第3話 保健体育にて

私が中学生だったころの話である。

小学校から中学校の9年間、学校で1言も話さない同級生がいた。

と書くと大袈裟な、障害?引きこもり?とか思うのだろうが違う。

彼は明るく、社交的である。

惜しくも同じクラスになったことはなかったが、休み時間とか合同授業では顔を合わせた。

彼は社交的であるがゆえ、私にも話しかけてくる。

正確には、ジェスチャーで会話を求めてくる。

笑うときも大袈裟なジェスチャー。

話しかけるときは、肩を叩いて来たり、手招きしてきたりと表情は豊富だ。


くどいようだが、彼は話せないわけではない。

私が彼の存在に気付いたのは、小学校の高学年になってからだ。

体育などの合同授業で顔を合わせるようになり、話す?仲になったのだ。

彼はやんちゃな面もあり、授業中、休憩時間、悪ふざけをするような元気のいい子供であった。


だが、しゃべらない。

先生が嫌いとか、女子が苦手とか、ではない。

ただ、しゃべらないだけなのだ。


他人にも積極的に声を掛ける、発声はしないが。


そんな彼の肉声を中学校3年生のときに1度だけ聞いたことがある。


彼と同じクラスメートによると、授業中もしゃべらないらしい。

先生に質問されても、ジェスチャーで『わかりません』とやるようだ。

ポリシー貫いているのだ。

しかし彼にとってもっとも難関なのが、順番で回ってくる国語などの教科書読みである。

このときばかりは、ボソボソと読むらしいのだが聞き取れないくらいの声で読み上げるらしい。

先生も、そういう生徒だと認識しているのだが、

この時は合同授業で担当教員が違っていたのだ。


彼は、いつもと違う環境にテンション高めである。

自分のクラスに隣のクラスが合流する、全力でウェルカムジェスチャーである。

授業が始まると窓際の席で空を眺めたり、目の合ったヤツに手を振ったり楽しそう。

予定外だったのは、保健体育の授業に、まさかの教科書読みがあったことだ。

全力で授業に参加していない彼に、その教員は容赦なかった。

「どうして読まないんだ!」

相当おかんむりである。

「…………」

一切無言で教員と目を合わさない彼。

この一方的なやりとりが数分続いた。

「いいかげんにしろ!この野郎!」

彼は、教科書をパタンと閉じた。

テコでも読まない気だ。


授業中断、どうなるのか?

「なんとか言えないのか?先生と話したくないのか!」

教台を叩いて怒る教員、ついに彼の机の前にツカツカと歩み寄り

「しゃべりたくないのか!」

「…………はい…………」

普通のテンションで一言「はい」

そして何事も無かったかのように着席した。

(そっか、あんな声してたんだ……)

みんな同じようなことを考えていたに違いない。

彼の声は、超低音で顔からは想像できないほどの低い声であった。


今思うに、コンプレックスだったのではなかろうか。


『File No3 無口だけど社交的な同級生』

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