第15話 弟子のいる日

――魔方陣を使用しない場合の魔法――

 魔方陣の発祥自体は神代にまで遡るが、大月暦100年前後に魔法使用の規格を統一するために魔術師達の間で積極的に使用されるようになった。

 本書はこれに倣い魔方陣の使用を推奨しているが、魔法の使用自体は魔方陣以外の方法も存在する。場合によっては魔方陣を使用しない方が成功率が高い魔法も存在する。

 代表的なものには、物体の配置や形状、動きなどを魔法陣のように利用する具象式、あらかじめストックされた魔法を魔法陣無しで使用するストック式などが存在。

 本書の別冊資料に魔法陣を使用しない場合の魔法について掲載しているが、全てを網羅することは不可能であるため代表的なもののみに留めている。


 『世界魔法大全』のこの項目だが、俺は最近になって気付いたものだ。

 魔法陣を使用しない方法ならば、アニメや漫画で見るような戦闘中にバンバン魔法を打つようなこともできるのだろう。


 俺は部屋で引きこもっているので咄嗟に魔法を使う必要が無く、だから最近まで知らなかったのだ。

 このようにまだまだこの世界には俺の知らないことが多くある。


 例えば、この世界は意外に科学も発達している。


 この前サキアに、スクロールに魔法陣を書き込む作業が面倒ではないかと言うと、


「印刷機があれば楽なのでしょうが、それほど大量に生産するわけでもないですし必要ありません」


 と言われた。

 このように、この世界には印刷の技術は存在しているようだ。というか俺がお世話になってきた魔法書の大半が印刷されたものだ。


 他にも蒸気機関や水道設備が発達している地域もあるらしい。


 が、魔法と比べてコストの高いものも多くそのおかげで俺がいた世界ほど発達はしていないようだ。

 あとは神様や精霊により自然界に無闇に手出しもできないらしく、そのため大規模な開発を必要とする交通手段は存在していない。


 最近までは外の世界のことなんてどうでもよかったが、遠くの村から来たと言うカオンのおかげで気になってきたのだ。


 そんなカオンとの共同生活から4日。今日も彼女はサキアに家事を教え込まれている。


 俺としては、今のところ彼女を弟子にする気はまだない。なんとか説得して村に帰り、平穏に暮らしてほしいものだ。


「はーい! ただいま参ります!」


 と、下からサキアの声が聞こえた。久しぶりに客が来たようだ。


「えー! なんでー!」


 カオンの声が聞こえる。おい、お客様相手に何かやらかしたのか?


 すると、階段を上がる足音が聞こえ、そして部屋のドアが開いた。


「ご主人様、しばらくカオン様の相手をお願いします……」


「私もお客さんの話聞きたいっ」


 あー……やっぱりか。というか14歳にもなって子どもみたいな扱いされてるぞ、お前。


「分かった。おい、弟子になりたいなら俺の言うことはきちんと聞け」


「はーい」


 カオンは素直に部屋に入ってくる。


「では、私はこれで」


 サキアがドアを閉める。


 そして、部屋は俺とカオンの二人きりになった。カオンはどこか不服そうな顔で突っ立っている。


「……まぁ、とりあえず座れ」


 俺はテーブルの向かい側に敷かれたクッションを指す。カオンはそれに従いそこへ座った。


「ねぇ師匠。サキアは今何してるの?」


 カオンが俺に質問してきた。


 というかコイツ、サキアを呼び捨てにしてんのかよ。まぁサキアはメイドだし立場的にはカオンの方が上ってことになるのか?

 俺の中では圧倒的にサキア>カオンなわけだが。


「客からの依頼を受けてるんだよ。多分占いだろうな」


 そこまで宣伝はしてないし占い以外もやっているが、占いの依頼がやはり1番多い。


「すごい! 師匠本物の魔術師みたいですっ!」


「……お前、舐めてんのか?」


 俺の弟子になりたいんじゃないのか?


「……だって師匠、魔法見せてくれないんだもん」


 彼女はほっぺを膨らませて拗ねるようなジェスチャーをする。めんどくせぇなぁ。


「じゃあ見せてやろうか?」


「ほんとっ!?」


 ちょろいぞこいつ。


「どんな魔法が見たい?」


「ビームがどーんって出るやつとか!」


「だからできねぇっつってんだろ」


 そんなことしたら家が壊れるわ!


「むー! どうせ何言ってもそうやってできないできないって言うんでしょ! 何もできないじゃん!」


「お前がお使いしてる魔道具は作ってるぞ」


「でもほとんどサキアがやってるじゃん!」


「魔法を込めるのが一番重要なんだぞ!」


 確かにサキア任せにして手間を極端まで省いているけどさ。


「でもそれ、凄くないし! 私そんな魔法覚える気ないし!」


 あぁー! コイツほんと腹立つな!


 異世界の人間のくせにゆとり世代の中学生みたいな発言するな!


 こうなったら、俺の凄いとこ見せてやんぞ?


「なぁカオン、喉渇かないか?」


「なんですか急に……。まぁ、さっきお掃除して喉渇いたけど」


「じゃあ今用意してやる」


 俺はそばに置いてあったビーカーを手に取る。もちろん洗っていて綺麗なものだ。

 そして、ペンで手のひらに魔法陣を描く。描いたのは水を召喚する魔法。俺がこの世界で初めて使った魔法だ。


「見てろよ?」


 俺は、机の上にビーカを置き、手をかざす。そして、呪文を念じた。


 チョロチョロ……


「わっ!」


 俺の手の平からビーカーに水が流れ落ちる。俺が手を握ると、水は止まった。


「ほら、飲め」


「……これ、汚くないですか?」


「ビーカーは洗ってるし、召喚した水も純水だ。別に手もそれほど汚れてないし」


 魔術師はそういう汚れを魔力媒体にできるからな。つくづく便利なもんだ。


「じゃ、じゃあ……」


 カオンはおそるおそるビーカーに口をつけ、ちびっと水を口にした。


「……!」


 彼女の目が、光った気がした。するとカオンはビーカーの水をぐびぐびと飲み干してしまった。


「美味しい……!」


「な? これが魔法の力だ」


「凄いです師匠! 私こんな美味しい水飲んだことありません!」


「どうだ、ちょっとは見直しただろ?」


「はい! ……でも、地味ですね」


「……お前はよくそんなことが言えるな」


 地味ってなんだよ! この世界で生きる上で特に重要な魔法だということは俺が実証済みだぞ!


「もっと凄い魔法はないんですかっ!?」


「そんなこと言われてもなぁ……」


 悪魔召喚、とかは派手だが一般人のコイツの前でそれはできない。彼女には悪魔よりも神様の元で生きてほしい。


「占いとかアクセサリーの作成ばっかりやってるからなぁ」


 魔術師は魔法をドッカンドッカンぶっ放して戦う者ばかりじゃない。俺のように引きこもって研究に没頭する奴もいるのだ。


「アクセサリーって、お守りですか?」


「そうだな。幸運のお守りとか魔除けのお守りとか」


「じゃあ、それもですか?」


 と、カオンが俺の首にかかっている首飾りを指差す。


「いや、これはサキアに貰ったやつだ」


 あいつから貰った大事なお守りだ。なるべく肌身離さず着けている。


「サキアが? 何で出来ているんですか? その白いのとか綺麗ですね」


「え゛っ!?」


 思わず、変な声が出た。だって、だってそれは……、


「……珍しい動物の、骨らしいぞ? はは……」


「へぇ! そうなんですか!」


 珍しい動物、というかサキアの骨なんだよなぁ……。言える訳ねぇよ、使い魔のメイド(存命)の骨を大切に持ってるなんてな。


「俺が作ったのはサキアが持ってるやつな」


「あぁ! あれが師匠の!」


 俺の渡した首飾りは、サキアも大切に着けている。


「……ん?」


 と、カオンが何か疑問のあるような顔をする。


「なんで、師匠とサキアはお互いの作った首飾り交換して大切に持ってるの?」


「え゛っ……!?」


 また、変な声が出た。


「なんか恋人みたいじゃないですか」


「そ、そんなことはないぞ」


 俺はそんな気は、無い。可愛い使い魔ではあるがな。

 サキアは俺に「親愛」なる感情を抱いているらしいがそれがどのようなものかは未だに不明だ。


「そもそも、お二人が出会ったきっかけって何ですか?」


「お前、怒涛の質問責めだな……」


「だって気になりますもん。師匠は部屋から出ないって言っていますけど、いつから出てないんですか? 出れないならサキアとも会えないんじゃないですか?」


「それはだなぁ……うーむ……」


 そこを突かれるのはマズい。俺が異世界から来た人間で、サキアが元人間だということはあまり知られたくない。

 すると、


「ご主人様、お客様の占いをお願いします」


 と、サキアが部屋に入ってきた。


「丁度いいところに来たサキア!」


「なんでしょうか、カオン様」


「師匠とサキアの馴れ初めが知りたい!」


「まぁ……。そうですね……」


「ストーップ! サキア、こっちにこい!」


 俺はサキアをさえぎり、こっちへ来させる。そして、彼女の耳元でつぶやいた。


「俺達の事を話すのはやめたほうがいい」


「……そうですね、すいません」


 サキアは謝った。俺は、カオンの方を向いて言う。


「今はちょっと、言えないな。複雑な事情がある」


「はーい……。じゃあ、他の事はいい、サキア?」


「なんでしょうか?」


「師匠とサキアの関係が知りたいです! なんかアクセサリー交換なんてしちゃってるし!」


 おい、それもやめろ。


「私とご主人様は、切っても切れぬ、深い関係なのでございます!」


「やめろっ!」


 その発言はいらぬ誤解を生む!


「えっ!? 深い関係って!」


「それはですね……ご主人様の命は、私の命も同然なのです!」


「えええっ!? マジ!?」


「やめろーっ! 違う! 違うから! サキアも事態をややこしくするなっ!」


 確かに、使い魔としては何も間違ってはいないがそれは本当にダメなやつ!


「俺とサキアは、主人とメイド、それ以上でも以下でもない! ……もっと深い事情はあるが、それは今は言えん!」


「……怪しいなぁ」


「ご主人様……申し訳ありません、つい口が……」


 サキアはしゅん、と肩を落とし反省する。


「ですが、私は少なくとも……ただのメイドではありません」


 と、ぼそっとつぶやいた。やめろ、やめてくれ……。


「……というか占いだ占い。サキア、紙をよこせ」


「はい」


 サキアが、客の書いた紙を俺に渡す。


 依頼主は街の商人で、最近眠れなくて困っているそうだ。


「なるほどな、よし占うぞ」


 俺は、蝋燭を用意し、芯に指先を近づけ念を送る。すると、蝋燭に火が灯った。


「わぁ……凄い……」


 カオンは息を漏らす。

 この魔法は魔法陣を使わない方法でのものだ。最近サキアに教えてもらった。


 俺は占い用の手袋をはめ、紙を火に近づける。


「師匠、その手袋何ですか?」


「占い用の、特製手袋だ」


 素材については……言わない方がいいだろう。コイツ、聞いたら卒倒するかもしれん。


 蝋燭の火が燃え移った紙はやがて燃え尽き、俺の頭に占いの結果が出る。


――身の回りで起きた、「死」に目を向けよ――


「……だそうだ。親族の死が気がかりなのか、それとも悪霊の類か……」


 割とありがちな結果である。やはり親族の死は精神的に負担があるようでそれ絡みの相談は多い。


「あ、悪霊……っ!?」


 カオンが自分の肩を抱き震える。


「そうだな、もしかすれば身の回りで死んだ人間が霊となって枕元に現れているのかもしれん」


「ぎゃーっ!」


 カオンが顔を青くして後ろへ飛びのく。


「こ、怖がらせないでください!」


「いや、よくあることだからな。話を聞いてみないことには分からんが……。サキア、客に心当たりがあるようならこの札を渡せ。寝る前に枕元に置いておけ、とな」


 俺の作った魔除けのお札である。


「了解しました」


 サキアはお札を受け取ると、部屋から出て行った。


 カオンは、まだ震えていた。


「……怖いのか?」


「だ、だって……! この街、お化けが出るんですかっ!」


「いや、結構あるみたいだぞ? むしろお前の村では出ないのか?」


「お、お化けなんていませんっ……!」


 いや、いるから。俺も最初は信じてなかったけどこの世界はマジで出るから。現実逃避をするな。


 カオンは頭を抱えている。


「……うらめしや」


 ちょっとからかいたくなった。


「嫌ぁーっ!」


 カオンは叫び声を上げる。


「おい、客に迷惑がかかるからやめろ」


「だって……師匠がいじわるするから……」


「お前、お化けが怖いのか?」


「当たり前ですよっ!」


「……俺を殺したのは……お前かぁ……?」


「ぎゃーっ! ほんっとやめてくださいっ……!」


 涙目になりながら、彼女は俺に抗議するのであった。ごめん、ちょっと楽しいかも。




 そして、その夜。


「……師匠」


「……なんだ。もう遅いぞ。寝ないと明日の仕事が辛いぞ」


 カオンが、俺の部屋にやってきた。


「……一人で寝るの、怖い」


「ガキかよ……」


 お前本当に14歳か? 小柄な見た目と相まって年齢詐称も十分に考えられるぞ。


「サキアに寝かしつけてもらえ」


「……今仕事してて忙しそうだし」


 魔道具の作成でもしているのだろうか。


「寝かしつけるまでの数分くらいなら大丈夫だ」


「でも結局一人になるし。それに、私が寝れないの師匠のせいだもん」


「俺だって忙しくてな……」


「……嘘だ」


「ちっ」


 面倒くさいが……、ちょっとやりすぎたかもしれないな。


「じゃあここで寝たらいい。布団持ってこい」


「……やだ」


「は?」


「寂しい、師匠と寝る」


「おいおい……」


 本当に子どもじゃねぇか。仕方ねぇなぁ。


「ほら、そこに俺の布団があるから入れ」


「……うん」


 カオンは、目をこすりながら俺の布団にもぐりこむ。


「……変な匂いがする」


「失礼だな」


 多分体臭というよりも薬品や魔力媒体の匂いだろうな。


 俺は、カオンの小さな手を握ってやる。


「さ、ゆっくり寝ろ。俺はまだもうちょっと起きてるが、この部屋からは出ない。安心しろ」


「うん……」


 カオンは、拳をぎゅっと握り目を閉じる。


 俺は、布団の上から彼女の体を軽く撫でてやる。昔俺もこうやって母親に寝かされたなぁ。


 だんだんと俺の手のひらの中の拳が、緩まる。カオンの顔を見ると、彼女は安らかな顔で眠りについていた。


「ふぅ……、世話が焼けるな」


「……お母さん」


「……っ!?」


 と、カオンが寝言を漏らした。


 お母……さん? 母親が恋しいのだろうか。よく見ると、月光が彼女の目に光る何かを照らしていた。


 両親の元に戻りたくないって言ってた癖に、しっかりホームシックになってんじゃねぇか。


「……やっぱ、お前は魔術師になるべきじゃねぇよ」


 弟子にしてほしい、というのは断ろう。そのほうがこいつにとっては幸せなのだ。


 俺と違ってお前には帰るべき場所があるんだ。


 そんなことを考えながら、俺はカオンを見つめるのだった。


 ……今日は、クッションを枕に雑魚寝するか。

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