第十三回 禁断の技。
いきなり小言をひとつ。
電車の中で、映画『真田十勇士』の宣伝広告を見て唖然としました。
「大島優子さん、貴方がもっているそれは一体何ですか?」
明らかに「弓」ですが、やたら短いし、反りは太鼓橋型だし、弓のど真ん中を握っています。ですから、少なくとも和弓ではありません。
しかも、弦をどうやら人差し指と親指で挟んで引いているように見えます。
和弓は親指の根元に弦を引っ掛けて、弓の右側に矢を置く『蒙古式』、アーチェリーは人差し指と中指で弦を引き、その指の間に矢を挟んで、弓の左側に矢を通す『地中海式』ですが、そのいずれでもありません。
恐らく、弦を摘むようにして引く未開部族にありがちな『ピンチ式』の変形でしょう。日本でも「四半的」という独特の弓術ではその引き方をしますから、完全におかしいとは言いません。
しかしながら、ピンチ式では顔の後ろ側まで引くのは稀です。というより、摘むだけだと弓の力が弱くなければそこまで引けません。
それ以前に、真田信繁の時代の武士が架空の弓を所持しているのはいかがなものでしょうか。
もう弓を舐めているようにしか見えないんですが、ちゃんと説明はあるのでしょうね?
*
あまりのことに動転してしまいましたが、落ち着いてまいりましょう。
本講座では弓全体を扱うつもりでしたが、前回までのものを読み返すと、さすがに自分のホームグラウンドである弓道の話が中心になっております。他の弓は自信もって説明し切れないことがよく分かりますね。
そして今回のテーマは、その弓道の「グレーゾーン」になります。
第三回の講義で自転車流鏑馬の話を致しましたが、そこまでやると当然のことながら、
「じゃあ、走って弓を引くことはできるのか」
が気になります。
はい、何でしょう?
「まさか実際にやったのか」ですか?
それはもちろん、実体験ですとも。
皆さん、だいぶ慣れてきましたね。先生は嬉しいです。
高校生の頃、道場の後ろから前に歩きつつ離れてみたことがあります。しかしながら、狙いがまったくつかないので、ほとんど中りませんでした。ですから、
「これは意味がないんじゃないの」
と、当時は結論付けたのですが、それが甘かった。
「走って的に中てる人」というのは、実在します。
正確には「中てるために走る人」ですが、最初に見た時には驚きました。
大学生の大会で、射位で弓を引いている人が的に向かって走り出すことがあるのです。正式名称かどうか分かりませんが、私の周囲ではこれを『踊り』と呼んでいました。
弓道をやっていると、会に入ったところで中るか外れるか分かってしまうことがあります。別に特殊な能力ではなく、
「あ、右の拳に力が入りすぎた」とか、
「左の肩根が伸びない」とか、
「緊張で震えがとまらない」とか、
そんな程度のことなのですが、勝負の最中の大切な一本ですから、そうなるとなんとかして中てたくなるのが人間心理というものです。
よくやってしまうのが、的の少し前に狙いをつけて、右の拳を固定し、左腕を強く振りながら矢を放つ方法です。いわゆる『振り込み』というやつで、上体まで勢いで右から左に振ってしまう場合もありますが、これはまあ、可愛いレベルの『踊り』です。
他に、左腕をまっすぐに固定して、身体ごと的に向かって押し込むやり方があります。この時、勢いよく前方に身体を押し出すわけですが、私は射場の外まで飛び出した方を目撃したことが何度かあります。
この『踊り』、やる時には絶対に外してはいけません。
踊って外すと「ただの馬鹿」にしか見えないからです。
弓道教本には基本的な引き方が記載されていますが、足を動かすなとは書かれておりません。また、私が学生だった当時の競技規則には「射位から動いてはならない」という規定はありませんでした。そのため、別に違反ではなく中りは中りなのですが、教本や規則に記載がないからといって、やってよいことにはならないのです。『踊り』は大学生の弓道でしか見られない禁断の技で、一般の大会でそれをやると審判の先生から大変に怒られます。
私自身も、
「さすがに『踊り』は、弓道じゃないよなあ」
と考えておりましたので、自分でやりたいとは思いませんでしたが、勝負がかかった一本のときに踊りたくなる心情は理解できます。足踏みを変えたり、矢を弦につける位置を上下させたりは、普通にしますからね。
この『踊り』、しかも一度成功してしまうと、次の時もまたやりたくなってしまうんですよね。それを繰り返していると、それこそ普通に引くことができなくなります。
向かう先は冥府魔道、いやもう大変です。
( 第十三回 終り )
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