第16話 俺達は、ダメ師弟
「さて、今日が最終日だな」
「はい!」
正座したカオンが元気よく応える。
そう、今日はカオンがうちで働き始めて1週間。これで最後になる。
「師匠の期待に沿えるように、最後まで頑張ります!」
カオンは笑顔でそう言っているが、俺は彼女を弟子にする気はなかった。
「今日は魔道具の配達はありませんので、家事のお手伝いをしてもらいますね」
カオンが漏らした、母親への未練のことを考えると彼女はやはり村に帰るべきだ。
「なぁ、カオン。何か食べたいものとかあるか?」
「へ?」
「折角最終日だしな。いいか、サキア?」
「はい。私が知っている料理、作れる料理であれば」
俺は、彼女は村へ帰るべきだとは思っているが、こうやって一人で旅をしてきたことを全て否定する気はない。少しでもいい思い出として覚えていてほしかった。
「いいんですかっ!?」
「あぁ。好きなものがあれば言ってくれ」
「うーん……」
カオンは少し考えると、
「ステーキ!」
と言った。直球だなぁ。
「……だそうだが」
「お肉、買えますかねぇ……」
サキアが、ちょっと困った顔をする。
「なんでだ?」
「お肉を仕入れている牧場が、数ヶ月前モンスターに襲われて結構な被害が出たようで……安定してお肉を仕入れるには少し時間がかかるらしいです」
「相変わらず物騒な世の中だなぁ」
「近くを通りがかった勇者一行によりモンスターは倒されたのですが、牛の半数が食べられてしまい、勇者への報酬も相まって経営が厳しいそうです」
この世界、人間が生きていくには少々厳しいところがあるとよく思う。だからこそ魔法が発達し人間はそれを身を守る手段としているのだが。
こういうニュースを聞くと、つくづく初日に外へ出ないと決めてよかったと思う。
「……てなわけで、ステーキはじめ肉料理は難しそうだ」
「仕方ないですね……」
カオンは肩を落とす。
「肉でなければ、魚はどうでしょうか?」
「うーん……あんまり焼き魚好きじゃないなぁ」
俺もだな。骨を取るのが面倒だ。
とは言ってもサキアの作る魚料理は骨の一欠片も見当たらないが。
「私、お魚は生の方が好きです」
「あ、それは俺もだ」
やっぱり魚は刺身だよ、刺身。あぁ、寿司食いてぇなぁ。
「な、生っ!?」
サキアが、驚いたような反応をする。
「どうした、サキア」
「生でお魚を食べるなんて、そんな気持ちの悪いこと……! お腹を壊しそうです」
あー、なんだか日本の食文化を初めて知った外国人みたいな反応だな。
サキアは山生まれだし、新鮮な魚を生で食べる機会はなかったのだろう。
料理に髪の毛入れる奴に気持ち悪いと言われたくはないがな。
「なんでですか? お刺身美味しいじゃないですか」
「オサシミ……?」
サキアは、きょとんとしている。
「はい! お寿司とか、私大好きで……」
「オスシ……?」
そうそうお寿司……ん?
「お寿司……?」
「どうしたんですか、師匠」
「お寿司」……?
「……今、お前『お寿司』って言ったな?」
「……は、はい」
「何か、おかしいとは思わないのか?」
「えっ……?」
カオンは眉をひそめて首をかしげる。
「『お寿司』……? そんな食べ物、俺は見たことも聞いたこともねぇなぁ」
「あっ……!?」
カオンは、言ってしまった、というような顔をする。
そう、「お寿司」なんて、この世界に存在するわけがない。
いかにも西洋ベースな世界観、生魚を食う文化はほとんど無いだろう。それなりにこの世界に詳しいサキアでも驚くくらいだ。
そんな生魚を、これまためったに話を聞かない白米と、酢を混ぜたシャリに乗せて食う料理を「お寿司」と呼ぶ。
そんなピンポイントに和食と一致した料理が、この世界に存在するか?
もし俺のように日本から来た人間が、この世界で寿司を作ろうと思ったとして、それが可能か?
カオンの発した、俺の故郷の伝統料理の名前、そして彼女の様々な発言から、一つの仮定が導き出された。
「カオン……お前、『異世界』から来たな……?」
「あ……!」
彼女は、息を飲む。
「しかも……『日本』から来たな……?」
「し、師匠……!」
そう。彼女は、日本人だ。
見た目からはそうは思えないが、彼女の発言やノリの数々は、日本の女子中学生の、そのものだ。
「どうなんだ」
「……はい、そうです」
カオンは、しゅん、と肩を落とす。
「……師匠、私、嘘をついていました。ごめんなさい」
頭を下げて謝るカオン。
「いや、俺も嘘はついていたがな。というか言ってなかっただけでもあるが」
「……え?」
「なんで、お前が日本人だと見抜けたか、分からないか?」
「だってそれは私が……あっ!」
「そうだ、俺が日本人じゃないと、分からないだろ?」
そう。俺が日本人で、お寿司のことを知っていなければ分からなかった。
「師匠も……日本人……!?」
「ニホンジン……?」
サキアは何が何やら、という反応だ。これに関しては置いてけぼりで申し訳ないな。
「俺もわけあってこの世界に来たわけだが……まずは、お前の話だな」
「……はい」
カオンは、俯きながら話し出した。
「私は、元いた世界……日本では、普通の、地味な中学生でした」
やっぱり中学生だったか。
「髪も瞳も黒かったですし、視力も悪くてメガネをかけてました」
と、カオンは懐から黒縁のメガネを取り出してかけてみせる。そんなもの持ち歩いていたのか。
メガネをかけたカオンの顔は、なるほど確かに、どことなく地味な女子中学生を思わせる。
「私、学校ではいじめられて……いや、そんなに深刻ではないんですけど、無視、されてました」
あぁ、それはキッツいなぁ……。現代社会の抱える問題だな。もう俺には関係ないことだけど。
「そのおかげで、不登校気味だったんです。家で本を読んだりネットしたり、そんなことが多かったです」
俺もそんな生活だったな。
「そんな時にですね、私は見つけてしまったんですよ、『異世界へ行く方法』をです」
「な、何だって!?」
そんな方法が、普通の女子中学生に見つけられるようなところに転がってたのか?
「お父さんの部屋の奥の方から見つけたんです。ボロボロの本でした」
「はぁ……信じられんが、俺が言えたことじゃねぇな」
「こんな漫画みたいなこと、って思いながらも当時の私は追い詰められていたので……試しにやってみたんです。多分、厨二病だったんですね、私。楽しそうって気持ちもありました」
多分現在進行形で厨二病だな。
「するとですね、私の部屋に女の人が現れたんです。その人は、神様だと言っていました」
「神様、ねぇ……」
俺は真逆のパターンだったな。
「そして、その人が言ったんです。『人生を、やり直してみたくはないですか?』と。そして、私を異世界へ招待したんです」
随分待遇がいいなぁ神様は。やっぱり悪魔はクソだな。
「私はその神様によって、この世界で新たな人生を歩むことになりました」
「……それ、怖くはないのか?」
「不安はありましたよ。こんな私が異世界でやっていけるのかって。でも、元の世界じゃもう私はやり直しが効かない、そう思ったんです」
「そうかなぁ……」
まだまだ若いんだし、将来何か良いことがあるかもしれないだろ。
……っと、そんなことを俺が言えるわけねぇよな。彼女なりに覚悟してのことだ。
「その時に、髪と瞳の色が変わり、視力も少し良くしてもらいました」
「至れり尽くせりだな。俺はそんなことなかったぞ」
「身長は変えてもらえませんでした……。一番気にしていたのに……」
か、かわいそうに……。
「で、私はこの世界で変わってやろうって思ったんです! 魔術師になりたい、それがまず最初の目標でした」
「なんでまた魔法?」
「カッコいいじゃないですか!」
「そうだな……」
こういうところはしっかり14歳だ。
「魔術師に、なりたかったんですけど……なかなかなれなくて」
「あぁ、どの魔術師にも断られたっていうのは……」
「そこは本当ですね。結局何も変われないまま、今師匠の前にいるわけです」
「そうか? 異世界で旅をするってだけで十分変われているんじゃないか?」
「んー……、確かに新鮮なことばかりでしたけど……。師匠にはなんだか呆れられているみたいですし……」
自覚はあんのかよっ。
「とにかくっ、そういうわけで私は今ここにいるのです!」
「なるほどなぁ……うーむ……」
「……どうしたんですか、師匠」
「いや、少し気がかりなことがあってな」
「気がかり?」
「あぁ、お前が本当に日本に未練が無さそうでな」
「当たり前ですよ! もうあんな生活に戻りたくありません!」
カオンは強く否定しているが、俺は彼女が今のところずっと口にしていない言葉を知っている。
「お母さん……は、どうなんだ?」
「っ……!?」
彼女は、引きつった声を出した。
「この前俺の部屋で寝てた時、寝言でつぶやいていたぞ」
「そんな……」
「ご主人様! それはどういうことですか!」
ここで今まで黙っていたサキアが割って入ってきた。
「ややこしくなるからちょっと黙っててくれっ!」
「は、はいっ!」
俺は一旦息を整える。
「で、どうなんだ。『お母さん』への未練は、あるんじゃないか?」
「……そういえば、言っていませんでしたね」
カオンは、震えた声で言う。
「お母さんは……もう、いないんです」
「なッ……!?」
「……!」
俺とサキアは、言葉を失う。
「私が小学生の頃に、急死しちゃったんです。優しいお母さんで、私は大好きでした」
……これには、俺も何も言えない。俺には重過ぎる話だ。
「中学に入るときお父さんは再婚して、今は違うお母さんがあるんですけど……その人私はどうでもいいみたいでずっとお父さんと一緒にいるんです。だからお父さんも私に構わなくなりました」
カオンは、ぼそぼそと、ところどころ声を詰まらせながら話す。
「私は家でも学校でもいないも同然の人間でした。だから、いいんです。私がいなくなっても誰も困らないんです」
「カオン……」
そこで俺はやっと声を出せた。
「あの世界に未練はありません。お母さんは、異世界に来ても私の心の中にいます。だから、大丈夫なんです」
「そうか……大変だったんだな」
今までぞんざいに扱っていたが、それがちょっと申し訳なくなった。
「はい……。だから、私をここに置いてほしいんです。私は、この世界で誰かに自分の存在を認めて欲しいんです……! お願いします!」
カオンは、正座のまま頭を下げる。
その姿は、か弱い女子中学生のものとは思えない。
カオン、お前は十分に強い人間だよ。俺よりはよっぽどな。
「安心しろ。お前の話は、よく分かる。ひっじょーに、共感できる」
「……え?」
カオンは、ふっと顔を上げた。
「俺も、お前と同類みたいなもんなんだよ」
「同類……?」
「そう、俺は元の世界じゃ引きこもりだった。……おっと、今もか」
頭をかいて、ちょっとお気楽な感じに言ってみる。
「師匠が……引きこもり」
「そうだよ。お前と違って無理矢理連れてこられたんだ、この世界に。俺は変われなかったよ、お前と違ってな」
「……いえ、師匠は凄いですよ! 魔術師になれたじゃないですか!」
「そうです! ご主人様は、素晴らしい魔術師です!」
「サキア!?」
サキアが急に声を上げた。
「カオン様、ご主人様は、不老不死です」
「!? 不老不死!?」
カオンが驚く。そりゃそうだよな。
「ご主人様は、この世界で生きてゆく為に『不老不死』という方法を選択しました。そして、賢者の石を完成させてそれを実現させたのです! その努力は認められるべきです!」
「賢者の石……」
「いや、それはサキアがいたからだな……」
「その私を使い魔にしたのはご主人様です!」
「つっ、使い魔!?」
あ、やべ、これも秘密にしてたことだ。
「ご主人様、自分に自信を持ってください!」
「お、おう……そうだな」
そうなのかも、しれないな。なんだかんだでこの世界で引きこもり生活を送る為に必死に努力してきた、と言えるのかもしれない。
「ご主人様とカオン様は、どちらも素晴らしい方です! 私はそう思います!」
「「サキア……」」
俺とカオンは、声を揃えた。
「……ありがとう、サキア」
「はい、ご主人様!」
サキアはにっこりと笑う。
「よし、カオン」
俺は、改めてカオンに向き直る。
「はい!」
「今から、お前を俺の正式な弟子にする」
「……ありがとうございます!」
カオンは、勢いよく頭を下げた。
「ただ、俺も人に魔法を教えるのは初めてだ。人間的にも問題がある。一人前の魔術師になれる補償は無い」
「大丈夫です! そんなことよりも、師匠は私の気持ちを分かってくれます! それだけで十分です!」
カオンは顔を上げて言う。
「……よし、じゃあ今日は初弟子祝いだ! 今日は『血肉の館』は休みだ! サキア、旨い飯を頼んだ!」
「はい!」
サキアは意気揚々と立ち上がる。
「これからは、俺は本当の『師匠』だ。よろしくな、カオン」
「はい! 一生懸命頑張ります!」
彼女は、満面の笑みを浮かべるのであった。
「……師匠! 私もその賢者の石で不老不死になりたいです!」
「駄目だ。自分で作って、自分の力で不老不死になるんだな」
「そんなぁ! 師匠のケチっ!」
「よく考えてみろ、不老不死になるんだぞ? 歳を取らないんだぞ?」
「それが、どうかしたんですか? 最高じゃないですか」
「もう、成長しないんだぞ? お前はその背格好で永遠に生きていくことになるんだぞ?」
「……あっ」
「賢者の石を作れる頃には、お前も歳相応になってるだろうな。老婆になる前に完成できればいいが」
「分かりました! 師匠を悩殺できるようなナイスバディな大人になるまで、不老不死は我慢です!」
「カオン様っ! 何を言っているのですか! ご主人様に色目を使わないでください!」
「……どういえばサキアってなんでそんなに師匠のこと気にしてるの? やっぱり二人って……」
「ち、違ーう!」
「違いません!」
「違う! よし、今から話そう! 俺とサキアの馴れ初めについてもな!」
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