4「エネミー・オブ・マンカインド」

 一人と、二人で出歩くことの間には大きな違いがある。少なくとも暇を持て余した頭を、雑多な悩み事で埋めずに済む、という違いが。

 ……問題は、代わりに詰め込まれる考え事が、それよりも厄介でないとは限らないことだ。

「……クリア。生体反応なし」

 今回の場合は、同行者の奇行がそれに当たる。

 ボロ布を纏った見目だけは麗しい少女が、辻に突き当たる度、壁の角に身を隠して動き回る屍体に何かの探知機を向ける様は。少なくとも、の世界なら近寄り難い部類の光景だ。

「そんなことしなくても、襲って来やしない」

「わらかないでしょ!他にも生きている人間が居ないとも限らないから」

「で、見つかったのか?」

「少なくとも、ここに一人」

 見目麗しく頭のおかしい少女、『ブラウニー』は、そう言って男を指差した。

「……此処で10年暮らして、他の生き残りは『もう』いない」

「……もう?」

 少女は引掛リを覚え、鋭い眉根を寄せる。

「死んだ。いや、『死に損なった』のか」

「……つまり」

「その辺の屍体に仲間入りしてる」

「ひっ……!」

「そんな大袈裟に驚くこと無いだろ。小さい街なんだから大体顔見知りだ」

「顔見知りの屍体がほっつき歩いてる場所で、十年間も……?」

「伝染はしないらしい」

 やっぱり普通じゃない、と。少女の顔が言外に物語っていた。

 動き回る屍体は、男達には見向きもせず。ゆっくりと動き回っている。……恐らくは、『生前』の生活をなぞりながら。

 この街は、既に生者の世界から、死者の世界へと呑み込まれつつある。

「……つまり、この辺のリビングデッドは、過去十年で蘇ったものが混ざってるわけね?」

「そういうことになるな」

 一々顔を覚えちゃ居ないが、と男は付け加えた。顔見知りだからといって、顔を覚えているわけではない。何年も経てばそんなものだ。

「……なのに、損壊度合いが同程度。動き回っているけど、多分代謝はしていない。それなのに、腐食が進行していない……なら、忌まわしいけれど答えは分かる」

 『ブラウニー』は、測定器の吐き出すデータを見つめている。

「……『不朽体(インコラプティビリティ)』」

「なんだそりゃ?」

「死後も朽ちない聖者の遺体。大抵は、エジプトのミイラのような保存技術の賜物だけど。『本物』もある」

「うちの街の連中は、いつの間に列聖されたんだ?」

「教皇庁に問い合わせても無駄よ。あの辺一帯、先に天の国だから」

「……詳しく聞かない方が良さそうだ」

「後で、詳しく教えてあげる。この街については、九割方『複製聖人(レプリ・セイント)』の仕業。残り一割が『天然物』」

「……もしかして」

 ふと、そこで男は気付いた。

「俺はかなり、を聞かされていないか?」

「残念。『知らない方がいいこと』が、もうかなり混ざってる」

「なんてこった」

 知らないうちに、退路を絶たれていた。

「『人工聖人』……『J計画』関連は秘匿事項。でも、この街を調べるなら、その知識が絶対に必要になる」

 明らかに詳しく聞かない方が賢明そうなワードであることは、男にもわかった。しかし、放っておいても説明は止まらないのだろう。だから、

「……だが、何故、」

 先に男は、少女の口を塞ぐことにした。尤も、もう手遅れなのだろうが。

「そんな事を知っている?」

 少女はまだ、十代半ばといった年頃だ。しかし、ことは、容易に想像がつく。

「……決まってるじゃない」

 そう言いながら。少女は、服の手首から先の部分を脱ぎ捨てる。

「私も、同じものなんだから」

 彼女の掌には、十字架の形をした傷が刻まれていた。

「尤も、だけどね」

 その瞬間。男は、彼女の面影を、を思い出した。

あれは、両親に連れられて行った教会の。

 彼女が手の甲を見せる時、一瞬、検出器らしきものが空を向いた。そして、その瞬間。彼女は目を見張った。

「……ここで、じっとしていて」

「待て、どこへ」

「微かだけど、生体反応1……位置は、」

 そう言って、彼女は空を見上げた。

 空の上には。巨大な機械じかけの天使が浮かんでいた。


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ブッシャリオンTips 複製聖人(レプリ・セイント)

 J計画の成果によって製造された、奇跡の媒介者。徳カリプス後は行方不明のまま活動を続ける個体が複数存在する。対得度兵器を標榜する『十戒』も、実際には複製聖人を含むJ計画成果物の回収が重要度の高い任務として含まれている。

 欧州圏では徳の需要に纏わる微妙な違いが存在し、そのため『複製聖人』と一口に言っても研究内容やアプローチは多岐に渡る。未確認ながら、人の形をしていない個体や、人類の敵となった個体も存在するという情報も存在する。

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