第三回 弓道愛好家が高い確率でやること。

 今回はちょっと趣向を変えまして、弓道愛好家がかなり高い確率で試みることで、あまり人には言えないものを紹介します。


 < 火矢 >


 バルセロナオリンピックの聖火台点火シーンを覚えている方は、どのぐらいおられるでしょうか?

 あの大会では、アーチェリー選手が先端に聖火を灯した矢を放ち、聖火台に点火するという弓道家垂涎の出来事がありました。

 これについては、

「矢で点火していない。実際の矢は聖火台を越えて裏に飛んで行った」

「失敗すると大変なので、ワイヤで誘導されていた」

 などの、真偽の分らない裏話がネットで流れておりますが、アーチェリーの性能から考えると「聖火台まで到達させる」こと自体は、練習すれば問題なく出来るものと私は思います。

 むしろ問題は「火」のほうで、こちらはちょっと信じ難かった。どうして火がついたままで矢が飛んで行ったのかが分かりません。

 よく海上での戦闘を映像化した作品では、矢の先に火をつけて飛ばす場面が出てきますが、実際にこれが可能かというと頭を捻ってしまいます。


 はい、何でしょう?

「何でそう思うんだ? まさか実際にやったのか」ですか?

 それはもちろん、実体験ですとも。


 矢の先端に布を巻き付けて、そこに灯油を染み込ませて火をつけて実際に飛ばすことぐらいは、昔の高校生であれば大体やっているはずです。


 はい、そちらの方。

「私はそんなことはやっていない」ですか?

 おかしいなあ。


 もちろん今の人には決してお勧めしませんよ。大変危険ですし、バレたらかなり怒られますので。

 それはともかく、実際に布を巻き付けて灯油を染み込ませた矢は、完全にバランスが崩れています。

 矢の重さや重心は飛び方に大きく影響します。遠距離競技(遠的、六十メートル)と近距離競技(近的、二十四メートル)では当然のように別な矢を使いますし、自分で重心を変更することもします。

 ですから、布を巻いた時点で的中は殆ど捨てたも同然でして、飛ばすだけで精一杯です。

 しかも、矢というのは現代の高校生の和弓でも百八十キロ程度の速さで飛びますから、灯油程度の燃焼物ですと矢の飛ぶ勢いで火が消えます。

 バルセロナオリンピックの時は矢の速度が控え目でしたから、燃焼性能の高い可燃剤を使って弱い弓で速度を落として放ったのではないかと推測しておりますが、実際の戦争ではどうでしょうか。

 村上水軍の時代であれば、使っていたのはせいぜいが菜種油か鯨油でしょうから、まあ、昔の戦争で火矢というのは、さほど実用性が高いものとは思えません。

 意外に、やれば出来ると思い込んでいる人は多いようですが。


*追記します。

 後日、「火矢はに布を巻き付けるのではなく、かぶら矢の目に詰めていた。火力がないところは矢数でカバーしていた」という連絡を頂きました。確かにそれであれば、成功する割合は低そうですが「火矢に意味はない」と言い切る訳にはいきません。情報、有り難うございました。


 < 流鏑馬やぶさめ >


 流鏑馬というのは、馬に乗って弓を射るやつです。たまに神社でやっていますね。

 正式なものは小笠原流の方か、武田氏の流れをくむ方しか出来ません。そもそも馬に乗るところからして大変です。

 ですから、自転車で試みたことがあります。

 もちろん、自分で自転車をこぎながら弓を引くのは無理ですから、他の人に自転車をこいでもらい、後ろに乗ってやってみました。


 はい、そちらの方。

「それも普通はやらないのでは」ですか?

 おかしいなあ。


 それはともかく、これが意外に難しい。

 止まった状態で止まった的に中てることも大変なのに、動いている状態で狙いを定めるのはさらに大変です。昔の武士はよほど修練していたのでしょう。


 それに、的は常に進行方向の左側にないと対応できません。

 第二回で説明した通り、和弓は弓返りをさせて的中精度を高める方式をとっています。

 そして、和弓は利き腕がどちらであっても、常に左手で弓を持ち、反時計回りに弓を回転させます。

 ですから、進行方向の左側に的があれば、弓返りをさせる反時計回りの方向へ狙いを定めることになります。

 ところが、進行方向の右側になると、まず弓を引く姿勢に無理が出ます。上体を大きく捻らないと狙えません。

 さらに、接近するほど弓返りとは逆の時計回りに目標物を捉えなければいけないので、弓返りが緩む可能性が高くなります。

  

 そこで、これをお読みの皆様には耳寄りな情報があります。

 逆に、和弓を持った敵に襲われた場合は、相手に向かって左方向に逃げれば生存確率が飛躍的に向上します。


 はい、そちらの方。

「耳寄りと言われても、そもそも和弓で命を狙われることがないのでは」ですか?

 それはそうですね。


 ( 第三回 終り )

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