第二章
第13話 弟子にしてください!
俺は不老不死を手に入れた。
不老不死、ということで特に不自由無い生活を送っている。
毎日やることといえば、窓の外を眺めながらボケーっとしたり、魔法書を読んだり、あと少しだけ働いたりする。
引きこもりとしては一切働かないのがベストなんだろうが、一応金はある程度稼いでおいて損はないし、魔法を使って人助けするのもまぁ悪い気分ではない。
魔道具を毎日十数個程度作っているが、スクロールの紙の裏側にうちの宣伝を入れている。
これを見てやってくる人がたまにいるのだ。
以前と比べて出来る魔法も増えたので、占い以外の要望にも応えることが出来る。
引きこもりなんちゃって魔術師ライフ、良きかな良きかな。
「なーんか俺、労働はしているけどやる気の無さに関しては人生で最低の状態だろうなぁ」
俺は床に寝転びながらぼやく。
死ぬことが無くなったので、一切動かなくても問題ないという気持ちがあるせいだろう。
「それでいいんですよ、ご主人様。私がいますから」
紅茶を飲みながらサキアが言う。ほのぼのとした昼下がりだなぁ。
「いっそご主人様は何もせずにベッドに寝ているだけでもいいんですよ? 身の回りのことは全て私にお任せください」
こ、こわーい。
ドンドンドン
「……ん?」
「おや……?」
何やら、扉を叩く音がする。
「客か……?」
「私、ちょっと出てきますね」
「おう」
サキアは立ち上がり部屋から出る。
「すいませーん! ごめんくださーい!」
「はーい! ただいまー!」
やっぱり客か。しかし、今の声は女の子か? 迷子の子猫でも探しているのだろうか。
しばらくすると、サキアと思われる足音が階段を上がり部屋に向かってきた。
「あの、ご主人様、今回のお客様なのですが、その……」
なにやら、少し戸惑っているようだ。
「なんだ? 迷い猫か? それとも犬か? もしやライオンとかじゃあるまいな」
「いえ、そうではないのですが……」
「なんだ」
「あの、ご主人様の弟子になりたい、とおっしゃっていて……」
「……」
え?
「で、弟子っ!?」
「はいっ! そうなのです! お部屋へご案内しようとしたら『ここの魔術師さんの弟子になりたいんです!』……と」
えぇ……弟子ぃ……?
嫌ではない、むしろ嬉しいが本当に俺でいいのか? 特に名の知れていない引きこもり魔術師だぞ?
「んー……。まぁ、とりあえず話を聞いてみないことには分からんし、連れて来い」
「ご、ご主人様!? お客様とお話するのですか!?」
「何をそんなに驚く」
「いえ、ご主人様は外の人間と関わりたくないのかと……」
「そうかもしんねぇけどさ……俺の弟子になりたいって言う奴の話はちょっと聞きたいし……」
確かにあんまり人と話したくはないが、俺の弟子になりたい女の子、ならば立場的には俺が大分上だろうしいちいち気を使う必要もない。
話し相手としてのハードルは大分下がるだろう。
「では、お部屋のお掃除と身だしなみを整えなければ……」
「いや、いいよ。俺がそういう人間だって分かってもらえるし」
部屋は異世界の物品が大分増え、服も同じくだ。怪しまれることもあるまい。
魔術師って自分のこと以外はどうでもいいような人も多いらしいしこのままでいいだろ。
「そ、それではご案内させていただきますね」
「おう、連れて来い」
「ご主人様、お客様を連れて参りました」
サキアが戻ってきた。そして、彼女が連れていたのは、
「し、失礼します……」
声の通りの、女の子であった。
背丈は低め、見た目的には13,4歳程度だろうか。いかにも魔法使いといった感じの紺色のローブを羽織り、手にはこれまたいかにもなとんがり帽子を握っている。そして、木製の大きな杖を抱えている。
見事な「魔女っ娘」だった。
「君が俺の弟子になりたいって子?」
「はい! カオンと申します! 弟子にしてくださいっ!」
カオンと名乗る少女は、深々と頭を下げた。
「とりあえず、座ったらどうだ? サキア、お茶出してあげてくれ」
「はい、ご主人様!」
サキアがカオンにお茶を出したところで、俺は話を始めた。
「僕はハルミ。この街でひっそりと魔術師をしている者だ。外には全く出ないし大して仕事してるわけでもないけど、どうしてここを知ったんだ?」
カオンは床にちょこんと座り、緊張した様子で話を聞いている。
「は、はいっ! この街で買ったスクロールにここの名前が書いてあったので……」
あぁ、一応宣伝効果あるんだな、アレ。
「なるほど。で、君は魔術師なの? 服装見る限りそんな感じだけど」
「い、いえ……実はそうではなくて……魔術師に憧れてこの服を……」
なんちゃって魔術師なのか。
「じゃあ魔法は?」
「つ、使えません。すいません……」
「ふーん。歳はいくつだっけ?」
「14歳ですっ……!」
やはりそんくらいかぁ。
「でもその歳なら魔法学校に通えばいいんじゃない?」
この世界には各都市に魔法学校がある。この街の近くのお城にも王立の魔法学校があったはずだ。
「いえ、憧れているだけなので……。えっと……今まで、普通の学校に行ってたので……」
「えっ!? じゃあ学校は?」
「今は……あの、ちょっと……」
んん? なんか雲行きが怪しくなってきたぞ?
「親御さんは? 家は?」
「それは……、えっと……うぅ……」
応えに詰まっているのか、うつむいてもじもじと体をゆらすカオン。
「もしかして家出? それはちょっとなぁ……」
家出娘を預かるなんて、そこまでの責任は持てないぞ。
この子の将来の為にも説得して家に帰ってもらったほうがいいのでは。
あんまり俺が言えた事じゃないけどさ、この子はまだ可能性があるし。
「いえっ! 違うんです、ちょっと複雑な事情があって……」
「それは余計に困るぞ。俺は親御さんに迷惑かけたくないし、家に戻ってくれるとありがたいんだが……」
「それがですね、えぇと……」
再び言葉に詰まる。そして、
「あっ! あの、私、追い出されたんです!」
「えっ!?」
「私が魔術師になりたいってしつこいから追い出されちゃって、もう家には帰れないんです!」
「え、えぇ……」
それ、普通に考えなくても酷い親だぞ。
「でも親御さんはきっと後悔してると思うぞ。自分の子供がいらないなんていう親はいないぞ?」
ほんと、なんで俺がこんなこと言わなくちゃいけないんだろうなぁ……。
「いえ! 私はあの家に帰りたくありません! 絶対に嫌です!」
うわぁ……。中学生の頃の俺を見ているようだぁ……。
よく考えれば年齢的にも反抗期ドンピシャじゃねぇか。これはますます面倒見切れんぞ。
「や、やっぱり考え直したほうがいいぞ」
「でも、もう帰る手段ありません! ここまで来てしまった以上もう帰れません!」
「な、なんだって……!?」
ちょ、ちょっと待て、この子どんな旅路を歩んできたんだ!?
「君、家はどこに?」
「えっ!? い、家ですか……えっとですね……、東! 東のずーーーーーーっと果てです!」
えらいアバウトだなぁ。
「東の、どこ? 街の名前とかは」
「えっと、ノゥヒン村です!」
「聞いたことねぇなぁ。サキアは?」
まぁ、俺この世界のこと碌に知らないからな。
「いえ……私も。東の地域は詳しくなくて……」
「田舎なので! ド田舎なので!」
田舎とかいう問題なのか……?
「そうか。で、その田舎からどうやってここに?」
「えっと、船や荷車に載せてもらったりとかして、適当に彷徨っているうちにここへ……」
「なるほどなぁ。それは帰るのも一苦労だな。なぁサキア」
「はい、なんでしょうか?」
俺はサキアに尋ねた。
「この街から、東の地域に向かう方法はあるか?」
とりあえず、帰り道くらい教えてやらないとな。
「そうですねぇ……。城下町なら東の地域との交流も盛んですし、あるんじゃないでしょうか?」
「そうか、じゃあ大丈夫だな。サキア、城下町まででも見送ってやってほしいんだが……」
「だ、ダメーっ! ダメです!」
と、カオンが突っ込んできた。
「ダメです! 私は帰りたくない、というか帰れないんですよ!」
「いやでも、城下町からなら帰れるかもしれないみたいだぞ?」
「ダメなんです! これまたややこしい事情が……」
「だからなんだよ、その事情ってのは」
……この子、ちょっとめんどくさいぞ。
「えっとですね……、私の住む村は、他の村との交易がほとんどないんですね」
「ふむふむ」
「で、その交易というのも数年に1回程度のもので、私はその数少ないチャンスを狙って村から出てきたんです!」
「おいおい、それ本当か?」
数年に1回って、どんなド田舎だよ。
「海流などの影響で限られた期間にしか通れない海域の話は聞いたことあるので、そのような要因があればあるいは……」
と、サキアが言う。ありえなくも……ないのか?
「そ、そうです! そうなんです! だから私、今すぐは帰れないんです! あと数年は待たなくちゃいけません!」
本当かよぉ……。
「ま、まあいい。で、君は無事に村から脱出してどうしてここへ?」
「それがですね、この国の城下町へ行けば魔術師に弟子入りできると思ったのですが。ダメでした。私みたいなどこの馬の骨とも分からない女の子は弟子にできない、と」
「そりゃそうだろうな」
今の話の中で、彼女を置いてもいいと思える理由は見つからない。
「私は次の街へ向かおうと思い、近くのこの町で荷車に載せてもらおうと思ったのです」
「ふむふむ」
「そして、なんとなく店で買ったスクロールに、このの家の名前が書いてあったのです!」
「『血肉の館』 魔術師の家、相談受け付けています」の文面を見たのか……。宣伝効果は認めるが、いいことばかりではなさそうだ。
「そして、駄目元で俺のところに来たわけだ」
「はい! その通りです! 弟子にしてください!」
カオンは、また深々と頭を下げる。
「えー……」
親が悪いのか子が悪いのかは知らないが、確かに帰るあてがないのはかわいそうだ。どうせこの後訪れる魔術師にも受け入れてもらえないだろう。
だが、弟子と言われてもなぁ……。
「家事でも買い物でも、なんでもお手伝いいたします!」
カオンは頭を下げたまま言う。
「でもそのあたりはサキアがみんなやってくれるからなぁ……。サキアはどう思う?」
カオンの後ろに座り、俺と同じような反応を顔に見せながら話を聞いていたサキアに聞く。
「お気の毒なのは分かりますが、私達があなたを与る責任を負えるかと言われると……」
ですよねぇ。
「そうです、教会に行ってはいかがですか? あそこならば受け入れてもらえると思いますが」
「そうだ、教会だ! ナイス!」
教会なら食い物もベッドもあるだろうし、困った子供の味方だ。神の御心を学んで、心を入れ替えて村に帰れるだろう。
悪魔バンバン召喚しまくってる俺が言えることじゃないけどな!
「嫌です! 教会は嫌です!」
カオンが強く否定した。
「なんでだ?」
「教会は、魔術が学べないです!」
こ、コイツ……! この期に及んで我侭を言うか!
「しかし、神聖系の魔法ならば学べるのでは?」
悪魔の眷属が教会を薦めているよぉ……。
「駄目です! 私神聖魔法なんて覚えたくありません!」
魔法を選り好みすんなめんどくせぇ! 魔法に夢見すぎだ!
「な、なんで神聖魔法が嫌なんだ?」
俺は、ちょっとキレ気味に言ってみる。
「だって、神聖魔法って治癒や浄化専門じゃないですか! 大した攻撃もできないし全然楽しそうじゃないです!」
こっコイツ~! クソガキじゃねぇか!
「私は十分攻撃力あると思いますけど……」
サキアがぼそっと言う。魔界の住人だしね、神聖魔法は大ダメージだろう。
「とにかく、私はもっと凄い魔法が使いたいんです!」
カオンが目を輝かせながら言う。
「……例えば?」
俺は、しぶしぶ聞いてみた。
「箒で空を飛ぶとか!」
ベタだなぁ。だけど、
「俺空飛べないよ」
「えっ!?」
「だってこの部屋から出ないもん。必要ない魔法は使えなくて当然だ」
2メートル程度飛べても何も楽しくないな。
「じゃ、じゃあ火炎魔法とか! こうバーッと炎出したり!」
「……ちっちゃい炎くらいしかできねぇな」
部屋の中でそんなことしたら危ないし。
ロウソクに火を付ける程度で十分だ。
「えっと……じゃあ、占い!」
「それはできるぞ」
「本当ですか! 私占星術がやりたいんです!」
「それは残念ながら専門外だ」
「えぇーっ!?」
グロテスクな悪魔直伝の髪の毛占いならできるぞ。
「なんなんですか! 何もできないじゃないですか!」
何故か怒られる俺。くっそムカつくなぁこいつ。
「幻滅したなら帰っていいぞ。サキア、教会まで案内してやれ」
それはそれで、いいんだけどな。帰ってくれるなら。
「あーっ! それはダメです! 教会は嫌です!」
「じゃあお前を受け入れてくれるような魔術師を探すんだな」
多分いないけどな。かわいそうだが、彼女もいよいよヤバくなれば教会に駆け込むだろう。
「……実はそれももう難しくて」
「……は?」
「お金……もうあとちょっとで……」
じゃあ教会行けよ! いい加減怒るぞ! この無気力極まる俺が怒るぞ!
「……なら働いて金稼げよ」
「うぅ……」
カオンは「でもそれは……」といった様子でうつむく。
これが社会って奴だ。いい勉強になったろう?
ほんっとうに俺が言えることじゃねぇけどなぁ!!
「あっそうだ!」
と、いきなり彼女は大きな声を出した。
「働けば、いいんですね!?」
「あぁ、そうだな」
やっと分かってくれたか。
「雇ってください!」
「……は?」
「だから、私をここに住み込みで働かせてください! タダ働きでも大丈夫です!」
なっ……! コイツ、いらねぇこと思いつきやがって!
「い、いや……でもなぁ、お前にできることなんて……」
「魔法の知識が必要ならば勉強します! それができないうちでも、商品を運んだりお客さんにお茶出したりはできます!」
「で、でも……」
「私を雇って絶対損はありません! 人手が増えるのは良いことじゃないですか? 食事が出せないなら自分で野草でも食べて凌ぎます! 泊める部屋が無いなら廊下で寝ます!」
なんだその根性は! それをもっと早く他の魔術師にやっていればよかったんじゃないか?
「さ、サキアはどうだ?」
「確かに人手が増えるのは嬉しいですが……」
「じゃ、じゃあ雇ってください!」
「えぇと……」
サキアも困っている。
正直、このまま教会に連れて行っても戻ってきて家の前で座り込みしそうな勢いだ。
「うーん、じゃあ、こうしよう」
「なんですかっ!?」
「とりあえず、1週間は泊めてやろう。で、1週間後お前がどうなるかは、その間の働き次第だ」
「本当ですか!? 本当にいいんですか!?」
「……あ、あぁ」
本当は関わりたくないが、一文無しの少女をほっぽり出すのもかわいそうではあるので、とりあえず1週間で様子を見よう。
そのうち頭が冷えるかもしれんしな。
「ありがとうございますっ! 私、一生懸命頑張って師匠に認めてもらえるように頑張ります!」
「お前を弟子にしたつもりはないぞ」
これはお前に試練を与えているわけじゃないからな。
すると、サキアが俺の横に寄ってきて耳元で囁いた。
「……ご主人様、本当によろしいのですが?」
「……俺もそこまで鬼じゃない。これで駄目だったなら本人も諦めがつくだろう」
「分かりました」
俺は、腕を上げて喜んでいたカオンに話しかける。
「じゃあ、これから1週間、お前を俺の雇い人とする。頑張って働けよ」
「はいっ!」
こうして、俺の家に少しの間住人が増えることになった。
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