第十二回 弓道のお値段。(その三)

 やっと弓と矢の話が終わりましたので、後は出来る限り駆け足で紹介して参りましょう。深みにはまると大変に危険です。


 < ゆがけ >


 弓道で、和弓の弦を引くために右手に嵌めて使用する道具が「ゆがけ」です。鹿の皮で作られておりまして、しかも仔鹿のほうが皮が柔らかいために高価になります。


 奈良県の東大寺前で煎餅をあげるわけでもなく、じっと熱い視線で仔鹿を見つめている方がいたら、後ろからそっと忍び寄り、その耳元で、

「貴様、弓道愛好家だな……」

 と囁いてみましょう。八割ぐらいの確率で的中すると思います。


 右手に嵌めるゆがけには、ざっくり分けて「三つがけ」「四つがけ」「諸手がけ」の三種類があります。要するに鹿の皮で指を何本カバーするかの違いであり、一般的に近的的前では「三つがけ」が使用されています。

 四つがけは江戸時代に諸藩が名誉をかけて争った三十三間堂の堂射(別名、通し矢)で、強い弓を引く必要があったために生まれたものです。堂射を盛んに行ったのは日置流の中でも道雪派や竹林派と呼ばれる流派で、その竹林派の流れを組んで引き方を正面打ち起こしに改めたのが、本多利實氏が始めた『本多流』ですから、本多流では主に四つがけが用いられます。

 高校で四つがけを使うところは数少ないので、よく、

「年寄りになると四本指のゆがけを使うようになるのだ」

 と思っている人を見かけますが、そもそもは流派の違いです。

 さらに、完全な手袋である諸手がけになると、小笠原流の方が主に使います。


 横道ついでに、現代のゆがけの親指部分には木の型が嵌め込まれております。これは『堅帽子』と呼ばれますが、実はこれも堂射から生まれました。それ以前は皮を重ねただけの『柔帽子』――経験者の皆様には「ちょんがけ」といったほうが分かりやすいかもしれませんが、そちらが使われておりました。


 さて、やっと本題に入ります。


 この「ゆがけ」は、見た目が殆ど変らないのに二万円から二十万円までの価格差があります。

「やりたいことは一緒だから、別に安くてもよいのでは」

 と思うかもしれません。そして、高校の間だけ弓をやりたい方であれば、それでも構いません。最低限、他の人とゆがけを共有することがなければ、学校の備品でもよいでしょう。


 ただ、本気でやりたい方は、最初から五万円以上の投資を覚悟して下さい。


 弓道の他の道具は、言い方は悪いですが消耗品です。壊れたら諦めて他のものを使うしかありません。

 しかし、ゆがけは射手の生命線です。上級者になればなるほど、ボロボロの古いゆがけを大事に使っています。それは、ゆがけが馴染んでいるかどうかが射を大きく左右してしまうからです。

 高校から大学、さらには社会人まで弓道をやるかもしれないのであれば、ゆがけだけは最初から良い品質のものを購入すべきです。作者が珍しく、強くお勧めします。

 ゆがけの重要性については他にもいろいろ話したい点がありますが、長くなるのでここで止めます。


 ともかく、繰り返しますがゆがけはケチらないほうが良いです。後で泣きます。


 < 和服 >


 逆に、はっきり言って射に関係ないのが和服です。

 練習用には「白い弓道着と足袋、黒い袴と帯」の四点セットが必要ですが、合計で一万円ぐらいです。冬用と夏用がありますが、まあ、それも別に変える必要はありません。中に着るもので調整できます。

 それから女性の場合は忘れちゃいけない『胸当て』があります。弓を引く時、胸が和弓の弦の邪魔にならないように使うものですが、これがだいたい千円以下。


 そして、お約束の会話が、

「胸につけたそれ、何か意味あるの? 必要なの?」(親)

「いいじゃん、このほうがビジュアル的によくなるんだから」(娘)

 です。


 いやマジで。


 < 合計 >


 ということで、合計で考えてみます。


 高校の間だけ弓道がやりたい初心者向けの道具になると、以下の通りです。


 弓は、『直心Ⅰ』で、四万円弱。

 矢は、アルミの六本セットで一万八千円。持ち運び用の矢筒が三千円。

 ゆがけはまあ、三万円ぐらいでしょう。

 弓道着その他の備品類で一万五千円ぐらい必要ですから――


 合計すると、十万六千円。


 うわ、改めて計算すると高校生ではかなり痛い。

 しかもこれは初心者です。中級以上の場合を考えてみましょう。


 弓は、『直心IIスーパーカーボン』で五万円強。

 矢は、カーボンの六本セットで二万四千円。持ち運び用の矢筒が三千円。

 ゆがけは五万円以上を覚悟して下さい。

 弓道着その他の備品類で一万五千円ぐらい。


 合計すると、十四万二千円。


 高性能のノートパソコン一台分です。これで中級者よりちょい上。

 この先は怖いものみたさで、上級を計算してみましょう。(最上級ではありません)


 弓は竹弓『肥後三郎』の上作で、十五万円。

 矢は竹矢で、一本八千円の六本セットで四万八千円。これでも安いかも。

 ゆがけは『正澄』の一級品で十五万円を覚悟して下さい。

 弓道着その他の備品類で五万円ぐらい。


 合計すると、三十九万八千円。


 あれ、こんなもんだっけ?

 意外にお手頃と思った自分が怖い。


 ( 第十二回 終り )

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