引きこもり魔術師のマジック在宅ライフ

第12話 賢者の石

「……ご主人様は、別の世界から来ていたのですか……。驚きです」

　俺は、サキアに全てを話した。俺が元の世界でどういう人間で、なぜここへ来たのかを。

「俺も驚きだよ。まさかこんな世界があるなんてな」

「実は異世界から来た人間、というのはまれに現れるのです。ですがほとんどの人はすぐに亡くなったり事情を隠しているのらしいです。私もご主人様以外では会ったことがありません」

「そうか、結構あることなんだな」

「はい。歴史に名を残すような勇者の中には異世界からやってきた者もいます。やはり異世界の人間は特別な力を持っているということでしょうか」

「うーん、そうかなぁ……」

　俺はどうなんだろうか。この魔法適正とやらはあの悪魔に貰ったものということでいいのかな。

「あ、話がそれてしまいました。すいません。そして、ご主人様はこれからどうするのですか？」

「それなんだよなぁ……。正直元の世界へ帰りたいとは思えん」

　あの世界は、俺にとって苦痛すぎた。仮に悪魔からの報酬で苦労の無い生活を送れたとしても、帰りたいとは思えなかった。

　ここでの引きこもり生活が、ちょっと心惜しくなってきたかもしれない。

「ですが、ここで一生を終えると魂を奪われる……」

　それはちょっと嫌だな……。

「というか魂奪われるとどうなるんだ？」

「ご主人様の世界ではどうなるか分かりませんが、こちらの世界では死後の世界の概念がありますね」

　そういえばそういう記述はよく見た。

「神を信仰するものは、その神に救われ天界へ上げられます。そうでないものは、こちらの世界へとどまりながら行き場を探すのです」

「行き場？」

「はい。多くは、新たな命として転生することになります。ですが、転生できず彷徨う魂もいます。これらが幽霊や妖精へと変化するのです。そして、それらにもならない魂はやがて薄くなり、エーテルとしてこの世界を漂うことになります」

「なるほど、魂としてふらつくとその後の保障は無いから神を信仰する奴は多いんだな」

「そうですね。そして、最後に悪魔です。悪魔と契約したものは、死後は悪魔の所有物となります。下僕となったり食料となったり、基本良いことはありませんね」

　うへぇ、怖いなぁ。

「じゃあ、もしかすると俺も死んだらそうなるってわけか」

「ご主人様の世界の悪魔がどうなのかは分かりませんが、少なくとも良いことはないでしょうね」

　負けたときのペナルティになっているわけだしな。

「このまま生きながらえて死ぬと魂を奪われる、かといって帰る気にはなれない……。一体どうすれば……」

　と、俺が悩んでいると、サキアがぽんと手を叩いた。

「いえ、ありますよ。よい方法が！」

「え！？ 本当か！？」

「はい、簡単なことです！ 死ななければよいのです！」

「……は？」

　それ、無理だろ。

「あのな、サキア、人というものはいつか死ぬものであってだな」

「ご主人様、この世界には『不死』という概念があります」

「……ふ、不死？」

「そうです。決して死なない、不死です。神はもちろん、妖精や悪魔といった超常的存在は死の概念を持っていません。私も、生贄となり魔界で悪魔の眷属になってからは不老不死の存在となりました」

「ふむふむ」

　こいつ、年を取らないのは分かってたけど死ぬこともないのか。

「ではそうでないものは皆寿命がありいつか死ぬ……というわけではないのです。私のように、後天的に不死を手にする者もいます」

「なるほど」

「神の一員となったり、悪魔になったりなど、超常的存在への変化の他にももっと手近な方法で不死になることもできます。その中でも、ご主人様にならばそれが可能なものがあるのです」

「それはなんだ？ 言ってみろ」

「賢者の石、の作成です」

「賢者の石……」

　いつか錬金術の本でも読んだし、そもそも俺のいた世界でもファンタジー作品ではお馴染みのアイテムだ。

「賢者の石はあらゆる元素を操る、錬金術における最高の魔力媒体とされています。そして、この性質を利用して作られる薬品、エリクサーは生き物に不老不死を与えるとされているのです」

「エリクサー……不老不死……」

「この賢者の石およびエリクサーの作成の難度は非常に高く、歴史的にも成功した人間は少ないです。しかし、ご主人様ほどの魔法適正をお持ちの方ならば可能性は十分にあると思います！」

「本当かよ……。俺、そんなに凄い人間じゃないぞ」

　てか、こんな抜け穴をあの悪魔は放っておいたのか？

「ご主人様なら大丈夫です！ 実はご主人様は、それなりの悪魔に匹敵する魔力適正をお持ちのようなのです」

　マジかよ……。

「ま、まぁでもそれが一番の方法ならばやるしかねぇな」

「もし成功すれば、不老不死になれるんです。つまり、今の課題だった食事の問題が解決されてこの部屋に引きこもるのには最適の状況が整います！」

「なるほど、それは最高だ！」

「それに……それにですね、私も、不老不死なわけで……」

　サキアが、ちょっともじもじする。

「つまり、お前ともずっと暮らしていけるってわけだな」

「っ！ そ、そうです！ 私も、ずっとご主人様の使い魔として生きていけるのです！」

「そうなりゃ、やるしかねぇな！」

　実はここまで、帰ることも選択肢にはあったが今それは消えた！ ここには、俺に精一杯尽くしてくれる女の子がいるじゃないか！

「はいっ！」

「……というわけで錬金術の本を引っ張り出してきたわけだが」

・賢者の石

　あらゆる元素を自由に操ることが出来る人工魔力媒体。これを利用することで鉛を金に変えることができる、というのは有名は話である。

　多くの錬金術師にとっての研究の最終目的となる。しかし、作成難度が非常に高く、歴史的に見てもこれに成功した者は少ない。

　元素を自由に操るという性質を利用することで、生き物を不老不死にする薬「エリクサー」を作ることができる。

　なお賢者の石の作成は禁術に関わるされているため、本書には記載しない。

　作り方書いてねぇじゃねぇか！

「レシピだけでもいいから書いてくれよ！」

「いえご主人様、まだ方法はあります。一般に出回る書物に期待するだけ無駄です」

「方法って何だ？ 不老不死になる方法か？」

「賢者の石の作り方を知る方法です」

　うーむ、なんだろうか。あ、そうだ。

「占いだ！」

　学んでいておいてよかった占い！

「いえ、違います。それよりももっと簡単な方法です」

　がくっ！

「な、なんだ？」

「悪魔に聞くのです」

「悪魔……なるほどね」

　そういや悪魔には色んな学問に精通しているやつがいるな。

「悪魔の中でも、錬金術に詳しくて気性の大人しい方を知っています」

「なんだと、早速紹介しろ！」

・レゲリウス

　序列340位の悪魔。

　犬の足が生えたフクロウの姿をしており、帽子を被っている。

　悪魔の中でも大人しい部類の悪魔であり、東の森の中の洞窟で錬金術の研究をしているという。

　錬金術に精通しており、召喚者に錬金術の技術を教える。使い魔を望んだ場合は美しい女性の魔族を与える。

　魔方陣の中央に水晶を置き、呪文を念じると召喚できる。

「なるほど……」

「召喚に水晶が必要ですが、雑貨屋に置いてあると思うので後で買ってまいります」

「こいつ、美女を使い魔にくれるのか……」

「な、なんてところを気にしてるんですかご主人様っ！ 今は賢者の石の作り方を知ることが第一です！ 使い魔なんてあとでもいいです、というかこの私が許しません！」

「あー、はいはい、分かった分かった」

　流石に今する気はないし、今後もやらない。新しい女の使い魔なんぞ貰ったらその日の晩御飯に謎の肉料理が並びそうだしな。

　……ということで、サキアが水晶を買ってきて準備は整った。

　俺は、ここへ来てから3回目の悪魔召喚を行った。もうすっかり慣れてしまった。

　魔方陣が光り、そこから記述通り帽子を被り犬の足を生やしたフクロウが現れた。

「私は悪魔の錬金術師レゲリウス……。お前の望みは……美女か？」

「ち、違いますっ！」

　サキアが身を乗り出してきたので、腕で静止した。

「あっ、すいません。美女ではないのです」

「ほう……ということは錬金術だな？ 錬金術を教えて欲しいのだな！？」

　雰囲気に似合わずちょっと興奮気味なレゲリウス。登場してすぐ望みの内容を美女だと決め付けてきたあたり、美女狙いでこいつを召喚するやつが後を立たないんだろうな……。難儀だな。

「はい。実は、賢者の石の作り方を教えて欲しいのです」

「賢者の石！ それは素晴らしい！」

　レゲリウスは声を荒げる。

「錬金術師というもの、目指すべきは賢者の石だ。安心しろ、このレゲリウス、かのシルギアス・メギリダレアスに賢者の石への道筋を示した悪魔である！」

　胸を張って高らかに言う。

　あぁ、長年錬金術目的の召喚が無くて悔しい思いをしていたんだろうな……。「召喚者を増やしたい……そんな目先の欲に眩み使い魔を美女にしてしまった……！」とか思ってんだろうな。

「……シルギ……なんだ？」

　俺はレゲリウスの挙げた人物が分からず、ぼそっと呟いた。

「……最初に賢者の石の作成に成功したと言われる人物です」

「近年は錬金術の研究も遥かに進み、賢者の石も随分と作りやすくなった。人間はこれを禁術としているようだが、それは納得いかん！ 召喚者よ、この術をどんどんと広めるが良い！」

「あ、ありがとうございます……」

　そんなつもりはないけどな。ごめんよ。

「で、何故賢者の石を？ おぬしは錬金術師ではなさそうだが。金か？」

「いえ、エリクサーを……」

「エリクサー！？」

　彼はまたでかい声を上げる。

「エリクサーだと！ 素晴らしい！ 賢者の石を欲しがる奴は決まって金、金、金……！ どいつもこいつも目先の欲に眩みすぎなのだ！」

　あぁ……、さっきお前が目先の欲に眩んでるとか妄想してごめんよ。

「賢者の石とは本来は錬金術の素材や魔法の魔力媒体を石ころ一つで補えるようになるという画期的発明だったはずなのだ……。それが今となってはこんなことに……ちょっと錬金術を勉強すれば賢者の石で金を作るくらいならば真面目に働いた方がマシだということに気付かんか！」

　なぜか一人で怒り出すレゲリウス。あー、この人、最近の若者はとか言っちゃう人だ。

「エリクサーは、賢者の石の特徴を最大限に活かした薬だ。そもそも錬金術の発端は薬学であって、エリクサーの作成は錬金術の根底にあるものを錬金術最高の発明で導き出す、錬金術中で至高の好意なのだ！」

　楽しそうに話すなぁ……。しかし話長いなぁ……。

「よし、気に入ったぞ。お前には最高の錬金術の知識と、賢者の石とエリクサーの作成方法を教えよう。私達錬金術師の夢を、世界へ広めてくれ」

　すると、レゲリウスから放たれた緑の光が俺の胸へ吸い込まれるように入っていった。今、錬金術の知識を手に入れたのだろう。

　そして、目の前に二枚の紙束が落ちた。

「頼んだぞ！ 若き魔術師よ！」

　レゲリウスは、魔方陣の中へ帰っていった。

　……なぜか錬金術師達の夢を託されてしまった。

「……ご主人様、どうですか。賢者の石」

「おっと、そうだな」

　俺は、落ちた紙束の一方を見る。

「……なるほど、これは結構骨が折れそうだ。特に備品と素材の調達が」

　何やらよく分からない名前の鉱石が沢山ならんでいる。

「それならば、私が収集してきます！ 場合によっては遠出をしないといけないですが……」

「いいよいいよ。俺も錬金術の勉強しないとならんしな。お金も貯めないといけない。これからは忙しくなるぞ！」

「はい！ でも、働きすぎはダメですよ？」

「そうだな。でも、今俺はやりたいことがある。だから、ちょっとくらいの無理は許してくれ。お前は、そんなときに俺を支えてくれればいい」

　俺は、サキアに向かって言った。

　今の俺、ちょっとカッコいいかもな。少なくとも引きこもりしていたときよりは。

「はいっ！」

　そして彼女は、満面の笑みを浮かべた。

　……あれから1年の月日が経った。

　俺は部屋にこもり、研究を続けている。

　早く賢者の石を完成させなければならない。人間、いつ死ぬか分からないからな。

　……一人は寂しいなぁ、やっぱり。

　こんな時にサキアがいたらなぁ。

　……やめよう、何度同じことをにとらわれているんだ俺は。

　……ん？

　音？ 1階で、何かの音がした。

　客……なわけないか。看板は出してない。

　と、次は階段を上ってきた。それも、結構な速さで。

　誰だ？ 俺は、息を殺し、扉の前に立つ。

　その足音は、扉の前で止まる。

　そして、扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは――、

「ご主人様ーっ！！」

　サキアだった。

「サキア！」

　俺は、飛び込んできた彼女をそのまま抱きしめてやった。

「ただいま、帰りましたっ！」

「よくやったぞ！ 成果は？」

　サキアは、扉の前に置かれた袋を指差す。

「はい！ きちんと全て調達してきました！」

　そう、彼女はこの3ヶ月間家を離れ足りない賢者の石の素材を集めていたのだ。

「ずっとご主人様のことが心配で心配で……！ 大丈夫ですか？ 食料は足りましたか？ 泥棒が入ったりはしませんでしたか？」

「俺もずっと会いたかったよ。大丈夫、なんとかやっていけたよ」

「あっ！ 部屋がこんなに散らかって……！」

「ごめんごめん、外に出ないからゴミが貯まるばっかりで」

「もう……これだからご主人様は私がいないとダメなんです」

「全くだな」

　このあと数時間に渡りお互いの状況を話しつつ、俺達は久しぶりの再会に涙したのであった。

　ま、話した内容のほとんどがサキアの旅路での出来事だったけどな。俺は引きこもっていたから何も言うことないし。

　……ということで、サキアの持ち帰った魔力媒体で賢者の石を作る用意は整った。

　俺は、魔方陣の上にレゲリウスからもらったレシピ通りに魔力媒体を置く。

「……これで、あとは呪文を念じれば完成だ」

「いよいよですね」

「あぁ……」

　俺は、深呼吸をすると、魔方陣に向かって強く念じる。

　この1年の間に大分魔法への知識も増え、コツもつかんできた。これなら、やれる。

　魔方陣が怪しく光り、魔力媒体が動き出した。

　それらはだんだんと光り始め、中央に置いた石へ吸い込まれるように動く。

　全ての魔力媒体が一点に集まった。

　すると、一段と強い光りが部屋に満ちた。

　しばらくすると光りは止んだ。

　そして、後に残された魔方陣にあったのは、七色の不思議な光りを持った鉱石のような石――賢者の石――だ。

「……成功、した」

「えっ……！」

「成功したぞ！ 賢者の石だ！」

「おめでとうございますっ！」

　サキアが抱きついてくる。

「まてまて、本当に賢者の石か確かめないとな」

　俺は彼女の方を抱きながら、そばにあった石ころを賢者の近くに置く。

「今からこの石に念を送り、金になれば成功だ」

　俺は、石に向かって魔法を使用した。

　すると、石にヒビが入った。

「これは……」

　サキアが息を飲む。

　ヒビはどんどん大きくなる。隙間からは、金色のものが見えた。

　そして、まるで卵の殻ように薄い石の外側の部分がパリパリと崩れ落ち、中から金色に輝く物体が現れた。

　俺は、それを持ち上げる。重い。

「金だ！ 賢者の石の力で、石が金になった！」

「ご主人様！ おめでとうございますっ！」

　俺にしがみついていたサキアが、さらにぎゅっと抱きしめてくる。

「あぁ、本当によかった。だけど、これで目的達成じゃない」

「次は、エリクサーですね」

　そこからさらに数日後。

　俺達の前には、ビーカーに入った緑の液体があった。

「これが、エリクサー……。成功ならば俺は不老不死になるはずだ」

「これで本当に最後ですね」

「そうだな」

　俺は、ビーカーを手にする。

「いくぞ」

「はいっ！

　そして、ビーカーに入ったその液体をぐいっと飲み干した。

　うまいかと聞かれると、おいしくはない。味わうものでない味だ。

　エリクサーは、俺の喉を通り胃に収まった。

「……どうですか、ご主人様」

「うーむ、何か変わったような感じはしねぇな。薬だし体に吸収されるまでちょっとかかるだろう」

「そうですか……じゃあ、お昼にでもします？」

「……そうだな」

　ということで、昼食だ。

　今日の昼食はパンとスープとベーコンだ。貧相ではあるが部屋から出ない俺にとっては十分な食事だ。

「本当に成功したんですかね」

「おいおい、不安になるようなことは言わないでくれよ」

「す、すいません……」

「いや、そんなに気にする必要は……ねぇんだけど……んむ」

「……どうしたのですか？」

　サキアは俺が変顔していることに気付いたようだ。

「いや……なんかベーコンの筋？ 的なのが歯に挟まって」

「それは大変ですね。フォークでも持ってきましょうか？」

「いや、別に気にするほどで痛えっ！？」

「ご主人様！？」

「し、舌噛んだ！」

　舌でなんとか取ろうと思っていたところでつい喋ってしまい、噛んだ。口に鉄の味が広がる。

「やべ、血も出た」

「だだだ、大丈夫ですか！？ ちょっと見せてください！」

　サキアが駆け寄り、俺の口をのぞく。ほんと、過保護だなぁ。

「……あれ？ ご主人様、どこも怪我してないですが」

「え？」

　俺はさっきしっかりと痛みを感じたぞ。あれ？

「痛く……ない？」

「……え？」

「さっき噛んだところ、痛くねぇ。血もなんか収まってる」

「……ご主人様！ それって！」

　あ！

「エリクサーの効果！？」

　不死身の力で、怪我を治したのか！？

「サキア、そこのナイフ取ってくれ」

「……はい。気をつけてくださいね」

　俺は、サキアからもらったナイフで、腕を軽く切る。

　鋭い痛みがにじみ、真っ直ぐな切れ口から赤い血が垂れる。しかし、

「おい……！」

「……！」

　しばらくすると、傷口がみるみると閉じていき、やがて塞がった。

「せ、成功だ！」

「ご主人様！」

　俺達は抱き合った。

「やったぞ！ 俺は不死身になった！ なにもせずとも、生きていられる体を手に入れたんだ！」

「おめでとうございます！」

「あぁ！ サキア、お前ともずっと一緒だ！」

「はい！ 一生、いえ、永遠にお供いたします！」

　あぁ、なんて幸せなんだろうか。

　引きこもり、今まで自虐的に使ってきた言葉だが、今日からはこう言える。

「俺は、引きこもりになれて幸せだ！」

――第一章・完