第二回 和弓とアーチェリーの違いは何か。

 単に「弓を思い浮べて下さい」と言われた場合、日本人であれば「和弓」か「アーチェリー」を思い浮べるのではないかと思います。

 今回は、この二つの弓の違いについて説明をしますが、まず最初にはっきり言っておきたいことがあります。


 勝負の条件が同じ場合、和弓はアーチェリーに的中精度で勝つことはできません。


「弓道愛好家が、いきなりなんてことを言うんだ」

 と思われるかもしれませんが、残念ながらそれは弓の構造上の問題なのです。

 まず、西洋のアーチェリーは、長い歴史の中で弓自体を作り変えることで進化してきました。アーチェリー自体が完成された兵器であり、「人間が邪魔をしなければ、必ず中る」ようにできている武器です。

 日本の和弓も同じく、長い歴史の中で進化を続けてきた兵器ですが、決して変わらなかったことがあります。和弓は「人間が何もしないと、殆ど中らない」ようにできているのです。

 さて、この時点でかなり戸惑っている方が多いと思います。

 武器である和弓が、そもそもそれ自体完成された兵器ではない。これを説明するためには図示したほうが分かりやすいので、少々無理をします。


 以下、和弓を上から見た状態と考えて下さい。


 A■

  ■

 C■←上から見た和弓の断面    B□←弦

  ■

  ■


 これを「弓を引いた状態」と考えて、弦を離します。


 A■

  ■

 C■   B□←弦

  ■

  ■


 和弓の断面の一番上にあるA■と、弦であるB□、弓の中心であるC■を直線で結んだ場合、弦を離した状態のほうが「角度ABC」が大きくなっていることが分かると思います。

 そして、直線ABが的に向かう矢の方向になります。弦を離した途端、弓の幅の分だけ矢はずれて飛んでいくことになるのです。


 そこまではお分かり頂けましたか?

 

 アーチェリーは、この「アーチェリー・パラドクス」と呼ばれる問題を、


 A

  

 C    B□←弦

  ■

  ■


 という方法で回避しました。つまり、矢の通り道から弓を取り除いた訳です。

 ところが、和弓はこの方法を採用せずに、以下のような解決策を取りました。


 A■   B□←弦

   ■

   C■

     ■

      ■


 弓自体を的の方向に傾けることで、この角度を解消しようと試みたのです。

 和弓ではこれを「弓返り」と呼んでおりますが、矢が飛んでいった後、弦は左拳を回り込んで左腕の外側で止まります。


     A■

     ■

   C■

   ■

  ■   B□←弦



 どうしてアーチェリーのように弓の左側を湾曲させなかったのかは、分かりません。

 日本人は「道具を改善して完璧にする」より、「使う人間が身体能力で補う」方向に改善するほうが好きだった、ということかもしれません。


 それはともかく、和弓を扱う場合に「弓返り」の表現は必須です。


 ただ、戦場ではいちいち「弓返り」させていると時間が勿体ないので、例外的に「打ち切り」という方法で弦を途中で止めていました。

 その名残が「手ぐすねひいて待つ」という表現で、くすねというのは松脂の脂分を抜いたものを指しており、いわば滑り止めのことです。


 ( 第二回 終り )

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