第11話 異世界で引きこもりが生きるには

 あれから数週間。


 俺は占いの他にも、魔法アイテムを作成するようになった。

 これを町で出荷することで結構なお金になることを知ったのだ。

 今のところは占いよりもこっちがメインの収入になっている。


「24まーい、25まーい、26まーい……」


 俺は、スクロールを作る作業をしていた。

 魔方陣の記入はサキアに任せているが、魔法でスクロールにするのは俺がやらなければならない。

 面倒な作業ではあるが、これを続けたおかげでお金は順調に貯まっている。

 俺もサキアも食費以外に金を使わないので貯まる一方なのだ。


「ご主人様、そろそろ休憩してはどうですか?」


 ドアを開けてサキアが入ってきた。紅茶とお菓子を持っている。


「……そうだな。もう3時か」


 ちょっと働きすぎたかな。




「しかし本当に魔法アイテムは売れるな」


 俺はクッキーを頬張りながら言った。


「今までこの町から城下町へ届けられる魔法アイテムは、遠い地方から輸送されてきたものが多かったのですが、うちの魔法アイテムはこの町で生産する分安くなっているので」


「なるほどな」


 この世界にもそうやって稼ぐ業者はいるわけだ。


「でも、大丈夫ですかご主人様」


 サキアが、心配そうな目で俺を見る。


「ん、なんだ?」


「ご主人様、働きすぎではないですか?」


「働きすぎ? でも働かなければ食っていけないしなぁ」


「でも十分にお金は貯まっています。もうちょっと生産量を落としても生活には困りません」


「いや、もしものことがあると困るから……」


 そうだ、もしもに備え今のうちに働いておかなければ……。


「ご、ご主人様っ! しっかりしてください!」


「えっ!?」


 サキアが急に、声を荒げた。


「最近ご主人様はおかしいです! 働かなきゃ、働かなきゃって……!」


「それの、何が悪いんだ……?」


 そうだ、別に悪いことではないだろう。


「悪い……とかではないんです! 今のご主人様は、ご主人様らしくありませんっ!」


「俺らしくない?」


「そうです! 私がここへ来た頃のご主人様は、こんなに勤労意欲に満ち溢れた人ではありませんでした!」


「おい、ちょっとそれは酷くないか」


「私にとってはむしろそちらの方がよかったです! 今のご主人様は、働いてお金を稼ぐことばかりに躍起になって、全然楽しそうじゃありません!」


「なっ……!?」


 楽しそうじゃ、ない? そんな風に見えてたのか?


「ご主人様にはもっと自分のしたいことをやってほしいんです!」


 だんだん、サキアの口調は強くなっていく。


「何を言う、俺は好きでこの仕事をしているんだ」


 俺も、ちょっと嫌な気になる。


「本当ですか!? ご主人様は、この仕事をするために、この……、私に事情は分かりませんが……この部屋に来たんですかっ!?」


「この部屋……?」


「そうですよっ! 私が最初に会ったご主人様は、『なるべく楽して働きたい』と言うような人でした。少なくとも進んで働くような人ではありません!」


「でもな、人は変わるもんだしよ……」


「じゃあこの部屋から出たらいいじゃないですか!」


「!」


 その言葉が、何故か俺の心に強く響いた。


「なんで部屋から出ないんですか……? 出たら、もっとお金を稼げますよ?」


 サキアの声は、震えていた。


「べ、別に外に出て働く必要ねぇし……」


「そういうことじゃありませんっ! ご主人様?ご主人様がお金を稼ぐのは、何のためですか?」


「そりゃ、生きていくためだな」


「じゃあ、生きて何をするんですか?」


「何をするって言われてもな……」


 それはちょっと哲学的な話になるんじゃなかろうか。


「そもそも、何故ここに、この部屋にいるんですか……?」


「それは……」


 変なことに巻き込まれて、無理矢理連れてこられたのだ。


「ご主人様は、外に出たくないのでしょう? なんで出たくないのですか?」


 そりゃ、下手に人に見つかりたくないからだ。


「外に出てやりたいことが、無いからなのではないですか……?」


 次に俺の心を打ったのは、その言葉だった。


「……」


「この部屋の中で、やりたいことがあるのでしょう? でも、そのためにはどうしてもお金が必要で、そのために仕方なく働いているんでしょう?」


「……」


「それなら、もう少し休んでいください。もう少し、心に余裕を持って欲しいのです」


 違うんだ、そうじゃないんだよ、サキア。


 俺は確かに外の世界に自分の欲するものはないと考えている。


 だけど、この部屋に閉じこもるのは目的があるわけじゃない。


 何も、ないんだ。


 俺は、何もしたいことがないからここに引きこもりになった。


「ご主人様……?」


 サキアが、俺に声をかける。


「……サキア」


 よし、こうなったら、言ってしまおう。


「……はい?」


「俺は、何もしたくないから閉じこもっている」


 ……言っちゃったよ。最低のクズだな、俺は。


「あるじゃないですか、したいこと」


「……え?」


「外に出ず、何もしたくない。これがご主人様の望みなんでしょう?」


「でも、そんなの生きている価値ないじゃないか」


 事実ここへくる前は俺はそういう人間だったしな。


「ありますよ、生きている価値は」


「……どこにだよ。俺が死んでも、誰も困らないよ」


「困ります! 私が!」


「……サキアが?」


「はい! 使い魔にとってご主人様は自分の全てを投げ打ってでも支えなければならない存在です! 私は、ご主人様の幸せが第一なのです!」


「お前、結局俺にどうなってほしいんだよ」


「ご主人様には、この部屋から絶対に出てほしくありません。この部屋の中で、のんびりと過ごしていただければ結構です。身の回りの世話はもちろん、本当ならばお金も私が稼ぎたいくらいです」


 ようは、俺にヒモになってほしいと?


「私、ご主人様ことがなんとなく分かる気がします。ご主人様の一番の望みは、この部屋で特に大したこともせず、自堕落に日々を過ごしたいということだと思います」


「……お前、ご主人様に向かってよくそんなこと言えるな」


 当たってはいるけどさ。


「申し訳ありません。でも、きっとご主人様は望んでいるはずです」


「まぁ……そうだが」


「なら、全てを私に任せてしまってもいいのです。何も気を負う必要はありません。私は使い魔なのですから。私は、ご主人様のために働くことが幸せなのです」


「お前、とんでもないダメ女に見えるな」


「何とでも言ってください。私にご主人様を幸せにさせてください」


 それは、立場的に俺がお前の両親に言うべき台詞だぞ。


「ご主人様は、一切外に出たり働いたりする必要はないのです。全てを私に委ねてください。ご主人様がいつか亡くなるまででも構いません。全てを、私に」


「ちょ、ちょっと待て!」


 怖い怖い怖い! 『あなたは何もしなくていいから、全てを私に任せて、部屋から出ずに一生過ごしていればいい』って完全にヤバい女の台詞だぞ!

 そういえばコイツ「素質」のある奴だったー!


「何か嫌なことでもありますか? ご主人様の望む世界を、私が守りたいのです」


「ちょーっと待った! 本当に待った! お前の言い分は分かった! しかも、大分的を射た内容だ!」


 俺は、慌てて制止した。


 このままいくともっとヤバい発言をするかもしれん。


「……分かって、もらえたのですか?」


「……あぁ。確かに、俺はこの部屋からは出たくない。本当ならここでぐうたら過ごしたい」


「ならば私に……」


「でもな、人に養って貰うのは、『良心』が傷つくんだよ」


 元の世界の俺も、筋金入りの引きこもりではあったがこれは最後まで克服できなかった。


「良心……」


「そう。自分の中で、それなりに親しいと思う人間に頼り続けるのは俺の中で申し訳なさが降り積もる。これが中々に苦しくてな、そんな思いはしたくないんだよ」


「それならば、私をゴミクズ以下の使い魔だと思って……」


「無理だよ。もうお前とは、短い間とはいえ深い関係になってしまった。人間そう簡単に割り切れないよ」


「では私はどうすれば……」


「だから、お前も働きすぎる必要はないんだ。俺に、少しでも俺とお前の生活に貢献しているという思いをさせてくれればいい」


「ご主人様……」


「お前の言ってることは正しかったよ。ちょっと俺は働きすぎていた。今の貯金を崩しつつ、適当に魔法アイテム作って気まぐれに金を稼いでいればいいんだ」


 その先のことは、後で考えればいい。


「俺は一人では生きていけない。だから、一緒に生きてほしいんだ」


「ご、ご……」


 サキアの目には、涙が貯まっている。


「ご主人様っ!」


 そして、俺に抱きついてきた。俺は、運動不足の腕で受け止めてやる。


「ありがとう……ございます……!」


「俺もだよ、ありがとう」


 これからは、お互いをもっと知っていかなくちゃな。


 ……そういえば。


――隠し事を教える者と教えない者を区別して行動せよ――


 そうだったな。もうサキアは「教える者」だ。言おう。


「なぁ、サキア」


 俺は、サキアを抱きとめたまま言う。


「……なんでしょうか、ご主人様」


「言うよ、俺のこと。なんでここに、俺がいるのかをな」

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