第4話 元おまわりさんと、異世界のおまわりさん

 此処ここ一体何処どこなのか。俺はどうなってしまったのか。 

 幸か不幸か、考える時間だけは、腐るほどあった。

 俺の記憶は、何処どこまでが正しく、何処どこからが妄想なのか。俺が左足を失い、友枝が半身不随となったあの事故は、現実に起こった出来事なのか。あの夕暮れ、俺と友枝と海辺が巻き込まれた踏切事故は悪夢の一種か何かでは無いのか。

 一番理解が容易で、整合性の取れた解釈に縋るなら、この場の全ては狂気に陷った俺の幻覚だとすべきだろう。

 が、荷物をひっくり返して、持ち物を総浚いして調べてみればみる程、俺の記憶の全ては正しかったとしか思えなくなってくる。刀袋と胴着袴、時計、財布にカード類。

 友枝と選んだスマホはずっと圏外を示している。ネットにも繋がらないので、電源を落としておくことにした。手帳の中には、海辺宅への訪問と、あの日の出稽古の予定が日時違わず書き込まれていた。鞄の中には、あの日出稽古に出向いた先で貰った菓子折りと、挿し木にと頂いた祖父の所縁の盆栽の葉が一枝。水苔に包まれた岩松の葉先は、まだ瑞々しさを湛えていた。

 これら全てが、あの日――あの踏切事故の寸前までに起こった全ての出来事が真実であると、俺に囁いてくる。否、それすらも含めて、全て幻覚なのかもしれないが、そんな無限後退の論理で物事で推測しても、何一つ進展があるとも思えない。

 例え此処が、事故にあった俺が辿りついた死後の世界であったとしても、此処にこの俺が居るという事実だけは絶対に変わらない。地を踏む足の感触と、刀を握る腕に伝わる鋼の重みが、今そこにある生の実感を伝えてくれている。

 俺は腰を下ろして、菓子折りの饅頭を頬ばった。

 今居る場所が天国だろうが地獄だろうが、俺が生きていようが死んでいようが。こうして此処にあって腹が減る以上、まずは飯を探して喰わねばならない。 

 結局、頭を捻って辿りついたのは、どこかデカルトじみた平凡な結論だった。


 長年の田舎暮らしの賜物か、食料の確保は容易だった。すぐ近くの小川には追川オイカワに似た小魚が沢山泳いでいて、祖父直伝の魚籠ビクを沈めるだけで、夕飯にするには丁度いい数の小魚を集めることができた。オレンジ色の大蛙は口にするのは憚れたが、ザリガニ釣りの要領で、千切って餌に使うと、面白い程小海老や沢蟹の類が釣れた。蛙の類には有毒のものが少なくないが、蟹が食べて死ななかったから、という適当な理由で腿肉を焼いてみたが、日本で食べた食用蛙と大して変わらない味だった。

 周囲の動植物は見慣れないものが多かったが、食べられそうなものは進んで食べた。――突如見た事も聞いた事も無い土地に流れ着いて、半ば自棄やけを起こしていたというのもある。

 ライター、テグス、肥後守、十徳ナイフと、サバイバルに役立つ品が幾つか鞄に揃っていたということもある。焚き火を作って蛙の腿肉を炙りながら、寝転がって夜空を見上げた。

 満天の星空は、俺の見知らぬ星々で溢れていた。あの踏切事故の日は、丁度夏至の前の6月20日。だが、今眼前に広がる星の並びは、俺の知る二十四節季のいずれとも異なっている。

 ここが、俺の見知った2013年の日本では無いのは、明白だった。


「塩味が欲しいところだな」


 蛙の腿肉を喰い千切りながら、頭の冷めた部分で、自分の居場所を思案する。

 緯線を挾んだ反対側の、オーストラリア大陸などでは、星座が真逆に見えるらしい。それらの可能性も考え、入念に夜空を眺めてたが、ついぞ、既知の星座との相似形を見つけることは出来なかった。

 それでも、夜空の深い闇と星の輝きは、俺の馴染んだ山の夜空で――ただ、弓張月だけが変わらずに浮かんでいた。


  ◆


 目を覚ますと、眼前の焚き火はとっくに熾火おきびに変っていた。

 これから、すべきことは山積みだった。位置の特定、SOSの発信、食料と寝床の確保、周囲の探索――、と、積まれたスタックを列挙しているうちに、自分の頬が緩んでいることに気がついた。

 非常事態である。緊急事態である。だのに――幼い頃、小学生時代にキャンプに出かけた時のような興奮が、俺の胸中に湧きあがっていた。

 こんな軽佻浮薄けいちょうふはくな気持ちではいけないと己を戒めたが、陰に落ち込んでこれからの日々を過ごすよりも余程マシだと考えて、自分の置かれたこの境遇を、楽しめるだけ楽しんでみることにした。

 食料の確保は、昨日の延長線上で足る。昨日作った焚き火を拠点に、円を描くように周囲を探索を開始した。尾の太いムササビのような獣。明らかに、日本の在来種では無いクワガタムシ。ここが日本で無いことは間違いない。では、此処は何処で、誰が一体何の為に俺を運んだのか?

 まさか、昔見た映画宜しく、離島でデスゲームやマンハントに参加させられる訳でも無いだろう。見たことの無い動植物をスケッチしながら、辺りを見て回る。ガリバー旅行記ならぬ、切畠旅行記だ。

 そう考えて、少し苦笑した。今の自分の境遇は、ガリバーではない。丸っきり、ドン・キホーテそのものではないか。眼前を、揚羽蝶のような翅をした妖精が横切った。こいつなど、薬物中毒者の見る幻覚の典型だ。やはり、今の俺は事故か何かによって何らかの脳障害を負い、幻想の世界を歩いている状態だと考えるのが、最も自然な解釈だった。

 ――幻覚でも、構わない。俺はそれを肯定した。幻覚だろうと、真実だろう、今の俺が立っているのは、なのだから。

 

 半日に亙る探索によって、周囲の地形と、多くの動植物の姿を手帳に書き込んだ。日の出から日没までの時間はカウントしてある。恐らくこの様子だと、この地でも一日は24時間だろう。

 立ち幅跳びをして距離を測ると、3m20cm強、左足を失う前と概ね同じ結果だった。重力も1Gで間違いないだろう。まさか自分が地球外に居るなどという荒唐無稽なことを考えていたわけではないが、昨夜の見た事も無い星座の群を見た後では、時間や重力といった定数が慣れ親しんだものであると確認するだけで、小さな安堵を得ることが出来た。

 立ち幅跳びを、もう一度。左足の幻肢痛を思い出す。あの時、間違いなく確かに俺の左足は失われたのだ。こうして、再び生身の両足を地を踏むことが出来る日が来るなど、思っても見なかった。

 立ち幅跳びを、もう一度。もう一度。立ち幅跳びだけでは足りなくなって、刀袋から愛刀を抜き出した。抜き付け、真っ向、袈裟。別段形を意識することなく、刃が望む方向に刀を振るう。


「はは、ははは、ははははっ」


 何時しか、俺は、涙を流しながら刀を振り続けている自分に気がついた。

 嬉しかった。俺は、本当に、刀を振るのが好きだったんだ。

 夢だろうが妄想だろうが構わない。もう一度、自分の足で地に立って、刀を振ることが叶って、本当に嬉しかった。

 刀を振る俺の眼前に、上段に構える黒髪の少女の幻影が現れた。

 

 ――友枝。


 友枝は、一体どうしているだろう。俺の左足が生えてきたように、何処かで友枝も半身不随が治って、車椅子から立ち上がって刀を振っているのではないだろうか――。

 頭を振って、刀を納めた。

 それは、幾らなんでも都合が良すぎる想像だ。俺の頭の中の改竄された妄想だ。

 再び友枝と剣を交えたい。……そんな、永久に叶わない願いを、俺のエゴに塗れた願いを、口に出す事は、許されない。

 ああ、しかし。この、俺しかいない異邦の地ならば、そんな甘い願いを口にすることも許されるのではないだろうか?

 否。ここが何処であろうと、俺がいる限り俺の罪は影のようについてまわる。安易な逃避などできよう筈もない。

 ……それでも、友枝に、会いたかった。



  ◆


 

 探索の範囲を広げてみるも、進展はなかった。木々に目印をつけながら、焚き火跡を中心に同心円状に探索を続けたが、何時いつしか知らぬ間に元居た場所に戻ってきてしまう。幾度かは強行突破も考え、荷物一式を纒めて一直線に北進を続けたが、結果は同じだった。何も結果を得られるまま、ただ無為に日数だけが経過した。手帳に記された日付が正しければ、あれから丁度一週間が過ぎたことになるのか。

 水面に顔を映せば、俺の顔には無精髭が果物に生えた黴のように伸び広がっており、過日の海辺良太の御面相を連想して辟易する思いだった。

 無精髭を剃ろうと試みるも、手持ちの十徳ナイフや肥後守では具合は悪い。刀は水気の無い場所に厳重に仕舞っている。手入れ道具も限られているし、錆びつかせでもしたら一大事だ。

 蛙や沢蟹ばかりの食事にも些か飽き、サマーキャンプ気分も冷めてきた所だ。

 時間が経てば、少しは見えてくるものがあるかも知れないと思ったが、この土地への疑惑は深まるばかりだった。前人未踏の秘境と呼ぶに値する場所は、現在では世界中を巡っても、そうそう存在しない。川で見つけた、等身大に近い巨大な山椒魚を思い出す――世界最大の両生類は日本に棲むオオサンショウウオだった筈だが、あれのサイズはそれに迫っている。

 寝て、起きて、飯を喰い、糞を垂れる。こんな異邦の地にあっても、俺の体は通常営業を続けていた。どこか贋物じみた現実感の希薄な世界の中で、己の体だけが変わらぬ存在感の拠り所だった。


「おーい、お前は一体、何なんだよ」


 眼前を飛び回る、妖精のような生き物に語りかけてみる。幻覚に語り掛けるのは、精神疾患を悪化させる惧れがあると何かの本で読んだが、正気の保障などとっくの昔に投げ捨てた俺にとっては、話相手の存在の方が余程重要だった。

 話相手、と言っても、妖精が何か俺に言葉を返した試しはまだ一度も無い。何時だって俺の独り語りだ。

 ――それでも、人の姿をしている相手に語り掛けるという行為は、ただそれだけで孤独のストレスを減退させる効果を持つ。

 見れば見る程奇妙な生き物だった。この地で数多くの見慣れないな生き物を目にした。しかし、どんなに奇矯な姿形をしていようと、獣は獣、鳥は鳥、亀は亀、蛙は蛙、魚は魚だった。

 だが、この妖精だけは違う。明らかに、俺に知るあらゆる生物の系統樹から異なっている、正真正銘の『化物』だった。

 幾度か捕獲を試みたが、するり、するりと、即席の網を避けて、一向に捕まる気配が無い。虫採りには子供の頃から自信があったのだが、妖精はまるで俺の思考を先読みしているかのように、俺の網を避けるのだ。その動きは、どこか信次郎爺ちゃんの剣にも似ていた。


「なあ、お前。捕まってくれないかな? お前捕まえて帰ったら、俺きっと億万長者になれるんだけどな」


 当然だが、妖精からの返答は無い。姿形こそ人間に似ているが、アレに人間と同様の知能を求めるのは間違いなのだろう。脳の容量は恐らく小鳥程度だ。いや、そもそもあの妖精を既存の生物学に当て嵌めて解釈しようとすること自体、大きな誤謬なのだろうが。

 妖精は、捕まえようとすれば逃げる癖に、常に俺の周囲を一定の距離を離れて飛び回り、離れようとしない。その様子は、俺を観察――否、監視しているようでもあった。

 不意に、妖精はくるりと宙空で一回転し、気紛れな蝶そのものの動きで、軽やかに俺から距離を取った。

 パキリ、と小枝を踏む音。

 全身の神経が針になったような緊張が、爪先から脳天までを駆け上がった。

 反射的に踵を返す。

 長閑な山中で感知するのが遅れたが、間違い無い、これは、人の気配――。


「اگر منجلاب فرو بردن غواصی از حواس و پری مخفی، که جهنم شما؟ که در آن شما آمده است؟」


 眼前には、見慣れぬ異国の装束を身に纏った男達が、猜疑心に満ちた瞳で、俺を見据えていた。西洋人を思わせる高い鼻梁と、炎のように紅い髪。

 男達は口々に何かを俺に尋ねたが、彼らの操る言葉は、俺の知るどんな言語とも異なっていた。


 ――いた。この異邦の地にも、人がいたのだ。

 感動で逸る気持ちを抑えて、まずはコミュニケーションを試みることにした。


"Nnnn,Sorry,I can't speak English well so much.

Please tell me. Where is here? What is this place?"

 

 まずは、世界で最も汎用性に優れた言語から。

 不慣れな英語で語りかけてみたが、男達は俺の言葉を解した様子はまるで無く、その表情から猜疑の色は消えなかった。

 数日ぶりに見る人の姿に言葉に出来ない安堵を覚えたが、状況は未だ予断を許さない。

 薄々覚悟はしていたが、言葉は全く通じないと見ていいだろう。


「あの、勿論日本語とか、通じたりしませんよね……弱ったな」


 身振り手振りで、何とか俺の現状を伝えようとしてみる。焚き火跡を指差し、道に迷っていること、どうして自分が此処に居るかも解らないことを伝えようと試みたが、意思の疎通は捗らない。


「هی، چه کسی شما را دقیقا؟ چه کار می کنید اینجا؟」


 彼らは、詰問調で何かを俺に訪ねたようだが、意味はおろか理解できる単語すら含まれていなかった。

 男達の姿を上から下まで入念に観察する。

 炎の如き紅い髪を布で縛り、フードのついた分厚いマントで全身を覆っているが、その下には体の各部を覆う革鎧のようなものが見て取れた。マントの下の、左腰の膨らみは、恐らく刀の類を隠し持っているせいだろう。

 言語や文化が違っても、人間の服装や武器はそうそう大きく異なりはしない。携帯用の刀剣類ともなれば、サーベルや日本刀のような形に最適化されているのだろう。

 彼らは、皆一様に同じデザインの革鎧を身に纏っていた。

 恐らくだが――彼らは、一種の憲兵か何かだ。戦時下の装備にしては軽装過ぎる。これは俺の印象に過ぎないが、明らかな異邦人である俺を目の前にして、不審感を露わにしてはいるものの、斬り剥ぎに及ぼうという気配も感じられない。

 統率された動きと、落ち着いた物腰。

 きっと、彼らは高いモラルに従って行動する、治安維持を目的とした集団に違いない。……つまり、彼らはこの世界に於ける警察官、俺の前職と御同僚という訳だ。

 ――随分と甘い希望的観測だが、そう信じることにした。


「شما نمی دانید که آن را که شما دارید؟」


 言葉は解らずとも、視線と語調から、彼らが俺と友誼を結ぶ気を微塵も持たないことはありありと理解出来た。

 それに、俺を見据える鋭い眼光――ああ、これは憶えがある。この語調と目付きは、警察官の尋問時のそれだ。無理もないことだろう。ここか私有地か何かの一種なら、俺は紛れも無い侵入者だ。

 せめて、自分の名前程度は伝えることが出来るだろうか?

 大袈裟な身振りで、俺は自分の顔を指差して、


「切畠正義。キリハタ・マサヨシ。姓と名前はどっちを先に名乗るのかな……?

 兎に角、俺はマサヨシです。マサヨシ・キリハタ、マサヨシ・キリハタ」


 と繰り返した。

 通じるとは思っていなかった。今までと同様、聞き流されるものとばかり思い、何の反応も期待していなかった。だのに――。

 空気が、一変した。


「این بنده! آیا شما ادعا می شود به نام KIRIHATA! مانند الهی چه فکر می کنید! این بنده!」


 集団の後ろの隠れていた、一際小さな影が、叫び声を上げて俺に詰め寄った。

 大股で歩き寄るうちに、フードがはだけてその顔が明らかになる。

 意外なことに、それは、まだ友枝と同い年ぐらいの少女だった。――マントのフードを頭から被っていていたので、男ばかりの集団だと思っていたが。

 燃えるような紅い髪と、気の強そうな目付き。物腰からして、激情を顕わにしてはいるが、その油断無い物腰からして、かなりの訓練を受けた手練てだれであることが伺えた。

 しかし、俺は一体、彼女を怒らせるようなキーワードを口にしただろうか? 

 いや、はっきりとは聞こえなかったが、彼女は「キリハタ」と口にした。

 切畠――言うまでもない、俺の苗字だ。もしかして、この地方では、「キリハタ」という言葉は女性を侮辱する口汚い言葉なのだろうか? 万が一それが正しかったとするならば、何という皮肉な状況だろう。俺はまともに自己紹介さえ出来やしない。


「کردی!بنده نوکر! شما خجالت می کشیدیم امپراتور عظمت KIRIHATA از شمشیر مقدسMAREBITOاست چطور جرات」


 良く解らないが、彼女に口汚く罵られていることは理解できる。そして――確かに、彼女は「キリハタ」という俺の苗字を口にしていた。


「جبران خسارت با مرگ هم ادغام شدند」

 

 彼女はそう短く呟くと、左手で俺の腕を掴みながら、右手で腰の得物を抜刀して俺の水月に突きつけた。

 咄嗟のことだったが、対応できない速度ではない筈だった。だが、彼女に腕を摑まれた刹那に、脳天から足先までを駆け抜けた奇妙な衝撃が、俺の反応をほんの一秒ばかり遅らせた。

 ――彼女に腕を摑まれた瞬間、俺を閉じ込めた世界が脆い硝子のように砕け散って吹き抜けていったような錯覚を覚えたのだ。現実感が希薄だった世界が初めて彩色されたような――そんな、鮮烈な感触。

 しかし、そんな一瞬の衝動よりも、水月に押し付けられた切先は、一秒先の死を予感させる、より切実で現実的な脅威だった。

 少女の瞳は揺らがない。刀に籠められた殺意は、紛れも無い本物だった。左手で鯉口を押さえ、刀を抜き出しざまに俺の肘先を押さえて、腹に刃を押し付けた一連の所作。

 それは、明確な殺意が籠りながらも、流れるように美しい、激情とは切り離された、機械の如く正確な、何万回と繰り返して磨き上げられた業だった。

 俺は、両の掌を広げ、頭上に掲げる。

 一切の武装を放棄したことを示す、万国共通の『降参』のジェスジャーである。

 けれども、少女の殺意は一向に萎える様子は無い。仇の如く俺を睨むハシバミ色の瞳を見つめ、奇麗な目をしているな、と他人事のような感想を抱いた。


「صبر کنید، بلافاصله کشت」


 背後で俺達を見ていた長身の男が何事かを指示すると、少女は刃先を俺に向けたまま、静かに後ろに数歩引いた。恐らく『すぐには殺すな』という意味の命令だったのだろう。間違い無い、佇まいからして、この長身の男が、こいつらのリーダーだ。

 何としてでも、この男のコミュニケーションを成功させなければならない。諸手を天に掲げたまま、男の瞳を正面から覗き込む。男の瞳から、猜疑と警戒の色は消えなかった。……が。

 俺が視線で訴えたことの幾許かを理解してくれたのだろうか。男は、少しだけ愉快げに、口許を緩めて――自らも、刀を抜いた。

 ああ、この男、強いわ。

 眼前で俺に刀を向けている少女も相当の手練てだれであるが、男の柄頭でゆっくりと圧するような重々しい抜刀は、ただそれだけで底知れぬ技倆を予感させた。

 戦う、という選択肢は端から無かった。相手は全部で15人。こんな腕前の相手を15人同時に相手するなど、狂気の沙汰だ。何としてでも、交渉に持ち込まねば。

 

「――え?」


 そこで、突如として、俺は己が大きな誤謬を見落としていることに気がついた。余りにも自然で、滑らかで、そして見慣れたものであったから、気付けなかった。

 この場にある、有ってはならない筈の物を――。


「あんた達、どうして、刀なんて持ってるんですか? それは……日本刀、でしょう?」


 常寸二尺三寸の刃、特徴的な横手から三ツ頭、反りの具合、相手の手元には、ハバキと切羽。その向こう側に小柄穴と笄穴の揃った波千鳥の鍔が覗いている。

 携腰する片刃の剣は似たような形に収斂進化した例も多いが、これは似ているなんてレベルでは無い。間違いなく、本物の日本刀そのものだった。それを下げ緒で結わえて大小二本差しに。ただ、鋼だけが違う。どこか青みを帯びた本物の日本刀の刃とは違い、彼らの刃の鋼はその頭髪のような、うっすらとした赤みを帯びていた。

 確かに、日本刀が国外に持ち出された話は、枚挙に暇ない。日明貿易などで輸出された日本刀が中国で使用されたという話もあるし、現代でも日本のKATANAの模造品を作る愛好家も国外に多いと聞く。

 が、見知らぬ異邦の地の憲兵である彼らの装備品として腰に納まるには、それらの刀は余りにも不似合いであった。

 これは、何かのコミュニケーションの糸口となるかもしれない。先程の抜刀の挙措――あれは、正真正銘の日本刀の刀法だった。則ち。彼らにあの刀と、その使い方を教えた日本人がどこかに存在するかもしれないということだ。……いや、そうでなければおかしい。


「その刀は、誰が使い方を教えてるんですか?」


 恭順の態度を続けながら、掌で少女の握る日本刀を示し、訊ねてみる。無論言葉は通じないが、挙措と語調から何か汲み取って貰えれば、と期待してのことだ。

 反応は無かった。弱った。ここまで交渉の余地が無いと、このまま縄を打たれて、牢にでも引っ張って行かれた方が話が早いかもしれない、等と考えもしたが、殺気立った少女の対応からして、この場で切り捨てられる懼れや、そのまま処刑場に連れて行かれる可能性も十分に考えられた。何としてでも、己が無害な人間であることを示さなければ。

 と、電源を切って仕舞っていた、スマートフォンのことを思い出した。万国共通のコミュニケーションツールであるが、彼ら相手に通じるものかは甚だ怪しい。それでも、あらゆる可能性は潰しておくべきだと考え、尻ポケットからスマホを取り出し、電源を入れて彼らに向けた。

 瞬間、その場の剣呑な空気が一気に焔を上げて燃え上がった。


「بلافاصله مانع شما مگه!」


 誰かが叫びを上げると同時に、俺はスマホを取り上げられ、両側から屈強な男に腕を摑まれて、地に捻じ伏せられた。彼らの見せた感情は「切畠」という苗字を名乗った瞬間以上の拒絶反応であり、その視線が警戒から明確な敵意に変わるのを見て、俺は自らの失策を晦んだ。

 

「جادوگر کثیف」


 少女が、そう叫んで俺の顔面を蹴りつけた。


「این باید فورا کشته!」


 俺の頭を踏みつけ、憎しみを籠めて踏みにじりながら、俺に刃を向けてリーダーの男に懇願するように叫んだことの大意は、言葉が解らずとも汲み取れた。


『今すぐ殺すべきです』


 間違いない。彼女は、そう言っている。

 「切畠」「スマートフォン」、俺の行為が、如何なる彼らのタブーに抵触したのかは定かではないが、今はそれを追及している場合ではない。リーダー格の長身の男が、少女の言葉に重々しく頷くのを見て、いよいよ命の危険が目前に迫っていることに戦慄した。


「من نیاز به کمک شما، لطفا اجازه دهید من اعدام. این بنده، من می خواهم به قطع در دو」


 少女は大きな手振りで、何事かをリーダーの男に嘆願しているようだった。

 男は暫し顎に手を当てて、俺と少女を見比べながら、何事かを考えているような仕草を見せた。

 ――熟考の後、男は少女に、重々しく頷いた。

 少女が、花のような笑顔を浮かべる。 

 俺を押さえつけていた屈強な男達は頷き合って手を離し、俺は戒めから解放された。


「あれ……?」


 もしかして、少女の今の言葉は、俺の助命嘆願だったのだろうか?

 彼女の言葉を、殺すべきだ、などという悪意に解釈した自分を、少しだけ恥じた。

 が、彼女のことを「ちょっといい奴かも」と一瞬でも思ったことを、すぐさま俺は後悔することになった。

 切欠は、リーダーの男が、俺に投げて寄越した一本の木刀だった。長さは、ほぼ常寸二尺三寸の刀と同程度。普段形稽古で使っている赤樫の木刀よりも、随分と軽い。

 周囲の男達は、俺の警戒の視線を保ったまま一歩引き、少女だけが前に出た。

 彼女は小さく笑むと、唇を結び、刀を青眼に構えて俺に突きつけた。

 先程の水月に刃を押し付けた時とは違う、正真正銘の殺気を伴って。


「……ああ、そういうことね」


 先の彼女の言葉の意味が、今こそ正しく理解できた。

 あれは、『殺すべきです』でも、『助けてあげて下さい』でもない。

 この少女は。


『私に殺させて下さい』

 

 と頼んでいたのだ!

 おいおい、それは幾らなんでも蛮族にも程があるんじゃないのか!?

 胸中で叫びをあげる。

 手渡された木刀にも合点がいった。遥か昔のローマのコロッセオのように、申し訳程度の武具を持たせることによって、決闘の体裁を取った公開処刑を行うつもりなのだ。

 少女との距離は、一足一刀よりも僅かに遠い。

 

「لطفا موضع」


 いつでも斬りかかれる筈だが、彼女は動かない。今漏らした言葉は「構えろ」か。

 少女に合わせて正眼に木刀を据えた刹那、跳魚の如く少女の剣先が天に滑った。

 濡れたような重みを伴った一閃が、前髪を揺らして鼻先を通り抜けていく。

 思わず吐息が漏れた。なんて躊躇いの無い、美しい剣。

 眉間から臍までを切り裂く筈の刃は、咄嗟に左足を引いたお陰で皮一枚で逸れた。

 しかし、少女は振り下ろした太刀をたなごころの内に納めると、体軸に微塵のぶれ無く、臍眼に構えて体ごと一直線に突き懸かって来る。

 驚くべくは、唐竹割りから刺突に移るまでの動きの滑らかさだ。

 切先を沈ませ、確実に俺の水月を貫きにくる太刀に、木刀の裏鎬を合わせて、右下方へと流す。

 少女の全体重を預かった重たい突きが、軋みを上げて、右の腿の上を滑り抜けていく。

 

 俺の命を獲る為だけの、シンプルで美しい太刀に惚れ惚れした。

 紛れもない命の危機、その筈なのに、


『この子は友枝の稽古相手になってくれるだろうか』


 なんて、凄まじく場違いなことを、少女の瞳を見つめながら思ってしまう。

 恐怖は、勿論あった。理解できない状況に、混乱もしていた。

 だが、俺は見知らぬ相手に真剣を向けられるこの状況を、どこか――楽しんでいた。


 突きを流しても、少女の体は流れない。体幹を鍛え上げているあかしだ。

 俺は彼女の太刀を流しつつ、開き足で彼女の右側面に回りこむ。だが、こちらに一呼吸の余裕すら与えず、彼女は逆袈裟の太刀を俺に見舞った。ひりりと首筋に熱を感じる。二度目は、鎬で流すことすら許されず、彼女の剣は俺の木刀を半ばから切り飛ばした。

 頚動脈まで紙一重に迫った切先を寸前で避け、少女の左肘の外側をとる。

 

 重心に微塵のブレも見せず、一呼吸のうちに三太刀も繰り出すとは。

 感心する暇もあればこそ、彼女は四太刀目を繰り出そうとして――。

  

 ――俺に、絡め取られた。


 カラン、と彼女が切り飛ばした木刀の切先が地に落ちる音がした。

 彼女の剣は、大きく、早く、強く、軽やかだ。実に見事。

 だが惜しいかな――まだ、拙い。

 

 俺は左手で彼女の右肘を抑え、具合良く半分の長さになった木刀で、彼女の剣の鍔元を抑えていた。

 彼女は剣を振り上げようとして足掻くが、動けば動く程、彼女の手首の関節は軋みを上げて極まっていく。

 人間は、自分の得物を奪われそうになると、反射的に腕に力が籠る。それを利用して、肘と刀、この二点を押さえた、変則の『関節技』である。

 闘志に滾っていた少女の表情に、一瞬で焦燥と恐怖の影が差した。

 ……ネタをばらせば、この『関節技』完全に極められていても脱出は容易である。

 俺が抑えているのは、肘と刀。ならば、刀を手放してしまいさえすればいいのだ!

 だが、危機に瀕すれば、より一層得物を強く固く握り締めてしまうのが、人間の本能。戦いの最中に得物を手放すなど、凡夫に易々とできる決断ではない。

 そして――彼女は、その決断を躊躇いなくできる逸材であった。


 彼女の左手が、刀の柄を手放した。そのまま、体を開いて右腕一本で尚も俺に挑み来る!


「ああ、放してくれると思ったよ。君なら」


 それは、俺が木刀を斬らせた時からずっと狙っていた一瞬だった。

 俺は、彼女を信じていた。

 出合ったのはつい数分前に過ぎない。

 しかし、今の数合の手合わせで、彼女の人となりは十分に理解できていた。

 激情家だが、真面目で、高潔で、曲がったことが大嫌い。

 そんな彼女は、刀を手放すか、そのまま関節を極められるかの二択なら、必ず刀を手放し最後まで俺の首を狙いに来ると信じていた。

 だからこそ――この技が使える。


 俺は、用済みになった木刀を投げ捨て、両手で彼女の左腕を取って、そのまま腋の下を潜り抜けた。

 手羽折りに手首の関節を固め、肘、肩、と順に腕の全ての関節を極める。

 そのまま背中に向かって腕を捻りあげ、膝をついて彼女を地に押し付けた。

 柔道で言うところの腕緘(うでがらみ)、プロレス技で言うならチキンウィングアームロック。

 剣道、居合道、杖道、柔道、空手と、機動隊特練で多くの武道を習ってきた。勿論、専門は祖父直伝の剣と居合だが、何の因果だろうか――特練の大会で、最も成績が良かったのが、コレ。

 

 逮捕術だ。


「و اجازه رفتن، دست نزنید، این چاکر!!」


 少女は、俺の腕の下でもがきながら、何事か叫ぶが、もう遅い。

 

「悪いが、年季が違ったな、可愛い婦警さん。危害は加えないから、もう少し大人しくしててくれないか?」


 仲間の男達は顔色を変えて一斉に刀の柄に手をかけた。

 リーダーの長身の男がそれを手で制し、冷静な瞳で俺の眼を覗きこんだ。

 今の俺に必要なのは、交渉材料。だから、何としてでも彼女を無傷で人質に取る必要があったのだ。

 容赦なく少女の肩関節を極め、彼女が握っていた刀をその細い首筋に押し付けた。

 これ以上なく、解り易いジェスジャーだろう。

 少女は、もう抵抗の意思を見せなかった。


「لطفا بکشند」


 短い呟きと共に、彼女の頬を涙が伝った。癖のある美しい赤毛が、土埃に汚れる。

 彼女が口にしたのは、謝意か、辞世か。助命嘆願ではないことは、その表情から明らかだった。

 正当防衛とはいえ、彼女の様子は哀れみを誘う。俺としても、こんなやり方は不本意だった。

 リーダーの男と、睨み合うこと数分。


 俺は、少女の首筋に刃を押し付けたまま、ゆっくりと立ち上がった。

 極めてある肩関節を捻り上げる。少女が小さく悲鳴を上げるが、構わずそのまま捻挫させた。

 完全に無力化したいなら、脱臼させるべきだったのだが、躊躇ってしまった。

 この世界にどんな仁義が通っているのか、俺は知らない。だが、俺は俺の仁義を通させて貰う。

 少女を殺したりしてしまうのは、一番の悪手だ。出来る限り遺恨を残さず、解決したかった。

 彼女の背中を蹴り飛ばし、男の方へと転がした。

 瞬間、厳しい表情で俺を睨みつけていた男の瞳が安堵で緩む。


 俺は、中国拳法の剣訣の如く掌を相手に向けて、制止を表し、再び刀を青眼に構えて相手に向けた。


『これ以上、追ってくるなら――斬るぞ』


 シンプルな意思表示は、相手にも十分に伝わったようだ。

 リーダーの男は、仲間達を手で制し――俺に向かって、再び刃を向けたのだ。

 簡単な理屈だ。追ってくるならば斬る。そんな脅迫が効くのは格下相手だけであり、男は自分のことを俺より格下であるとは、微塵も思っていなかった。ただ、それだけの話。

 

 ……不味いな。


 男の威容は、先の少女とは段違いだった。人質に取ることを目的に、加減して勝てる相手などでは断じてない。この男と刀を交えるなら、刺し違える覚悟がいるだろう。

 不利は、依然として変わらない。だのに――自然と笑みが浮かんでくる。


「考えてみれば、いつもの稽古と同じか。勝てない相手に刺し違える気で行って、そのまま負けるなんてことは――」


 今までの、俺のいつも日常だった。


「今日は、負けたら本当に死ぬだけだ。あんたみたいな達人に斬られて死ぬなんて、引き篭りの鉄道自殺に巻き込まれて死ぬより、よっぽど俺らしくて、楽しい死に方だな」


 そう考えたら、笑みが零れて、止まらなくなった。

 俺の最後の花道を飾ってくれる相手と思えば、眼前の男も10年来の友とさえ思えてくる。

 伝わるかどうかは分からない。だが、礼を尽くして、名乗りを上げた。


「それでは、最期に御胸を拝借致したく。亡き祖父、範士切畠信次郎より切畠尚武館を預かりました、切畠正義と申します。

 素敵な稽古が頂戴できれば幸いです。どうぞ――よろしくお願い致します」


 惜しむらんは――握った刀が、草叢に隠した愛刀ではなく、少女から奪った借り物の刀であることか。

 間合いは既に触刃まで迫っていた。

 冷たい音を立てて、刃と刃が握手でもするかのように十字に交わった。

 相手の指先の幽かな動きまでが、刀を通して俺に伝わってくる。

 俺の動きの全ても、刀を通じて相手に伝わっているだろう。

 男の顔を覗き込む。その表情から、先程までの険は奇麗に消え失せ、透き通った笑顔だけが浮かんでいた。それは、男の瞳に映った俺の表情と、瓜二つだった。

 鎬を削り合いながら、二振りの刀が軋みを上げる。

 予感があった。この均衡が破れた瞬間に、勝敗は決する。その瞬間、片方が死ぬのだ。

 どちらが斃れるにせよ、もう俺はこの男に会うことはない――そう思うと、一抹の寂寞が胸を吹き抜けた。

 俺の脳裏を支配していたのは、闘志でも恐怖でも無く、奇妙な恍惚と陶酔だった。

 ――もう、何時均衡が破れてもおかしくない、この瞬間か、次の瞬間か、ああ、勿体無い、この一瞬が永遠に続けばいい――。

 

 そんな俺の願いも虚しく、小さく無粋な闖入者が。

 ふわり、と。

 白百合の花に腰を下ろす蝶々の如く、あの妖精が、鎬を削る俺達の切先の交点に舞い降りたのだ。


 男が、顔色を失って叫んだ。


「است که می تواند مانند یک احمق، چرا پری است!?」

【そんな馬鹿な、どうしてピクシーが!?】


 男が口にするのは、相も変わらず異邦の言語だ。

 だが、俺の脳裏には、彼が口にした言葉の意が、その音に伴って響いていた。

 

「مختلف، و یا می گویند حتی واقعا هیچ راهی MAREBITOاست!」

【貴様、まさか本当にマレビトだとでも言うのか!】


「あんた、その言葉……マレビト、って一体……?」


 俺達の刀の切先に止まった妖精。よく見れば、男が口を開くのに合わせて、妖精が小刻みに翅を羽ばたかせている。その羽ばたきに合わせて、脳裏に意味を伴った言葉が響くのだ。


「まさか……お前が翻訳してるのか!?」


 妖精は、答えない。切先からふらりと羽ばたくと、優雅に俺の右肩に止まった。

 とうに、俺と男の切先は離れていた。

 あの一瞬は、永遠に失われてしまったのだ。それが、少しだけ口惜しい。


「کاپیتان، بیش از وجود دارد، چنین چیزی مخفی شده بود بله」

【セギュール隊長、あちらにこんなものが隠してありました!】


 部下の男が携えてきたのは、草叢に隠していた俺の愛刀だった。

 男は、俺が顔色を変えるのを見て取ったのか、悪いようにはしない、とでも言いたげに頷きを返すと、馴れた手つきで俺の刀袋を紐解いた。

 柄に固く結わえた下げ緒を解き、慎重な手つきで鯉口を切る。

 その挙措は、刀剣鑑賞の礼法の範たり得る、見事な所作だった。


 僅かに鯉口をずらし、顕わになったハバキに、男達は固唾を飲んだ。

 別段、珍しくない普及品の鈨である。我が家では、代々鈨に家紋を意匠するのが慣わしになっており、切畠家の亀甲梅花紋が刻まれているのが特徴と言えば特徴だ。

 彼らは――あれほど俺に敵意を剥き出しにしていた少女までが、俺のことなどそっちのけで俺の刀に魅入っていた。

 男が鞘から刀身を抜き払った時、歓声とも苦悶とも言えぬ声が漏れた。


「این است که آنچه، کاپیتان?」

【どうなんですか、隊長?】


 隊長の男は、眉間を押さえて頭を振った。


「این بدون شک تنها یک بار ......، اما که آن واگذار شده است به افتخار مخاطب」

【間違いない……一度だけだが、拝謁の名誉に預かったことがある】 

「این بنده است، وجود دارد می تواند بدونبرادر بزرگتر!」

【こんな下郎が! 有り得ません、兄さん!】

「دهان خود را نگه دارید خفه شو اکنون باربرا!」

【バルベーラ、今は黙っていろ!】


 反論しようとする少女を男が一喝した。

 どうやら、あの二人は兄妹らしい。兄は隊長のセギュール。そして、あの少女の名前はバルベーラ。貴重な情報だ。

 男は、顔を抑えた指の隙間から、俺を睨みつけた。


「شمشیر از توپ های فولادی - این همان شمشیر از گنجینه های مقدس از سه نوع لبه شمشیر امپراتور اعلیحضرت است.」

【これは、剣帝陛下御由縁の品、三種の神器の刀と同じ――玉鋼の剣だ】


 俺を睨む彼らの表情は、先のような軽蔑や嫌悪に彩られたものではなかった。

 皆一様に、理解の及ばない怪物でもみるような瞳で、俺を見つめていた。


「شما هیچ چیز بر روی زمین هستید?」

【お前は一体、何者だ?】

 

 男の言葉に合わせて、妖精が羽ばたく。


「切畠正義――日本人だ」


 俺はもう一度己の名を繰り返す。

 今度こそ伝わればいいな、と願いながら。  

 

 


 

 

 

 

 

 

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