7

 少女の言う『エンジン』とやらは、得体の知れない装置だった。それを一通り眺めた「ブラウニー」は、

「うん、大丈夫そう」

 と呟いた。男は頬杖をつきながら、ただその在り様を眺めていた。どう見ても、得体の知れないガラクタにしか見えなかった。

墜落するんじゃないか?」

「そうなったら、今度はもっとマシなところへ降りるわ」

 何の答えにもなっていないやり取り。予備のグラス。秘蔵の酒。

「飲まないか?」

「生憎、節制してるの」

「そういう歳でも、まだないか」

「酔ってるの?」

 少女は、スーツの中から拳銃を取り出した。一瞬見えたマガジンの中に装填されているのは、表面にびっしりと溝の刻まれた、得体の知れない弾丸だった。

 といっても、徳カリプス以前に対人銃器の流通は絶えて久しい。男の方にとっては、そういう武器もの自体がフィクションや博物館の中だけの存在だ。

「……昔は、何者かになれると思ってた」

 男の口から、不安が漏れる。グラスが傾く。酒が溢れる。或いはそれは、十年間で溜め込んだ何かであるのか

「でも、なれなかった。昔は馬鹿にしていた靴屋にすらな」

 虚空を見つめながら、男は呟く。

「世界が終われば、何かが変わると思っていた。でも結局、

 少女は答えず、ただ手を進める。翼のフレームの芯材を解体し、一本のワイヤーへと直している。

「……それで?」

 少女の手が止まる。

「貴方は、何になりたかったの?クリスピーノ」

「……さぁ、何だったのか。もう思い出せない」

「そう。じゃあ、思い出したら教えて。時間のムダだから……できた」

 出来上がったのは、鉤縄のような何かだった。

「それで天使に飛び乗るのか?」

 正気の沙汰ではない。

「そう。それで、爆薬で外装を吹き飛ばして、中の人を……助け出すの」

 『中の人を』と『助け出す』の間に、妙な間があったような気がしたが、男にはもう、どうでもよかった。

 少女が拳銃を、一体何に使う気なのかも。

 今の男には、少女が眩しくて仕方がない。まるで、失った可能性ものを見せつけられているようで。幼き日に見た、聖母の姿を見るようで。


----------------------

 闇夜の中を、天使が飛ぶ。機体には翼が存在するが、その面積はとても自重を持ち上げるには足りない。

 その主な推力は、徳エネルギーの斥力だ。ジェネレータの中に収まった、否、得度兵器が収めてしまった『何者か』が出し続ける奇跡の力だ。

 死ぬことは、恐ろしい。生き続けることは、尚恐ろしい。

 如何な奇跡と権能の駆動式を抱えようと。何者も神ならぬ身で、恐れから無縁ではいられない。

 腸のなかでその何者かは、どこかで祈っていたのかもしれない。


 『いっそ殺してくれ』と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る