第9話 占いと名前
朝。今日はついに俺の始めての仕事の日だ。
そうすぐに依頼がくるとは思えないが、もしものために今日くらいは真面目に人を待つことにしよう。
「ご主人様、入ってよろしいですか?」
「いいぞ」
いつもの断りと共に朝食の片付けを終えたサキアが入ってきた。
「さて、これから遂に仕事が始まるぞ」
「……そうですね」
「まずはこの町の人間に俺達の存在を知ってもらう必要がある」
「そうですね」
「ということでサキア。お前には昼ごろまでご近所さんを回って挨拶してこい」
「挨拶……ですか?」
「そうだ。俺達は急にこの空き家に引っ越してきたわけだからな。魔術師とそのメイドがこの家に住むことになって占いをしているという旨を伝えればいい」
実はこの家、4日ほど前に俺が所有していることになっていたらしい。悪魔の置いていった説明書に書いてあった。その辺も準備万端というわけだ。
「分かりました!」
「その為に俺の挨拶状も書いておいた。主人は外へ出られないからとでも言って渡しておけ」
昨日の間に書いた10枚ほどの挨拶状の束をサキアに渡す。
このあたりをきちんとしておけばある程度の信頼は得られるだろう。
「あっ、それならば……!」
サキアが何かを思いついたように言う。
「どうした?」
「ご主人様、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいけど」
「では、失礼します!」
サキアは一礼すると部屋を飛び出した。
数分後。
「ただいま戻りました!」
戻ってきたサキアが持っていたのは、小さなカゴだった。
「なんだ、それは」
「実はですね、お客様がこられると言うことで、こんなものを作っていたのです!」
じゃん、と笑顔でサキアが見せてきたのは、
「クッキー……か?」
「はい! これをご主人様のお手紙と共にお渡しすれば、きっと喜ばれると思います!」
なるほどな。挨拶状だけだと堅苦しい魔術師の主人のイメージを持たれて人が来ないかもしれん。
それならば気さくで可愛いメイドの印象も与えておきたい。
「いいぞ、良い思いつきだ」
「ありがとうございますっ!」
サキアは深々と礼をした。
……と、そこで俺はあることに気づいた。
「なぁサキア。このクッキーにも髪の毛入ってんのか?」
「いえ! 私が髪の毛を使うのはご主人様のお料理だけでございます!」
それは、俺の世界ならば嫌がらせか歪んだ愛情だととらえられるぞ。
「ただいま帰りました!」
サキアが挨拶回りから帰ってきた。さて、あとは客を待つだけだ。
俺達はそれまでゆっくりと昼食を取ることにした。
「本当に来るかねぇ」
「どうでしょうか。この家がそうだと分かればよいのですが……」
「え、もしかして家の前に何も置いていないのか?」
「……あっ! すいません!」
仕方ない俺もそこは気づかなかった。
「いやいや。俺も悪かったよ。しかしそう考えると、俺は重要なものを決め忘れていたな」
「なんでしょうか?」
「この店……いや、店じゃないな。家? ……の名前だ」
「……あ、確かにそうですね」
商売をするならば、人目で分かるような看板なんかが必要だ。だがそれを作るにはまず店の名前が必要だ。
「俺は魔法の研究の傍ら占いをやってるていでいきたいから、店というわけではないけど、やはり名前は必要だ。『魔術師ハルミの家』なんていうダサい名前が定着する前に決めたい」
「『なんとかの占い屋』といった感じでしょうかね……」
「いや、いつかは占いに限らず色んな依頼を魔法でこなしていきたいからそうなった時にでも使える名前がいいな」
「そうですね、その方が私もよいと思います」
「なぁサキア。こういう魔術師は自身の店や家を決める際どういう風に決めているのか分かるか?」
「私はあまりそういうことには詳しくないです……すいません」
申し訳無さそうに頭を下げる。
「気にしなくていいぞ。なら、お前が昔住んでいた村の魔術師のでもいい」
「そうですね……私の村は小さかったので『何某の家』と呼ぶことが多かったのですが……、あ! 『八本足の館』という名前の魔術師の家はありましたね」
「八本足?」
「はい。そこに住んでいらした魔術師の方は蜘蛛がお好きでして、大量の蜘蛛を飼っており家中が蜘蛛の巣で真っ白でした」
「へ、へぇ……」
またヤバい奴が一人。サキアが変なのは村自体に問題がある説が浮上したぞ。
「やはり自分の家には好きなものや得意な魔法、己の信念にちなんだものを名前に入れる人が多いんじゃないでしょうか?」
「なるほどねぇ……」
好きなもの……アニメとか? 得意な魔法……は分からん。己の信念……外へ出たくない。
ダメだ。俺本当にダメ人間だ。
「な、なぁ。サキア、お前は何か良い案はあるか?」
「わ、私ですか? 本当によろしいのですか?」
「一応参考にしたいからな」
「そ、そうですねぇ……。『親愛の魔術店』……」
「まだそれを言うか……」
そんなにあの占いが気になっているのか。
ん?
占い?
「そうだ! 占いだ!」
「えっ!? どうしたのですか、ご主人様?」
「占いだよ、占いで決めればいいんだ!」
「なるほど! 流石ご主人様です!」
そうと決まれば実行あるのみだ。
早速俺はペンを取り、紙に必要事項を記入し、最後に「家の名前が決められない」と書いた。そして、髪の毛を糊で貼り付ける。
「よし、やるぞ。火をつけろ」
「はい」
ロウソクに火がともされた。俺は手袋をはめ、紙を燃やす。
そして、その煙を吸い込んだ。
……!
「出た!」
「……ごくり」
――
「……だそうだ」
「素晴らしい名前ですね!」
「……なわけあるかっ!」
なんだこの名前!
「なにが『血肉』だ! こんなの誰も近寄らねぇよ!」
「いえいえ! 私は魔術師の家としては最高の名前だと思いますよ!」
「雰囲気はいかにもだが、俺は金が欲しいんだよっ!」
「でも占いで出たということはこれが最適なのではないでしょうか?」
「うぅ……でも、こんな占いっ……ん? 待てよ? この占いを教えたのは……」
肉塊の悪魔、エークエル。
「アイツの仕業かあああぁぁぁぁっ!?」
「ご主人様っ! 占いの結果は神でもないと変えることができないと言われています! エークエル様は関係無いと私は……!」
「……本当にそう思うか?」
「わ、私は……」
サキアは黙った。流石のコイツも擁護はできないか。
と、その時だった。
「フハハハハッ! 我の話をしていただろう? 我を疑っていただろう?」
「なッ!?」
「きゃっ!?」
どこからともなく、エークエルの声がした。
「ど、どこにいやがる!」
「ここだッ!」
その時、ダンボールの山の一部が崩れ、その中から土色の腕が飛び出してきた。
……が、大きさは俺の腕ほどしかなかった。
「ひぃっ!?」
そばに座っていたサキアが飛びのいた。
「お前、なんでここにいる!」
俺は床を這う腕に言った。
「我は召喚されたときは必ずその場に肉体の一部を残すようにしているのだ。我を召喚した者がその後どうなったかを確認するためにな。そして今、我に濡れ衣を着せる声が聞こえたからここに残しておいた腕の毛を媒体に今顕現したというわけだ」
「そんなこと聞いてねぇぞ」
「言ってないな。言ってないがしないとも言っていないがな」
「こ、コイツ……」
盗聴とは許せん。
「悪魔が善意のみで動くわけなかろう。お互い利用されることを前提とするのが悪魔召喚だ」
今すぐ捻り潰したいが、そうはいかない。
「で、お前は自分が無実だと言いたいようだな」
「そうだ。先ほどお前が占った結果は、正しい。我に介入する余地は無い」
「本当にそうなのか?」
「本当だ。そもそも、お前はこの家の名前を占ったと思っているな?」
「……あぁ」
何かあるのか?
「どうやら、その占いの結果は家の名前だけではなく、家の未来を表しているようだ」
「何だって……?」
この家の未来が、血肉の館……?
「我もこの結果が少し気になっている。だからお前達の前に姿を現してまで説明しているのだ」
「つまり、どういうことだ?」
「この家は、将来血肉に染まるのだ。占いは、それを加味した上で家の名前を『
「俺にどうしろってんだよ……」
急にそんなこと言われてもわけが分からん。
「ただ、そこまで心配することはない。明確な結果が出ないということは、この未来はまだ起こるのは先であろう。また、回避できる可能性もある」
「ようはただ不安にさせるだけの占いじゃねぇか」
「占いとはそんなものだ。当たるも八卦、当たらぬも八卦。心がけて行動すれば……そうだな、そこのメイドが牛を裁くのに失敗し部屋中血肉まみれになる程度で済むかもしれんな」
「わ、私ですかっ!?」
急に自分の話になり、サキアは慌てる。
「我が言いたいのは、占いの結果に我は関与していないということ、そして占いの結果に気をつけて行動しろ、だ」
「全く……引っ掻き回すだけしておいてあとは『せいぜい頑張れ』かよ」
「お前も占いをするのだろう? これが占いだ、心しておけ」
「はいはい、じゃあ帰ってくれ」
「そうだな、我はこれで……おっと、家の名前については間違いなく占いを信用していいぞ」
嫌だけど、この気味悪い名前にするしかないのか……。
「我が与えた術は上手くいっているようで安心だ。この部屋に残した我の肉体も持って帰るとしよう。もう勝手に出ることはないから安心して占いに励むといい」
そう言うと、エークエルの腕は光に包まれ消えた。
「……行っちまったか」
「びっくりしましたね……」
もう出ないと言っていたが、信用はしない。
もしかして占いの結果は、あいつが今後もホイホイ出てきて、それが人に見られるとかそういうオチもありうるぞ。
「と、とりあえず不本意ではあるが家の名前は決まった! サキア、後ででもいいから家の前に飾るものの準備をしておけ」
でかい看板なんかも欲しいが……それは金が貯まってからだ。
「はい! 分かりました!」
「よし、じゃあ客を待つとするか」
俺は肩の力を抜いて息をついた。
「あの、ご主人様……。これを……」
「ん?」
サキアが何か差し出した。
「実はご主人様にも、と思って作っておいたのです」
それは、朝サキアが見せたクッキーだった。
「おぉ……ありがとう!」
ハート型のクッキーばかりなのが気になるが嬉しい。
「じゃあ早速食べてもいいか?」
「はい! どうぞ召し上がってください!」
俺はそれを一つつまみ口に放り込んだ。
サクサクとした食感と極上の甘みが口に広がる。
やっぱりコイツ、いいメイドだよ。
「ウマい……! 今までこんなの食ったことねぇな」
「ありがとうございます! ご主人様のものには私の『親愛』を入れておいたので、味も格段に違うと思います!」
……やっぱりコイツ、ダメメイドだよ。
『親愛』と髪の毛は切り離してくれ……。
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