第十回 弓道のお値段。(その二)

 第八回は「弓道全体にかかる費用」の話をするつもりが、「弓」の話だけで終わってしまいました。


 < 矢 >


 さて、今回は「矢」のお値段のお話ですが――大変申し訳ございません。また長くなります。

「なんでやねん、ただの棒やないんか?(河内弁)」

 という声が聞こえてきそうですが、いえいえ矢には弓以上の魔物が潜んでいるのです。

 ともかく、矢の素材のお値段をパーツに分けて価格を見てみましょう。価格は例によって小山弓具の通販を基本とします。


 本体部分の「」ですが、こちらは安い順に「アルミ」、「カーボン」、「竹」が使われています。

 アルミの矢は、完成品の六本セットで一万五千五百五十二円です。これがカーボンになると、完成品の六本セットで二万三千九百七十六円になります。

 アルミとカーボンの違いは、カーボンのほうが曲がり難くく耐久性があるという点です。

 では、初級者にとって一本当たり千円以上の差に意味があるかというと――これは意味がありますが、入部したてのうちからカーボンを使えとは言いません。

 むしろ、できるだけ学校の備品を使って自分では買わないようにしたほうがよいでしょう。極めて勿体ないので。

 矢が地面を摺らないようになってから、自分の矢の購入を考えたほうがよいです。

 そして、その時には出来ればカーボン矢をお勧めします。

 なぜなら初心者が矢の曲がりを見極めるのは困難であり、僅かな曲りでも的中には大きく影響するからです。なるべく曲がり難い素材のほうをお勧めします。 


 では、竹矢のお値段はというと――これがなんと時価!

 天然素材の恐ろしいところですが、後で更に上の存在が出てきますので、驚くのはまだ早い。 

 竹矢は中級者の方にもお勧めしません。天然素材は手入れが十分でないと自然に狂いが生じます。

 ただし、竹矢の場合は補修することが可能なので、長期間大事に使うのであれば竹矢をお勧めします。


 先端につける「やじり」と、弦との接点になる「はず」については、何を付けてもそんなに価格は変わりません。

 アルミ製の「やじり」やプラスティック製の「はず」は百円以下。

 水牛の角製の「はず」で三百円台です。

 これについては製品の質に中り外れが多く、特に「はず」は誤差が大きく、同じ店の同じ規格品を買ったはずなのに溝の大きさが違うことが昔はありました。

 そのため、本気の選手は多めに買ってその中から選ぶか、自分で溝を切って調整していました。


 さて、問題は矢の「羽根」です。


 初心者用の矢の多くには七面鳥の羽根が使われています。

 アーチェリーのように樹脂製の羽根を使わないのは、和弓が頬の後ろまで弦を引く射法だからでしょう。

 弦を離した時、矢の羽根は頬をなでて飛んでいきます。そのため羽根が樹脂製ですと、どんなに柔らかくしても繰り返すと痛い。それに柔らかすぎるとすぐに壊れてしまいます。

 鳥の羽根という天然素材は、その点で実に優れております。空を飛ぶ前提で進化してきたからでしょうか。


 そして、この羽根に魔物が棲んでいます。


 昔は高校生の矢でも普通に「犬鷲の手羽」が使われており、七面鳥なんか見たこともありませんでした。

 それが今では、犬鷲の羽根を使ったアルミ矢でも、七面鳥のものの二倍のお値段で売られています。

 これは一九七三年に締結された「ワシントン条約」の影響でして、日本も一九八〇年に締結国となって以降、矢羽根に使われていた「犬鷲、尾白鷲、大鷲」の取引が難しくなりました。

 犬鷲はまだぎりぎりセーフのようですが、尾白鷲と大鷲の羽根は現在では売買自体が禁止されております。

 条約発効以前に加工されたものは規制の対象外なので、弓具店に在庫品で残っているものはありますが、これがとんでもない価格になっているようです。

 実際の取引例を探してみましたが、ちょっと見当たりませんでした。そのため私見で恐縮ですが、少なくとも矢四本分のセットで十万円は下らないと思います。

 しかも、これは「羽根だけ」のお値段です。

 最高級品の「大鷲、尾羽、石打」ともなると美術品に近く、とてももったいなくて矢羽根には使えません。

 保護動物ですから仕方がありませんが、猛禽類の風情のある羽根の文様が見られなくなるのはちょっと残念です。


 ( 第十回 終り )

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