第15話 紫外線ランプとネクトンと

 当宿のコンテナハウスには、窓がありません。コンテナを購入する際、オプションで窓を取り付ける事も出来ましたが、敢えて外しました。開閉可能な窓があると、鳥を逃がしてしまう可能性が出て来ます。そういう可能性は潰しておかなければなりませんでした。鳥を逃がすという事は、鳥を殺すという事です。


 ごくまれに、逃げた鳥が飼い主の元に戻ったというニュースがありますが、あれは珍しいからニュースになるのです。何十件、何百件に一件のレアケースであり、ほとんどの鳥は命を落とします。関東でワカケホンセイインコが群れを作っていますが、あれはワカケという鳥の体の大きさと環境適応力の高さが特殊だったせいであり――ワカケなら逃がしても大丈夫という意味ではありません――ワカケよりも古くから、より沢山飼育されているセキセイインコや文鳥の群れが日本の何処にも居ないのがその証拠であろうと思います。


 なお文鳥はハワイなどでは野生化し、大集団を作っています。環境さえ適合すれば、野生化も出来るのです。日本の自然環境は、文鳥やセキセイインコ、オカメインコなどには向いていません。人の手を離れた瞬間、待つのは死あるのみです。ですから当宿には窓がありません。


 しかし窓が無いと困る事もあります。その一つに、日光浴が出来ないという事が挙げられます。鳥類も哺乳類と同じで、一部の例外を除いて、日光浴が必要な生き物です。日光浴をして紫外線を浴びると、体内にビタミンD3が出来ます。これは血中カルシウム濃度を一定に保ち、カルシウムを骨にする為に必要なビタミンであり、ビタミンD3が欠乏すると、骨が脆くなってしまいます。短期間お預かりするお客様はともかく、うちで飼っている鳥たちはその対策を考えなければなりません。


 まず考えたのが紫外線ランプ。爬虫類を飼育されてる方にはお馴染みですね、紫外線を出す特殊な蛍光ランプです。あまり知られていませんが、鳥用もあります。あるにはあるのですが、普通の照明の様に、天井からぶら下げておけば部屋の中の鳥が皆紫外線を浴びる事ができる、てな訳には参りません。


 紫外線ランプは有効範囲が非常に狭いのです。大体が半径30~40センチくらい。遠くまで届く、という物でも50センチがせいぜい。それ以上離れると紫外線が拡散して効果が無くなってしまいます。それに有効な量の紫外線を出せる期間が、長い物でも1年程度。価格も高い。出す紫外線の量によっても変わってきますが、2千円台から5千円台です。使うならケージ1つにつき1個必要になりますから、その倍数になります。


 そして何より困った事に、紫外線は浴び過ぎるのも身体に良くないのです。これが砂漠に生息する爬虫類とかであれば、紫外線ランプ程度では浴び過ぎになる事はまず無いと言われていますが(1日に12時間程度照射した場合)、鳥の場合はどの程度が適量で、どの程度以上で浴び過ぎになるのか、よくわかっていません。


 野生種を基準に考えれば、鳥だって12時間くらい紫外線を浴びたって大丈夫だと思うのですが、生息地が砂漠の鳥も居ればジャングルの鳥も居ます。熱帯の鳥も居れば温帯の鳥も居ます。ならば浴びる紫外線量が一定と言う事はありません。種類や体の大きさによっても変わって来る事でしょう。そう考えると、取り扱いは非常に厄介です。結局、紫外線ランプは鳥用には導入しませんでした。リクガメには使ってますけどね。


 日光浴や紫外線ランプ以外にビタミンD3を摂る事はできないのでしょうか。いえ、出来ます。経口でビタミンD3を摂取する事も可能なのです。そこで登場するのが、鳥用の総合ビタミン剤です。


 最も有名なのは(と言っても鳥を飼ってない人は誰も知らないでしょうが)ドイツのネクトン社が製造するネクトンSでしょう。ネクトンSの成分に関してはちょっと調べればすぐわかるので割愛しますが、とにかくビタミンD3も入っています。


 これを毎日飲水に混ぜれば、ビタミンD3の問題は解決、とはなかなか行きません。ビタミンDは脂溶性ビタミンです。文字通り脂肪に溶けるビタミンで、ビタミンCなどの水溶性ビタミンの様に、摂り過ぎた分が糞尿で排出される、という事がありません。摂取し過ぎると体内の脂肪に蓄積されます。それが慢性化すると腎機能が悪化します。


 だから使用量を守って、という話になるのですが、その使用量が問題なのです。添え付けのスプーン(ネクトンの瓶の中に入っています)1杯を250ccの水に溶かして、と用法には書かれていますが、それで決まるのは、あくまでも濃度です。鳥が実際にどれだけの量のネクトンSを体内に入れたか、というのは鳥がどれだけ水を飲んだかで決まります。それは当然種類によっても、体の大きさによっても、そしてその日の気温や湿度や体調によっても変わって来るのです。


 つまり摂取量は「わからない」というのが現実だと思います。もちろんケージの横にコップに入れた水を置き、蒸発量を計ることは出来ます。水入れの中から減った水の量から蒸発量を引けば、飲んだ水の量は算出出来ます。ケージ内の鳥が1羽なら。

もし2羽以上いたら、もうやるだけ無駄です。2で割って出て来るのは平均値であって、1羽あたりの飲水量ではないのです。


 摂取量がわからないのですから、適量の判断などできません。摂取させ過ぎて病気にしてしまう可能性は常にあります。これはまたこれで、厄介な事です。


 とは言え、ネクトンSは当宿でも長年飲水に使い続けています。使用量は日によって違います。濃い日もあれば、薄い日もあり、時々は使わない日もあります。明確なデータがある訳ではありませんが、どうもそれで良いような気がしています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る