第九回 弓はどこまで威力があるのか。

 次は「矢のお値段」の予定でしたが、「弓の武器としての有用性」という質問がありましたため、こちらを先にお話しすることに致しました。


 *


 和弓は武器です。元は戦争の道具です。現代高校生が使っている弓でも殺傷能力はありますので、安易に使って良いものではありません。


 それでは、どれだけのことが和弓で可能なのかを今回はお話ししたいと思います。


 漫画『マスター・キートン』に、ボウガンの話が出てきます。

 その中に「ボウガンは矢を二キロメートル近く飛ばすことが出来る」という記載があり、かなり驚きました。物理の世界ですから、遠くまで飛ばせるということは威力も相当にあります。

 和弓はどうかと言いますと、単純に矢を遠くに飛ばすだけならば現代人でも三百メートルぐらいは可能だと思います。

 昔は矢の飛んだ距離を競う「射流し」というものが行われておりまして、そこに残されている最高記録は一九三八年に矢師の曾根正康さんが出した三八五メートル強です。武士の場合、恐らくはさらに遠くまで飛ばせたと思いますが、記録はありません。

 ただ、遠くに飛ばすためには軽い矢を用いる必要がありますので、中った時の威力が落ちます。

 逆に威力を優先して戦闘に使用する先端が刃物のように尖った征矢そやを使うと、重いのでさすがに飛ばなくなるでしょう。


 それに、狙ったものに中てることを考えると、有効射程距離はさらに短くなります。いくら遠くまで飛ばす威力があっても、中らなければ意味がありません。

 近距離競技である近的では、的までの距離が二十八メートル、的の大きさが直径三十六センチです。矢の長さを約一メートルと考えれば、三角関数でどのくらいの誤差が許容範囲か計算可能ですが、面倒なのでここでは大雑把に「手元が一センチずれれば、的から外れるもの」としておきます。

 一センチ以内の誤差――修練しないと中るわけがありません。矢の直径が七ミリから八ミリですから、それ以上の誤差は的中には命取りになります。

 さらに、現代行なわれている長距離競技の遠的は「六十メートル先にある直径一メートルの的」を使用します。さらに数字がシビアになりました。一メートルというのはだいたい頭から胴体までの縦の長さです。手足に中てても意味がないという意味かもしれません。

 この六十メートル先にある直径一メートルの的に果たしてどれぐらい中るのか。

 私が見たことがある遠的の公式記録では、大阪府の野中秀治先生が遠的大会の一位決定戦の際、延々と中て続けたものが最高だったように思います。当然、相手の方も中て続けたはずですが、その方のお名前はすっかり忘れてしまいましたし、どれぐらい続いたのかも記憶にございません。驚くべき本数だったことだけは覚えています。

 武士ならば、六十メートル先の一メートルの的でも楽勝だったのではないでしょうか。


 遠くにある的に中てた記録として名高いのは、『平家物語』に出てくる那須与一の扇の的の逸話です。

 海に浮かんだ舟の上、竿の先に括りつけられた扇に中てたというものですが、距離が伝わっていないようなのでどれぐらい難しいことだったのかは定かではありません。

 近的で、余興として扇の的を使ったことはあります。これはまあ、なんとか中る。

 仮に現代の遠的に等しい六十メートルだったとすると、扇は小さすぎます。武士でも中てるのはまず無理。それに的中させたのですから驚きです。

 これを調べていたところで、前述した源義経の「軽い弓」の出典を見つけました。同じく『平家物語』の屋島の合戦でのことでした。


 次に、どれだけの貫通能力があるのか、という点です。

 昔の鎧兜には、矢が貫通した後の残っているものがあります。つまり、武士であればそれぐらいのことは出来たと考えるべきでしょう。


 では、現代人の弓ではどこまで可能か。


 直接本人から聞いた話ではあるものの、いろいろと差しさわりがあるので詳細はぼやかします。

 要人警護を職業としている方が、その職業の一環で「車に乗っている場合に、和弓は脅威となり得るか」を試したそうです。

 具体的には車に向かって実際に矢を射てみた訳ですが、ドアの部分を貫通させることは出来るとのことでした。

 しかし、和弓を持った狙撃手というのは目立って仕方がないので、有用性はあっても実用性はないに等しいのではないでしょうか。


 ( 第九回 終り )

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