執着心を持っている、との設定な


のだ。


「ご、ごめん」


 俺はつい謝ってしまった。


 一応俺は師匠だが、こうして同じ趣味の話をしているとそういうの忘れ


てしまうな。


 俺はちょっとだけ、日本への未練を感じた。


「よし、完成したぞ」


 俺は魔法陣の描かれた紙を持ち上げる。


「なんですか、その魔法陣は」


「ふふふ、それはだな……」


 俺はばっ、と魔法陣をカオンに向ける。


「これは、悪魔召喚のための魔法陣だ!」


「あ、悪魔召喚!?」


 カオンは驚きの声を上げる。


「そうだ! 今から、俺はここで悪魔を召喚する!」


「そんな、大丈夫なんですか?」


「今まで何度もやってきているからな。で、今回呼び出すのはこいつだ」


 俺は魔法書を開きカオンに見せる。


「なになに……?」


 カオンはメガネをかけ、本を見つめる。




・フォーリオル・ヘオウ

 序列270位の悪魔。

 元は南の地域で信仰されていた土着神が悪魔として零落したもの。現在


でもこの悪魔を神として扱う地域は存在する。元々は農耕を司る神の1柱


であったため、農耕や植物に詳しい。

 自分を崇める者には心優しいが、崇めることをやめた場合にはその者の


土地からは魔界の植物が生え土壌を汚されるとされる。

 蝿と蜘蛛とイナゴの3つの首に蜻蛉の体、蜂の羽、蟷螂の足を持つ姿を


している。神として崇められる際は両手に鎌を持った美青年の姿になる。

 召喚者に対してあらゆる農耕と植物の知恵か魔界の植物の種を与える。


使い魔を望んだ場合には力強い牛かよく働く蜜蜂を与える。

 魔法陣の中央に植物の種を置き、呪文を念じると召喚することができる


。召喚に失敗した場合、魔法陣から魔界の植物が出現し、これが人食い草


である場合があるので注意が必要。




「今回呼び出すのはこの悪魔だ。この悪魔に、珍しい魔界の植物を貰おう


と思う」


「本当に大丈夫なんですか?」


「悪魔召喚は高位の魔術師にとっては必須の魔法らしいぞ? お前もしっ


かり見ているんだな」


 俺は魔法陣の書かれた紙を床に置く。


「カオン、さっき食べたオレンジの種どうした?」


「そこにありますけど……」


 カオンは机の上を指す。そこには、オレンジの皮に吐き捨てられた種が


あった。


「よし、それを寄越せ」


 カオンは俺に種の乗った皮を渡した。


「師匠、もしかして私にオレンジを食べさせたのって……」


「そうだ、召喚の為に植物の種が必要だからだ」


 俺はオレンジの種をいくつかつまみ、魔法陣の中央に置く。


「それ、私の唾ついてますけどいいんですか」


「気にするようなことじゃねぇよ」


 さて、これで準備完了だ。俺は魔法陣から一歩離れる。


「カオン、気をつけろよ。お前は黙っていればいい」


「は、はい!」


 カオンは肩を強張らせ、拳をぎゅっと握る。


 俺は、魔法陣に向かって念を送る。


「……来たぞ」


 魔法陣が、薄く輝きだした。そして、


「わっ……!」


 魔法陣が強く輝くと同時に、そこから何者かが飛び出した。


 それは、魔法書に書かれた通りの、様々な虫の要素を持つ悪魔だった。


「ひぃぃ……っ!」


 カオンはそのグロテスクさに恐怖の声を漏らしている。


「私を呼んだのは、貴様か」


「はい、私は魔術師のハルミと申します」


「ハルミ、か。魔術師ということなら、何か望みがあるのだな」


 虫の悪魔、フォーリオルは三つの首の持つ口をそれぞれガチガチと鳴ら


しながら言う。


「その通りでございます」


「農耕の知識ではなかろう。魔界の植物か、使い魔を望んでいるな?」


「はい、私は魔界の植物の種が欲しいのでございます」


「よいだろう。何の種が欲しいのだ?」


 悪魔は羽をけたたましく羽ばたかせる。


「特に決めてはいないのですが、この部屋で育てられるようなものが良い


のです」


「ほう、この小さな部屋でか。何のためだ?」


「趣味、でしょうか。いかんせん、部屋に篭りきりでは息が詰まります。


珍しい植物でも育てて気を紛らわしたいと思ったのです」


「ふむ……、小さく、鑑賞に適した植物が欲しいのだな?」


 フォーリオルが両手の鎌をすり合わせるとギリギリと音が出た。


「はい、珍しいものならば尚更良いです」


「なるほど……ならば、面白い植物がある」


「本当ですか!?」


「あぁ。シタイソウと言う植物だ」


「シタイソウ……その、『シタイ』とは」


 不気味なその名前を、俺は復唱した。


「まさに、『死体』そのもののことだ」


「魔界らしい植物ですね……」


「この植物がつける実の中は、死体のような色と香りをしているのだ」


「ほほぅ……」


 いかにもな魔界の植物である。正直、このようなことは慣れてきている


のでもうそこまで驚かない。


「早くて3ヶ月で実をつけるから鑑賞に適しているぞ。これを好む魔術師


が意外と多いのだ」


「確かに、それはうってつけですね」


「ある程度育つと後に実になる房ができる。そこに開いた『口』に落ちて


きた虫を栄養とする」


「食虫植物、ですか」


 ウツボカズラ的なやつか。


「そうだな。ただしこいつは動物の肉でも育ち、与えたものにより実の性


質も変わるのだ」


「それは面白そうですね」


「性質的に、魔界以外でも戦場や墓場に生えることもあるな。魔界ならば


エークエルの館の庭は一面シタイソウが生えているぞ」


「エークエル……」


 こんなところで、ここに来たばかりの俺を散々引っ掻き回してくれた悪


魔の名前が出てきた。懐かしいなぁ。


「ただ、種から育てるのが少々骨が折れるのだ」


「……一体何が?」


「種に与えるのは水ではなく、血なのだ」


「え゛っ……!?」


 今まで俺の服に掴まってガタガタと震えていたカオンが、変な声を漏ら


す。


「血……?」


「そうだ。ネズミの血を与える者が多いが、なるべく人間、それも若い女


のものだと尚更良い」


「なるほど、それは手がかかりますね。でも大丈夫です。私は不死身なの


で、血くらいならば問題ありません」


「ほう、不死身だったか。なら問題はないな。では、これで説明は以上だ


。では、シタイソウの種を置いていこう、さらばだ」


 フォーリオルがばたばたと羽を鳴らすと魔法陣が光り、その強い光と共


に悪魔は消え去った。


 そして、魔法陣の上には赤黒い種が残った。見た目的には梅干の種に見


えなくも無い。


「……よし、これで種の調達は終わったな」


「……し、師匠」


 と、カオンが服にしがみついたまま言う。


「どうした?」


「あの、私、血を抜かれたりしませんよね……」


「なるほど、若い女がここにいるじゃないか」


「い、いやぁーっ!!」


 カオンはダッシュで部屋の隅に逃げる。


「冗談だぞ。というかお前怖がりすぎだ」


「だって、だってぇ……!」


 未だにガタガタと震えている。


 しかし、若い女の血か。サキアは元人間で肉体年齢は若いだろうけど、


サキアの血でもいいのかな。あいつなら喜んで血をくれそうだけど。


「お前もこうやって悪魔と話できないと魔術師になれないぞ」


「無理、無理ですよ、怖いですよぉ……!」


「んー、でも高位な魔術師って大体悪魔召喚してるって聞くしなぁ」


「えぇ……あんなのと私話したくないです……かわいい悪魔とかいないん


ですか?」


「まぁ、見た目がマシなのはいるけど、基本変な奴だな」


 俺が最初に呼び出した悪魔ジステイラも霧に包まれて姿が見えなかった


し、そういうのもいる。


「私、魔術師になれるんですか……?」


「お前次第だな」


「うぅ~!」


 カオンは頭を抱える。


「ご主人様、頼まれたものを買ってきました!」


 と、ここでサキアが小さな植木鉢とジョウロを持って部屋に入ってきた



「おっ、帰ってきたな。種も調達したし、早速植えるか」


「はい。どうぞ、ご主人様」


 サキアが植木鉢をジョウロを俺に渡す。


 俺は、植木鉢だけを受け取る。


「ごめんな、どうやらこの植物、ジョウロはいらないみたいだ」


「そうなのですか?」


「あぁ」


 俺は、魔法陣の上の種を拾い植木鉢に敷き詰められた土に押し込む。


「これはシタイソウの種で、血で育つそうだ」


「あぁ、シタイソウですか! 私も見たことがあります」


「そうか。だから、そのジョウロは客間に飾る花にでも使ってやれ」


「では、毎日血を与えないといけないですね」


「そうだな」


「では、私の血をあげましょう! シタイソウは若い女性の血液が大好物


ですし!」


 サキアはふんっ、と力こぶのポーズ。


 サキアの血でも大丈夫みたいだな、やっぱり。


「じゃあ、今から早速あげちゃいましょうか!」


「そうだな、頼む」


 俺は、植木鉢を差し出す。


 サキアはその上に右腕を持っていき、→腕に左手の人差し指を沿わせた


。そう、以前やったアレである。


「えいっ」


 サキアは、爪をシュッと振りぬいた。


 どばぁ


「ぎゃぁぁぁっ!」


 部屋の隅で固まっていたカオンが青ざめた顔で叫んだ。


「おい、ちょっと量多くないか?」


「あ、そうですね」


 サキアは腕の傷口をさすり、出血を止めた。


 俺は、血の匂いを放つ植木鉢を窓際に置く。


「さて、これから俺の楽しい園芸ライフがはじまるぞ!」


 日光に照らされ、血を吸った土がぬらぬらと光る。もう数日経てば、こ


こからシタイソウが芽を出すのだ。


 日光を浴びる植木鉢とは逆に、薄暗い部屋の隅で丸くなるものがつぶや


いた。


「……うぅ、魔術師、怖いですぅ……」


 まぁ頑張れ、俺も通った道だ。

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