第八回 弓道のお値段。

 ここまでは、弓道の技術的な側面や「外見をこうするとそれらしく見える」点を中心に、話を進めて参りました。

 ところが、先日頂いた感想の中に「弓道のお値段」についてのお話がありまして、ちょうどよいネタだと思いましたので有り難く使わせて頂くことに致しました。


 < 弓 >


 最初に「弓のお値段」から参ります。殆どの弓具店には通販があり、以下の価格はその値段です。

 初心者向けで最も有名な弓は、東京・神田の小山弓具が製造・販売する『実技』だと思います。某公共放送の某大河ドラマの中で、大層な様子で並べられている弓は、恐らくこの『実技』です。

 税込価格で二万四千八百四十円(並寸、以下同様)ですが、これを「初めての弓」として個人で購入する人はめったにおりません。

 この弓は学校の体育授業か、本当の初心者向けにしか使わないものでして、普通は学校が部費でまとめ買いします。普通に矢を飛ばせますし、見た目は変わりありませんが、性能はそれなりです。

 個人で初めて購入する弓であれば、同じく小山弓具の『直心じきしん』が一般的でしょう。ただ、これにはいくつかグレードがありまして、標準品の『直心Ⅰ』は税込で三万八千八百八十円です。

 これが最上級グレードの『直心IIスーパーカーボン』(名前がなんだか中二病臭くなって参りましたが)になると、税込で五万二千九百二十円になります。


 果たして、この約一万四千円の価格差にどれだけの意味があるのか?


 ぶっちゃけ、中級者であればさほど違いは出ません。無理しなくてよいです。高校の間のお楽しみと割り切るのであれば、カーボン素材は必要ありません。

 ただ、本気で百射百中したい方には『直心IIスーパーカーボン』をお勧めしますし、さらに極めたい方には受注生産品の『鵠心こくしんアーチカーボン』、税込七万五千六百円をお勧めします。

 それにしても、ラスボス臭漂う名前です。『鵠心アーチカーボン』――波動すら出ていそうな感じがします。

 ちなみに筆者が学生時代に主に使用していたのは、

 ・小山弓具の『直心カーボン』

 ・熊本市のタカハシ弓具が製造・販売する『肥後蘇山ひごそざんカーボン』

 でした。これも合体して『直心蘇山ダブルカーボン』になりそうな名前です。

 素材が安いグラスファイバー弓は、安いが性能はそれなりで、反発力がないので手応えが甘めに感じられます。

 グラスファイバー弓にカーボン素材を追加したカーボン弓は、耐久性および反発力に優れています。

 なにより合成弓は、お手入れが簡単で壊れにくいので、中級者や学生向けによく使われます。

 さて、実はここまでが序の口です。まだ合成弓の話しかしておりません。

 そして、普通の方ならば「手入れが簡単で壊れにくいのなら、もうそれでよいのでは」と思うのではないでしょうか。


 いやいや、それが甘いのよ。(ちっちっちっ)


 これから先は『味わい』や『官能』の問題になります。

 一歩進んだところに、木と竹の間にカーボンを挟んだハイブリットな竹カーボン弓、『清芳』(税込で九万七千二百円)があります。

 まだ理性的な「性能重視、効率重視」の世界に踏みとどまっていますが、それでも自然素材が柔らかく手元の振動を吸収するという、官能の世界が体験できるようになりました。

 そこから一線を越えて「手入れが面倒で、雑に扱うとすぐ壊れる」という、面倒臭い恋人のような竹弓の世界に入りますと、最低ランクでも軽く五万円を超えます。

 標準品であれば八万円以上。それでやっとブランド弓の『一燈斎いっとうさい』や『大菴聖心だいたんしょうしん』に手が届くようになりました。

 このクラスの竹弓でも「湿気に弱い深窓の御令嬢」のように、守ってあげたい存在です。

 ところが、その上の十二万超の世界には『小倉紫峰おぐらしほう』『横山黎明よこやまれいめい』『肥後三郎ひごさぶろう』という高級ブランド弓が控えております。

 五段以上の審査に望むのならば、さすがにカーボン弓なんか使っている場合ではありません。このクラスを使いたくなるものです。(繰り返しますが、性能の問題ではありません)

 さらに十五万円超の世界には天然接着剤『ニベ』を使用した、最高級のニベ弓が控えております。こうなるともう「嫉妬深くて暑さに弱い公爵夫人」並みの面倒臭さで、放置すると元に戻すのが一苦労です。


 で、これで最後かと思うとそうでもない。


 受注生産品というマニアの世界がさらに上にあります。

 代表的な例が、弓全体をとうで巻き、その上から漆で塗り固めてしまうという、緊縛の極致『重藤弓しげとうゆみ』――もはやSMです。

 こうなるとお値段も相当なものになりますが、私が実物を触らせて頂いたことがある最高級品は、全面漆塗りの弓で三十万円でした。いやもう、怖くて私には引けません。

 幸いなことに昔の和弓は竹と木で出来ておりますから、現代までそのままの姿で保存されている例は稀です。ですから刀ほどアンティーク市場が成立しておりませんが、有名な古弓はあります。

 中でも「雁金かりがね」や「柴田勘十郎」は、狭い世界の中では超有名です。霊でも宿して「外さずの魔弓」として小説に登場させたいぐらいです。

 実際に使用可能な形で流通していたら、どこまで値段がつくのか分かりません。お好きな方は壊れていても相当な金額を出すことでしょう。


 恐ろしいことに弓だけで一回分の分量を超えました。


 ( 第八回 終り )

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