ごく当たり前な日常 十六

 龍園りゅうえん


 少し寒さを感じる深夜の中、龍園の店主である片桐かたぎり金次郎きんじろうは黒い字で龍園と書かれた紫色の暖簾を外している最中であった。


 龍園の閉店時間は午前1時となっている為、暖簾を片していた。


――蒼次郎そうじろうにこの暖簾を初めて見せた時、「趣味がわりーな」って言われたっけか。


 暖簾を片している最中、金次郎は息子である片桐蒼次郎の過去の思い出を振り返っていた。


 そしてふと、ここ最近の蒼次郎の言動について金次郎は考え始めた。


――何があったか知らねーが、アイツ何考えてやがんだ。


 親であるがゆえに、金次郎は気が気でなかった。息子が何を考えているのかと。


――最近この街の空気がわりー気がするが、何か関係が……そしてこの街以外にも。


 元殺し屋である勘なのか、金次郎はここ最近自分の住んでいる街に違和感を感じていた。だが、金次郎にとって、そんな違和感を感じるのは今回だけでなく何度もあった。


 その勘は外れることはなく、それを感じた時には決まって何か事件や葛藤などが生じている。


 引退したとはいえ、殺し屋をやっていた頃の感覚は衰えていなかった。


 そして、違和感と最近不自然な行動をする蒼次郎と何か関係があるのかと金次郎は推測していた。


――……まぁ……もうアイツは餓鬼がきじゃねーしな、自分のことは自分でするだろう。


――それに、この街に何があったとしても、それがこの街の、『ごく当たり前な日常』に過ぎねーからな。


 自分で自分を納得させると、暖簾を担いだ金次郎は店の中へと戻ることにした。


 金次郎が店の中へ戻ろうとすると、左横からこちらへ向かって歩いて来る気配を感じた。


 金次郎は気配を感じた方へと顔を向ける。


 灯りが殆どなくハッキリとは見えないが、金次郎はその人物のシルエットで誰なのかを特定した。


――……来たか。


 金次郎はまだ知らない。


 その人物との接触に、とても深い意味があることを。


 そしてその人物が、金次郎が感じていた違和感の起因である『張本人』であることを。


――こんな老いぼれを休ませてくれねーとは……眠くなっちまうよ。

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