3「トランス・フェクション」
「つまり、あんた達は『天使』を相手に戦っているのか」
「そういうこと。ジャミングで『翼』の制御が吹っ飛んだ時は、もうどうしようかと」
話を聞く限り、彼女達は欧州の各地を回りながら、暴走した機械兵器(あの天使のことらしい)の動きを監視している、ということらしい。
「あんたは、これからどうする気だ?」
「『コマンド』に帰還する。でもその前に、この街を調べないと」
「『コマンド』?」
「組織の名前。正式名称は、『テン・コマンドメント』」
「モーセの十戒か……」
「元は、『ユーロ』の下部組織よ。上と連絡が取れないから、独立して動いてる」
「……
小太りの男は眉を潜めた。『
嘗てそう呼ばれた地域は、とうの昔に文化的・宗教的・人種的統一性を喪い、バラバラになっている。
「
「……トリニティ・ユニオン」
その響きは、脳裏に引っ掛かっていた。徳カリプス以前の『上客』の一人、アジア系の男が、確かそんなところに勤めていた。
どうにも『上司の得体が知れない』、というぼやきを聞いたような気もするが。今も昔も、これからも。彼には関わりのないことであろう。
「もしかして、おじさん、意外と物知り?」
「……クリスピーノ。ただのしがない靴屋だ……だった」
男は、億劫そうに自己紹介の最後にそう付け加えた。相手に自分の名前を名乗るのも何時ぶりのことか。
「靴屋……じゃあ、私のことはブラウニーで」
「小人の靴屋じゃあるまいに」
あからさまな偽名であるとか、そもそも小人の靴屋の妖精はブラウニーではないとか、色々と言いたいことはあったが、男はそれだけ言って口を噤んだ。
そこで、彼はあることに気付いた。
「問題は、哀れな生存者であるところのクリスピーノ氏をどうするか、というところなのよ」
「勝手に人を憐れまんで欲しい」
あの煩わしい歌が、いつの間にか聞こえなくなっている。
「別に生活に不自由しているわけじゃない」
飯の味には不自由しているが。逆に言えばそれさえ我慢すれば、何とかなる。
なかなか難しいところではあるが。
「……貴方、寝返りじゃないでしょうね?」
「寝返り?」
「極限環境でおかしくなって、機械側を崇拝するようになる人間が偶に居るから」
「……違う。俺は、普通に生きてきただけだ」
「それはそれで、どういう精神構造なのやら」
「放っておいてくれ」
少女は口が減らなかった。それでいて、謎の既視感のせいなのか。何故か会話が続いた。
「……貴方の処遇は、後で考える。今は、この街を調べるのが優先」
そう言いながら、少女は飛行ユニットから剥ぎ取った布をマントのように身体に巻き付ける。
「そうか。気を付けてな」
「協力は?」
「する義理がどこにある?」
「身の安全を保証する」
「何からだ?」
男にとって、会話の相手が居なくなるのは惜しかったが。だからといって何をしようとしているかも分からない人間に付き合えはしなかった。というよりも、無意識に少女を引き留めようとしていたのかもしれない。
「あの『天使』から」
「アレは何もしていないぞ。俺も、時々街を出歩いてる」
「……は!?」
カクン、と顎が外れたような驚き方で。ブラウニーは一瞬止まった。
「いえ……そこから、まず変なのか」
そして、何かを考え始める。
「どういうことなんだ?」
「あの天使が、本来何をするものか、貴方は知ってる?」
「……死人を蘇らせてるんじゃないのか?」
「そんなことは、奇跡でも無い限りできないわ」
「じゃあ、何をするものなんだ?」
「あれは、見た目の通り、人間を天国に連れて行く機械なの。この街の人間を全て『処理』したなら、他の街に移っている筈。そうでないなら、そう活動する筈。それが、ああして何をするでもなく浮かんでる」
「壊れたんじゃないか?」
ブラウニーは首を振り、否定する。
「……最初は、街の『人質』にしているのだと思ってた。でも違った。多分、あの天使の働きが、何かの要因で阻害されている」
「……阻害?」
「というよりも、『拮抗状態』にある、と考えるべきなのか。あの天使にも、何が起こっているのかわからない。だから、ああして彷徨いている……んだと、思う。多分」
「推測だらけだな……」
「仕方ないでしょ!街に辿り着いて早々にジャミング撃たれて墜落したんだから!」
「それで、その『何か』ってのは、何なんだ」
「それを調べに行くって話をしてたんでしょ!『ユーロ』謹製のステルスが破られるなんて思わなかったんだから!」
ブラウニーはしまいには怒り出した。
「……わかった、わかった。調べ物には付き合う」
どう宥めていいのかわからず。結局、クリスピーノはそんなことを口にしていた。
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ブッシャリオンTips ブラウニー(仮)
J計画の落とし子。人工聖人。欧州の対得度兵器レジスタンス組織、『十戒(テン・コマンドメンツ)』に所属する。
彼女の設計図は元々、ある計画のために引かれたものであり、その由来から組織内では『魔術師(ウィザード)』と呼ばれるが本人はとても恥ずかしい。
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