第6話 「占い」の世界

 この世界で金を稼ぐにはまず占いからが手っ取り早いと知った俺は、占いを学ぶためにお馴染みの「世界魔法大全」を開く。

 占いの項目は3巻にあった。


――占い――

 魔法の力で対象の特性や未来を知る魔法。

 広義の意味での「占い」は魔法適正の無い者でも可能である。成功率が低く「迷信」と呼ばれる行為がこれに当てはまる。

 本書が意味する「占い」とは通常では低確率でしか成功しない特性や未来を知る行為を魔法の力で成功率を引き上げることとする。

 また、似た行為として「神託」が挙げられるがこれは占いにおける魔法が神通力に置き換わったものである。

 占いの歴史は神代に遡り、魔法の中でも最も古いものであると言われている。

 占いの種類は数千種類に及び、本書でこれらを全て記すのは不可能である。

 占いを専門に扱った魔法書には、レキウリス著『ミストルア』があるが、禁書とされており閲覧は難しい。オーギス王立魔法図書館編纂の『世界の占い』は一般公開されているため閲覧が可能。


 こんな感じの項目だ。

 占いは相当数が多いようで、確かにこの本でもかなりのページ数を使っているようだ。流石に全てを見るのは無理だろう。

 今までの魔法書は上のほうに書かれている魔法ほど有名だったり使用者が多かったりしたので、とりあえず最初のほうのページを見ればいいだろう。

 俺はページをめくった。


・占星術

 天の星の力を利用することによって対象について占う魔法。知識さえあれば魔法適正が薄くとも成功しやすい魔法。

 占いの中で最初に魔法として理論が確立されたものと考えられている。古来より民衆の間でも親しまれた魔法であり、使用者も最も多い。

 占いの中でも成功率が高い部類の魔法である。国や世界といった大きな対象を占うことに適した魔法であるが、その反面個人のような小さな対象を占う場合は成功率が落ちる。

 占星術の派生として「星占い」があるが、これは占星術を研究する過程で発見された、対象の生まれた月の星と対象が持つ特性の法則性をまとめ魔法適正を持たない者が簡易的に占星術ができるようにしたものである。


 なるほど、テレビ番組でやってる星占いが外れるのはマジの占いをかいつまんでやってたからんだな。

 いやいや、そんなわけないか。そんなことよりも、占星術は個人を占うのには向いていないようだ。俺はこの町の住民に対して商売するわけだからなるべく個人向けのがいいかな。


 占星術のページは意外に多く、占いの項目の4分の一程度はあった。

 その他の占いだと、水晶占いや甲骨占いがあったが、これも必要なものを揃えるのが難しそうなので却下した。

 やはり今すぐ始めるとなるとなかなか条件にあったものが見つからない。


「うーむ、これは参った」


 俺が悩んでいると、ドアの外から声が聞こえた。


「ご主人様、夕食を持ってまいりました」


「おう、入っていいぞ」


「失礼いたします」


 ドアが開き、サキアが入ってくる。手には料理の乗った皿を乗せたお盆を持っている。


「えぇと、どこに置けばよろしいでしょうか?」


 そういえば、この部屋には机はパソコンデスクしかない。というかこのパソコンどうしようか。


「そうだな、じゃあ……」


 俺は本棚の前に積み重なった通販のダンボールの山から大きめのものを選び、部屋の中央に置いた。


「とりあえず、ここに置いといてくれ」


「はい、分かりました」


 サキアは屈み、ダンボールの上にお盆を置いた。

 肉を焼いたものと、スープとパン。あまり豪華とは言えないが今ある食材で作るならこんなもんだろう。それよりもいい匂いだ。早速腹が減ってきた。


「サキア、お前はどうするんだ?」


「私は余った食材を適当に料理して食べますので……ご主人様はお気になさらず」


「そうか、悪いな。いつかお前にも上手い飯を食わせてやれるように努力しないとな」


「いえいえ、大丈夫です! その気になればネズミでも生で食べられるので!」


「それはやめろ! ネズミを踊り食いするようなメイドは嫌だぞ」


「す、すいません! ご主人様を不快にさせてしまい申し訳ありませんでした!」


「い、いや、まぁそこまで謝る必要はないけどな」


 なんでこの子はちょくちょくバイオレンスなんだ。腐っても魔界の住人なのか。


「……そうだ。さっきあんなに張り切っていてこの有様なんだが、色々調べてみたが今すぐ始められそうな占いが見つからないんだが、お前何か知ってるか?」


「占い、ですか? そうですねぇ……」


 サキアは考えているポーズをとる。


「私の暮らしていた村は、村に住んでいた魔術師がジステイラ様の恩恵を受けて占いをしていましたが……」


「ほう、悪魔にも占いができるのか」


「はい。というよりも占いや呪いまじないは悪魔の得意とする分野なのです」


「なんだと、それは知らなかった」


 あの魔法書にはそんなこと書いていなかったぞ。もしかしたら見ていないページにあったのかもしれないが。


「ジステイラ様はそれほど占いが得意な悪魔ではありませんが、多くの悪魔は占いの力を持っているのです」


 へぇ、なるほど。確かに「召喚者に占いの知識を授ける」と書かれた悪魔は結構いた気がする。


「占いが得意な悪魔を召喚し、その恩恵に与るのはどうでしょうか? 私も何名か心当たりがございます」


「そうだな。それが確実そうだ」


 一度悪魔を召喚してしまったのでもう怖いものなしだ。


「そうと決まれば早速悪魔を探すとするかーっ!」


 と、腕を突き上げたとき、


 ぐぅ~っ


 俺の腹が鳴った。サキアはきょとんとした顔で俺を見ている。やばい、恥ずかしい。


「……やっぱり飯が先だな。すまないがちょっとここで待っていてくれないか」


「はい、喜んで!」


 俺は床に座り、簡易食卓を前にする。こうするとよりいっそうよい香りが鼻を刺激する。

 サキアも俺に合わせ、スカートとエプロンを丁寧に揃えながら上品に床に座った。

 よく見ると、サキアは靴を脱いでいる。何も言ってないのに俺が部屋で裸足なのを見て察してくれたのだろうか。よくできたメイドだ。

 と、サキアの白いストッキングに包まれた足を眺めている場合ではなかった。


「いただきます」


 俺は手を合わせ、ナイフとフォークを取る。

 いそいそと肉を切り、フォークに刺して口へ運んだ。


「……う、旨いっ!」


 旨い、めちゃくちゃ旨かった。噛み締めると肉汁があふれ出し、ジューシーな味覚が口いっぱいに広がる。そして、最後にほんのりとした甘さが残った。

 なんだこれ、何の肉かは分からんが旨い!


「おいサキア、旨いぞ!」


「あっ、ありがとうございます」


 顔をぱぁっと明るくして喜ぶサキア。


「しかしこれ、何の肉だ? 牛や豚かと思ったが、微妙に違う気もするし……隠し味とかか?」


「それは牛の肉ですね。ですが、ご主人様のおっしゃる通り、隠し味を入れてあります」


「何だ、それは?」


 家を掃除していたら見つけた怪しいキノコを入れてみましたー、とかはやめてくれよ?


「私の、髪です」


 ……は? 今、なんて?


「えっと……サキア? 何を入れたって?」


「私の髪の毛です、ご主人様」


「はあぁぁっ!?」


 髪の毛ッ!?


「ひいぃぃっ! 申し訳ありませんっ!」


 涙目になりながら後ずさりするサキア。


「なんで髪の毛なんて入れたっ!? というかなんで髪の毛でこんな味になるんだっ!?」


「そっ、それは……」


 サキアはガクガクと震えている。


「いや、俺は怒ってるわけじゃない。驚いてるだけだ。教えてくれ」


「は、はい……」


 ふぅ、とサキアは息を吐き体勢を戻す。


「はい、ジステイラ様に捧げられた生贄は魔界の住人となります。その際、ジステイラ様に仕える役割ごとに体質が変化するのです」


「……ほ、ほう」


「私達メイドはジステイラ様の身の回りのお世話をするのに相応しい特徴を持った体になるのです」


「な、なるほどな」


 まぁ、分からんでもないな。ここまでは。


「その特徴の一つが料理に合わせ様々な味に変化する髪の毛です。ちなみにこの髪の毛、束ねて使えばしつこい汚れを落とすタワシ代わりにもなります。あ! もちろんタワシに使うときは切り落としているので清潔です!」


「う、うーむ……」


 それを何故髪の毛の特性として与える必要があった?


「他にも用途に合わせて様々な特徴がありますよ。爪や汗、あとは……」


「いい、もういい!」


 これ以上聞くと変なことまで口走りそうなので制止した。知らないほうが良いこともある。俺に危害があるわけじゃないだろうしな。


「ご主人様……もしかして私のことが嫌いですか?」


「いや、そんなことはない。ただな、ちょっと信じられないというか」


「信じられない……のですか?」


「今までこんな経験ないわけだし、カルチャーショック的な?」


「そうですか……」


 と、サキアは立ち上がった。え?

 すると、食卓をよけて俺のほうへ歩み寄った。何をする気だ?


「それならばご主人様……」


「っ!?」


 サキアは、俺の目の前でしゃがんだ。端整な顔がぐっと近くなる。

 そして、揉み上げの髪の毛を手のひらの上で軽く束ねるように整える。そして、


「味わって、みますか?」


 そう言って髪の束を差し出してきた。

 コイツ、何やってんだ!?


「ちょ、ちょっと待てって!」


「大丈夫です。髪は常に清潔に保っております」


 そういう問題じゃねぇ!

 ぐっと近くなった髪の毛から、ほんのりと美味しそうな香りが漂う。

 そんなことより顔が近い! こいつ怖い!


「待て! ストップ! ストーップ!」


「……あっ! はい! すいません!」


 サキアはすっと身を引いた。


「分かったよ、信じた信じた。髪の毛を使うなとも言わんから、な?」


「す、すいません。ご主人様を驚かせてしまったようで」


「いやいや、郷に入れば郷に従えっていうし、俺が慣れるしかない」


 サキアは再び立ち上がり、元の位置に座る。

 俺も食事を再開することにした。


「……なぁ、お前みたいな体の変化って、魔界の住人になった人間みんながそうなるのか?」


「はい。魔界に住むためにはこちらの世界のままでは適応できません。そのため何かしらの変化は起きます」


 なるほどな、つまり魔界の人間はみんなこんな珍妙な特性を持ってんのか。


「ジステイラ様はその変化を意図的に操作して、メイドに相応しい特性を与えているのです」


 ……は? それってつまり、


「……お前の髪の毛が旨いの、ジステイラがそういう風に操作したってことか?」


「その通りですね」


 あの野郎ーっ! 生贄の女の子をメイド姿で働かせているだけでも十分変態だと思っていたが、相当な変態じゃねーか!

 しかもよく考えてみろ。バイオレンスで料理に髪の毛入れるメイドって完全にヤンデレじゃねぇか! あいつはヤンデレメイド萌えのド変態悪魔かよ!


「……ご主人様、どうかしました?」


「いや、なんでもない。旨いぞ、飯」


「ありがとうございますっ!」


 満面の笑みを浮かべるサキアを見ながら俺は苦笑するのであった。

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