第十一回 一度に複数の矢を射るには。

 最近、「タウンワーク」のCMを見て仰天した作者でございます。

 しかも「ホンダ・スパーダ」のCMに落胆していたところだったので、余計に驚きました。

 いや、本当にすごい。未見の方にはネットで検索して見ることをお勧めします。細かい点はさておいて、おおむね間違いのない弓道が見られます。

 どうやら「東京都学生弓道連盟に属する某大学の現役弓道部員」を起用したらしいのですが、あそこまで正面から弓道を扱って頂けると「タウンワークを買おうかな」という気にもなります。

 無料ですが。


< 補足 >


 「ホンダ・スパーダ」の弓の引き方と「タウンワーク」の弓の引き方の違いについて質問がありましたが、決定的なポイントは、左肩、左手親指、離です。

 以下、ホンダ・スパーダのお嬢さんの問題点ですが、

・左肩が詰まって右肩より少々上がっています。

・左の親指の根元が押し負けて曲がっています。

・離の際に、反時計回りにひねっていた右拳を時計回りに解いています。

 いずれも初心者が弓を引いた時によくやってしまう引き方でして、最後に伸び切れない「勝手離れ」ですから、矢は的に向かって右側に外れているはずです。

 タウンワークのお嬢さんは、以上の点がすべて整っております。ただ、いわゆる「サル腕」なので微妙に癖のある引き方になっており、標準とは少しだけ見た目が違いますので、ご注意ください。


 *


 さて、今回扱うのは「一度に複数の矢を飛ばす」表現の実現可能性です。


 小説やアニメで「弓の名人」が出てきますと、大抵は「遠距離からの正確な的中」で度肝を抜くか、「一度に複数の矢を放って、複数の敵を倒す」ことで味方の危機を救うのが定番になっております。

 ですから、「できるんじゃないの」と思われている方は割と多いのではないでしょうか。もちろん、作者も「できるんじゃないの」と考えていた時期がありました。(遠い目)


 はい、何でしょう?

「まさか、実際に二本同時につがえたのではあるまいな」ですか?


 その「まさか」でございます。一度に二本の矢を番えて放ってみたことがありますが、結果は散々なものでした。

 中てるどころか、真面に前に飛ばすことができません。一本はなんとか的方向に飛ばせても、もう一本の制御がまったく効きません。

「なんで? アニメでは簡単にやっているのに」

 と思いまして、その成立条件をよく考えてみることに致しました。


 まず、物理法則を考えてみます。

 弓が矢を飛ばす運動エネルギーは、一本だけ飛ばす時よりも二本飛ばす時のほうが、一本に割り振られるエネルギーの量は小さくなります。

 弓は百パーセントのエネルギーを矢に載せている訳ではないと思いますので、単純に二分の一にはならないはずですか、ともかく飛びにくくはなります。

 これを回避するためには、単純に考えればエネルギーの総量を増やせばよい。つまり、複数の矢を射る時に、普段よりも強い弓を用いれば問題は解消できます。

 ちょっと横に逸れますが、昔「パーマン効果」というものがありまして、正義の味方のパーマンは繋がって飛ぶと人数に比例して速度が増しました。

 子供心に「そうなんだ」と感心したものですが、今考えると赤面ものです。ある質量のものをある速度で飛ばすことができるエネルギーを集めても、同じように質量が増加すれば速度は増えません。

 むしろ、風の抵抗で遅くなる可能性があります。

 それはともかく、弓の強さが増せば二本の矢を一本の時と同じように飛ばせます。

 なので、まずは一安心。


 次に、狙いを考えてみましょう。

 まず、「二本の矢を同じところに飛ばすだけならば、なんとかなりそうだ」と思う人は手を挙げて下さい。


 結構いますね。


 結論から先に言いますと、「違った方向に飛ばすほうがはるかに簡単」です。

 前に述べたように、弓は手元で数ミリずれただけでも、的前では数センチのずれになります。

 従いまして、まずは二本の矢を完全に同じ方向にむけなければ、一緒に飛んでゆくことはありません。飛距離があればあるほど、僅かなずれは増幅されます。

 しかも、矢の筈を弦につける位置が上下に異なりますので、そもそも力の伝わり方が微妙に違います。それを補正しなければいけません。

 さらに弦が右手の指を離れた後、和弓の場合は上下の長さが異なりますから回転速度が微妙に異なります。それも補正しないといけません。

 なんだかんだで微妙な補正を大量にかけないと、二本の矢を同じ方向に飛ばすことはできないのです。だったら、初めから別なところに飛ばそうではありませんか。

 さて、前方には二人の敵が並んで立っております。その二人を狙うために、弦に矢を二本つけます。

 弓を垂直に立てて、それぞれの矢で狙いを――つけられる訳がない。

 縦に並んだ矢で横に並んだ的を狙うというのは、難しい以前に合理的ではありません。それをするならば弓を寝かせたほうがはるかに簡単です。

 しかし、アーチェリーならともかく和弓というのは弓返りが必要だから、弓だけ横にしたらそれが難しくなります。なので、射手も横になって頂きましょう。


 はい、何でしょう?

「まさか、射場に寝て弓を引いたことがある訳ではあるまいな」ですか?


 その「まさか」でございます。

 さすがに矢は一本だけでしたが、まあ、前に飛ばすことはできました。身体や腕のあちこちを床にしたたかにうちつけることになりますが。

 ということで、一度に二本の矢を放ちたい戦国武将の皆様は、戦場で大胆に寝そべって左右の敵を狙うことになります。

 まあ、確実に騎馬兵あたりの下敷きになりますわな。

 出来ないことはないかもしれませんが、少なくとも和弓でやるのは合理的ではありません。真面目に一本ずつ射るほうが安全です。

 では、弓返りを要しない洋弓ならどうでしょう。弓を横倒しにすることもできます。

「さあどうだ。これなら完璧だろう」

 次はどうやって狙いをつけるか、ですが。

 道場であれば的は動きませんが、戦場ともなれば的は自由に動きます。個々の動きにあわせて、手元の矢を自在に微調整できるように訓練しましょう。

 私が見た作品では、一度に三本飛ばしていました。負けてはいられません。

 敵は身勝手に動きますから、それにあわせて矢の角度を手元で、こう、調整してですね―― 


 はい、何でしょう?

「何だか、一本ずつ射たほうが確実だし、結果として速くないか」ですか?


 それもそうですね。おほほのほ。


 ( 第十一回 終り )

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