ごく当たり前な日常 一

 千葉県某所 とある酒場


「コイツを殺してほしい」


 黒髪のショートヘアで紺色のビジネススーツに身を包んだ男、佐藤さとう雄二ゆうじは小声で言った後、今目の前にいる男に一枚の写真を渡した。


 此処 ここは千葉の西の街の外れにある酒場龍園で、この店で話したいと、佐藤はこの男の紹介で店に入った。


 何処どこにでもあるような普通の酒場で、落ち着いたオレンジ色の光で包まれている。左がカウンターになっており席は八席ある。入口近くの二席は埋まっており、右側に三つほど個室がある。


 男は三つの内一つ空いている最奥さいおうの個室に佐藤を誘導した。


 佐藤はそこで今目の前の男。片桐かたぎり蒼次郎そうじろうにある依頼をし、談議している最中である。


 年齢は三十代前半ぐらいで、身体からだを鍛えているのかガタイが良く、金髪でワイルドな風貌な男だった。


「コイツを殺せばいいんだな?」


「おいおいもう少し小声で喋った方がいいんじゃねーのか? 誰かに聞かれちまったら……」


 佐藤は慌てて片桐に言ったのだが、何故なぜか片桐は笑って返答した。


「ハッハッハ!! そうだな。お前にはまだ言ってなかったが、この個室部屋の壁は防音になっていてな。少し大きな声を出しても俺達の声は聞こえないんだよ」


「そ、そうなのか?」


――そういうことは事前に話しておけよ。


 佐藤は開始早々片桐に対して不満を覚えたが、この想いは心の中で止めて置くことにした。


 佐藤は片桐という男に対して貴賤きせん上下をあまり気にしない。寧ろ気にしてはいけないと強く意識している。


 その理由は今目の前にいる男が『プロの殺し屋』だからである。


 その為佐藤の考えは片桐の怒りを買えば、自分が殺されるんじゃないかと恐怖に脅え、片桐の偉そうな態度を許している。


 すると片桐は佐藤に質問する。


何故なぜコイツを殺したいんだ?」


 佐藤は待っていたかのように、躊躇いも無く片桐に話す。


「コイツは……」


 佐藤は殺意を抱いだいてる人物の関係、そしてどういった理由で殺したいのかをは片桐に話した。


「成程な、大体話は分かった」


 片桐が話を理解してくれたことを確認した。


「じゃあ頼んだぞ。約束通り、依頼が成功したら、指定の口座に、二百万振り込んでおくよ」


 佐藤は話が終わったと思い、席を立とうとした瞬間、片桐がそれを右手の手の平を佐藤の顔に向けて見せ、静止させた。


「ちょいと待ちな」


 佐藤は何かと怪訝けげんな面持ちで片桐を見る。


「お気持ち金って奴を、払ってもらいたいんだよ」


「はぁ?」


「な〜に深く考えなくていい。報酬額のうちをちょっとだけ先に出してくれないかなと言ってるだけだ。失敗した場合はちゃんとお気持ち金の金は返してやるからよ」


 殺し屋に依頼する時にお気持ち金を払うもんなのかと佐藤は疑問に思った。だが、それはそれで反論すると何をされるか分からないので、手持ちの財布の中にあった二十万円を片桐に渡した。どうせ依頼が成功すれば払わなければならないし、依頼に失敗したら返してくれると言うので、佐藤は素直に言う事を聞くことにした。


――まぁいいか、俺の金じゃねーし。


「おう。お気持ち金。確かに頂いたぜ」


 片桐は大事そうに自分のふところにしまう。


「よし、お前さんの依頼を受けよう」


 佐藤はそっと胸を撫なで下ろし安堵のため息をついた。


「どうだ、交渉成立ということで一杯?」


「はぁ……悪いが明日早いんだ」


――殺し屋と落ち着いて酒何か飲めるかよ、付き合ってられるか。


 佐藤は片桐から誘いを断り、荷物をまとめてその場を去った。


 龍園の扉を出た佐藤は表通りに向けて歩き始め、胸ポケットからタバコを取り出し、口にくわえる。


 たばこの先端にライターで火を付け、息を吸い込むと、鼻と口から煙りを出して一服する。


――言われた通りにやったが本当に大丈夫なのか?


 佐藤はスマートフォンをポケットを取り出してアプリのギャラリーを開き一枚の写真を見始める。その写真は佐藤が住んでいる一軒家の前で家族全員で笑って撮った、最後の集合写真であった。


――アイツが俺の依頼を無事に成功させてくれればもう一度、直美なおみも笑ってくれるかな?あの頃の何気ない日常に………。

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