第8話 フォーチュンアミュレット
翌日。
俺達はちょっと早めに起き朝食を取り、占いのための準備をすることにした。
「まずは……自分を占ってみるとするか」
「はいっ!」
よく占い師は自分を占えないというが、実際のところはどうなのだろうか。
「えぇと、名前と……生年月日……あれ?」
今は何年の何月何日だ? そもそも俺のいた世界と暦が違ったりするのでは?
と、とりあえず今から逆算したものにしよう。
「なぁサキア、今日は何年何月何日だっけ?」
「そうですね……人史76523年5月9日です」
「な、ななまん……」
この世界は暦に種類が多いようでよく分からんな。
とりあえず、サキアに言われた今日の日付から逆算したものを俺の生年月日とし、星座は元の世界のものを書いておいた。
「次は近況かぁ……」
近況っつっても俺がここに来たのは昨日のことで、それ以前となると引きこもって自堕落な生活を送っていただけだ。
「えぇと……この先生活が上手くいくか不安……っと」
これくらいしか書くことがない。
「ご主人様、安心してください! 私がついている限りご主人様の生活を安定したものになります!」
あ、ありがとう。でもそれはそれで俺は不安だぞ。
「そして髪の毛を貼り付ければいいんだな」
髪の毛を一本抜く。
あぁ、また一歩ハゲへ近づくわけか。
俺は糊を持っていなかったので、ダンボールからガムテープを少し剥ぎ取りそれで髪の毛を貼り付けた。
「よし、これで完成だ」
目の前の机にロウソクを立てる。今までパソコンを置いていたものだがもう使えないと思ったので、パソコンはクローゼットの奥にしまっておいた。
サキアがロウソクの芯を指先でつつくと、そこに火が灯った。早く俺も火をつける魔法を覚えないとな。
「ようし……」
俺は意を決して、人皮でできた手袋をはめる。中は布で覆われていたため、気持ち悪さは幾分か和らいだ。
自分で書いた紙をつまみ、ロウソクの火へと近づける。
紙はチリチリと燃え始め、燃え移った徐々に上へと進み始める。
不思議と熱さは感じなかった。手袋に特殊な加工を施してあるのだろう。
やがて火は指先まで届き、紙を焼き尽くしそこで消えた。
俺は、うっすらと見える煙を鼻で軽く吸い込んだ。すると、
「っ……! み、見えた……!」
「上手くいきましたか、ご主人様!」
「あぁ……」
俺の頭に、占いの結果が現れる。
――隠し事を教える者と教えない者を区別して行動せよ――
「隠し事を教える者と教えない者を区別して行動せよ……だそうだ」
当たっているような気はするが、実に曖昧で、そこは占いらしい。
「隠し事……ですか? ご主人様、何か私に言い辛いことがあるのですか?」
「……ま、まぁそうだな。今は言えん。お前が『教える者』として相応しいと俺が思ったら、そのときに教えることにする」
サキアが知っているのは、この世界についてよく知らない俺が突如としてこの部屋に現れ生活に困っているということだけである。
本当のことは信じてもらえるかも分からないし無闇に言っていいことでもない。使い魔のサキアになら言っていいかもしれないが、俺はまだ1日程度しか生活を共にしていない者に心のうちを話す気にはなれなかった。
「はい! いつかご主人様に認めていただけるよう、私頑張ります!」
こうして見るとサキアは真面目で良い子だとは思う。生贄なんかにならなければ普通に嫁に行って幸せな家庭を築けたんじゃないだろうか。
「さて、次はサキア。お前を占う」
「えっ!? 私ですか?」
サキアは驚いたように言う。
「そうだ。俺だけでは占いが成功したか分からんからな。ほら、書け」
俺はサキアに紙とペンを渡す。
「はい、分かりました」
彼女は座り、机の上で紙に必要なことを書き始める。
『ご主人様の使い魔として、お互いの全てを共有したい』
怖い! やっぱりコイツ素質がある!
「さ、サキア……」
「きゃっ!? ご、ご主人様!? 見ないでください!」
「おめーも俺の見ただろっ」
「あっ……すっ、すいません! でもこれは見なかったことに……」
サキアが紙を隠そうとする。
「それを渡せ!」
俺は強く命令した。
「い、嫌ですっ! 恥ずかしいですっ……あっダメっ……!」
サキアは命令に逆らえないのか、嫌がりつつ俺に紙を差し出す。
「きちんと書けているな。よし、髪をよこせ」
「う、うぅ……」
サキアは髪を一本抜き取り俺に渡す。
俺はその万能調味料を髪に貼り付けた。
「よし、じゃあ占うぞ」
「やめてください……許してください……」
めそめそと許しを請うサキア。まったくオーバーリアクションな奴だ。
俺は無視してロウソクの火で紙を燃やした。
「だめです……だめですぅ……」
結果が出たようだ。
――忠誠と親愛は分けて行動せよ。菜の花に幸運の予兆あり――
「……だとさ」
これでサキアの言動がマシになってくれればいいが……。あと親愛とは何だ。
「……はい、分かりました! 私、ご主人様の理想のメイドになるために、この占いを心に留めて努力いたします!」
うーん、これ改善されるのか?
「さて、占いはまぁ問題ないだろう。後は商売道具を揃えないとな」
「そうですね。紙とペンとインクと……あとはロウソクと糊ですね」
「だな。あとは依頼者の話を聞く部屋だが……。サキア、それはお前に頼んでいいか? 俺はこの部屋ですることもあるし」
サキアが依頼者から話を聞き紙に必要事項を記入してもらい、俺がそこから占うという形をとろうと思っている。
俺は部屋からあまり出たくない。面倒くさいのもあるが、人に顔を見られてあとで面倒ごとに巻き込まれるのも避けたいのだ。
ついでにこの形式ならば、俺が手が離せないときは紙だけ書いてもらい、後日来てもらってあらかじめ占っておいた内容を伝えるということも可能だ。
「はい、分かりました!」
「あ、そういえば他にも必要なものがあるんだっけか。そうそう、お守りだ」
実は、エークエルは俺の部屋に彼の占いについて詳細に書かれた紙を置いていったのだ。
そこには、エークエルの魔力のこもったお守りの作り方が書かれていた。
つまり、依頼者が望むならこのお守りを売ることができるという寸法だ。
その内容はこうだった。
――肉体のアミュレット――
エークエルの魔力の恩恵を受けたアクセサリー。
所持者は自身の肉体の異変にいち早く気づくことができる。このアクセサリーを持ち強く願えば魔力と引き換えに自身の肉体を癒すことができる。
また、死後魂の行くあてがない場合、一時的にエークエルの館に滞在することができる。
・作り方
動物の皮を丸く切り、表に下に書かれた紋章を彫る。牛の毛で編んだ紐を両端につなげ首飾りの形にする。
エークエルの魔方陣を書きその上に完成した首飾りを置き、下の呪文を念じると完成する。
紋章の裏側に名前を彫るとアクセサリーはその名前の者を所有者として認める。
「牛の皮に牛の毛で編んだ紐……か。これ、手に入るのか?」
「おそらく町の雑貨屋に行けば置いていると思いますよ?」
結構なんでも売ってるんだな、この世界は。
「じゃあ、お前は買い物に行ってこい。そら、金だ」
俺は金貨の入った袋を渡した。実は全財産である。
結構な出費になりそうだが、これも初期投資だ。仕方ない。
「はい! 分かりました! それでは行ってきます!」
サキアは一礼すると、部屋から出て行った。
さて、俺は魔法のべんきょ……、
「……寝るか」
異世界に来ても、性根は変わらないのであった。
「ただいま帰りましたっ!」
玄関のほうから聞こえた、サキアの声で俺は起きた。
どうやら買い物を済ませて帰ってきたようだ。階段を駆け上がる音がする。
「入ってよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいぞ」
扉が開き、サキアが現れる。沢山の荷物が入っているだろうと思われる麻袋と、金貨の入った袋を持ち、そして、
「なんだ、それは」
「菜の花です! 町外れの花畑に生えていたので持ってきました!」
菜の花だった。そういえば占いでサキアのラッキーアイテムになっていたな。
てかそんなもの持ってきて大丈夫なのか? 人の敷地のものじゃないよな?
「掃除をしていたら綺麗な花瓶があったので、それに入れておきますね」
「あ、あぁ……」
しかも摘んできたわけではない。根っこがある。こいつ引っこ抜いてきたな。
さらに、根っこの土は綺麗に取り払われていた。
「じゃあ、お守りの材料はここに置いていけ。お前は客間の準備と昼飯を頼む」
「了解いたしました!」
サキアは袋からさらに小さな袋を二つ取り出し床に置き、部屋から出て行った。
俺はその袋を開けると、頼んだ皮と紐が入っていた。
早速俺はお守り作りに取り掛かるのであった。
「ご主人様、お昼ができました。入ってよろしいですか?」
作業に夢中になっていたところに、サキアの声が聞こえた。
「いいぞ」
「はい!」
サキアが昼飯を持ってきた。
「ご主人様、どうですか? できましたか?」
サキアはテーブルに昼飯を置きながら床に座る。
「あぁ、今は4つほどできたが、これは中々難しいな。最後の魔方陣で魔法をかける工程以外は今後お前に任せたいが、大丈夫か?」
「はい! 喜んでさせていただきます!」
良かった。また一つ俺の仕事が減った。
「あ、そうだサキア。いま出来てあるのはほとんど魔法を使っていないものなんだが、一つだけ完成しているものがあるんだ」
「……? それが、どうしたのですかご主人様」
サキアは首をかしげる。
「これ、お前にやろうと思うんだ」
俺は、完成したお守りを差し出した。
「……えっ!? ええぇっ!?」
サキアは驚く。
「ほら、お前の名前もきちんと彫っておいたぞ」
お守りの裏側を見せる。そこには、「サキア・アーストランド」と彼女の名前が彫ってあった。
「いえっ! そ、そんな、恐れ多いです! この私なんかに勿体無いっ!」
彼女はばたばたと手を振る。
「駄目だ。折角作ったんだから貰ってくれないと俺が困る。さぁ」
「……は、はいっ! ありがとうございますっ……!」
サキアは震える手でお守りを持った。
「これが、ご主人様の……、ありがとうございます……」
「使い魔のお前にはあまり意味のないお守りかもしれんが、大事にしてくれ」
「はい! 分かりました!」
「喜んでくれて俺も嬉しいよ」
これからお世話になるんだ。変な奴だが、少しずつ距離を縮めることにしよう。
「あ、あの……実は、申し上げにくいのですが、私もなのですが……」
サキアがぼそりと言った。
「ん? 何だ?」
「実は、私も先ほどご主人様のためにお守りを作ったのです」
と、彼女はおずおずと手を差し出した。なんと。考えることは一緒なんだな。
彼女の手の中には、乳白色の美しい首飾りがあった。
「使い魔の私が作ったものなので、効果は期待できないかもしれませんが、私からの『親愛』の気持ちということで、受け取っていただけるとありがたいです……」
「……そうか。ありがとう。嬉しいよ」
いいじゃないか。こういうのは嫌いじゃないぞ。
俺は彼女の、ひんやりとした手のひらから首飾りを受け取る。
「ありがとうございますっ……!!」
うるうると目に涙を貯めながら喜ぶサキア。本当に大げさなやつだ。
いやしかし、異世界で魔法生活も悪くないじゃないか。かわいいメイドと共に支えあい生きていく、今までアニメやゲームの中で見ていたことが、今現実になっているんだ。
「ははは、泣くなよ、全く」
と、俺は首飾りを撫でる。
ふと、その紐を見て気になった。
「……なぁ、サキア」
「……はっ!? な、なんでしょうか!?」
気になった、というよりも悪い予感がしたのだ。
「この紐、黒いんだがこれってもしかして」
「はい! 私の髪です!」
やっぱりか! 主人に自分の髪でできたアクセサリーをつけさせる気なのか!
くそぅ、なんなんだ、こいつは本当に……。
「あ、その白いのは私の骨です」
「ブッ!?」
!??!!??!??!?!?!?
「ほ、ほほほほ、骨っ!?」
「はい! 私の骨盤の一部です! あ、心配する必要はありません! すぐに再生しますので!」
そういう問題じゃねぇよっ!
どこの世界に自分の体100%のアクセサリーを主人に持たせるメイドがいる?
もしかしてコイツ、魔界にくる前からヤバい奴だったんじゃないか? それなら生贄にされても仕方ないしな!
「私の『親愛』、大切に、肌身離さずお持ちくださいね!」
お前の「親愛」は、俺の思ってるのと違う!
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