ごく当たり前な日常 十

 市川駅前 飲み屋街 表通り


 清水しみず谷井たにいと別れ、To Heavenから出て行った同時刻。清水が向かって行った逆の方向。そこの通りをとある男がほろ酔い気分で歩いていた。


 その男の名は片桐かたぎり蒼二郎そうじろう


 金髪でガタイが良く、ワイルドな風貌で、歳は三十前半といったところだが、見た目からして若者に近い格好をしている。


――仕事先で色んな飲み屋街で飲み歩いたが、やはり俺にはこの場所が一番しょうに合ってるのかもな。


 片桐は過去の思い出に浸りながら市川駅前の飲み屋街を懐かしむかのように見回していた。


 酒場を中心とし、此処の飲み屋街の飲食店は豊富であった。中華料理屋、寿司屋、牛丼屋、イタリアンな店等が存在する。人々は酒を片手に仲間共に語り、騒ぎ、時には一人で静かに酒を飲む姿が見受けらる。


 そんな喧騒けんそうに満ちた市川駅前の飲み屋街の通りを歩き続けること数分、片桐は一件の店の前に立ち止まる。


一新亭いっしんてい


 酒場と酒場の間に小さく建てられた一件のお店。そこの店からはわずかながら豚骨の臭いが漂ってくる。


――寄り道だが、ちょいと寄って行くか。


 片桐は店の中から漂って来た臭いに連れられ、真ん中に新と白い字で書かれた赤い暖簾のれんくぐって、店の中へと入っていた。


「いらっしゃ、おー片桐じゃねーか!」


「おう。相変わらずこの店は静かだな」


「おいおい来て早々嫌味か? うちはそういう客は御免だぞ」


「悪い悪い」


 店の中に入ると目の前には外見には似合わない明るい雰囲気感じる。一番奥の壁のま上に設置されている小型テレビの影響もあるが。


 縦に細長い店内。規模は外見通り狭く、カウンター席が九席、そのカウンターの目の前に厨房がある程度だった。


 片桐は客が一人も居ないことをいいことにカウンター席のど真ん中の背もたれが無い椅子を引いて座る。座ると目の前には割り箸が何十本も入った箸立てに、紅生姜、すりおろしニンニク、高菜など様々な薬味がケースの中に入って並べられている。


 片桐が椅子に座ると一新亭の店主、岡部おかべ駿しゅんが片桐の目の前に水が入ったコップを目の前に置く。


「最近うちに顔出してくんなかったじゃねーか? 寂しかったぜ」


 片桐はコップを口に付け水を少し飲んだ後、岡部の問いに答える。


「まぁあれだ。仕事だ仕事。出張でちょいと千葉から離れてたんだ」


「成程……で、土産はあるんだろうな?」


「出張に行く度に土産なんて買ってたらきりがねーだろ」


「はぁ……お前って奴は。餓鬼がきからの仲だってーのによ。まぁそういう仲だからこそ遠慮がないんだろうけどな」


 岡部は諦めたとばかりに肩をすくめると、片桐に注文は何にするかと尋ねる。すると片桐はいつものやつと答えた。


 岡部は注文を聞き入れると厨房の奥から冷えた瓶ビールとグラスを持ち出し、片桐の目の前に置き、厨房で調理を開始した。


 片桐は岡部が調理をしている間グラスの入ったビールをちびちび飲みながらテレビに映し出されているニュース番組を見て待つことに。


 すると、カウンターテーブルに置いていたスマートフォンに着信音が鳴り、テレビ画面からスマートフォンの画面に目を向ける。


 その着信は、見知った人物からのメッセージのものだった。


『ねーねーニュース見た?笑』


『今度は群馬らしいよ|・ω・`)フムフム』


「フッ」


――今見てたところだっつーの。


 片桐が返信を返そうとした時、一つの合図とともに、カウンターの棚の上に一杯の豚骨ラーメンが置かれた。


「ほら。出来たぞ」


「おう」


 片桐はスマートフォンをポケットをしまうと、カウンターの棚の上に置かれた豚骨ラーメンを自分の目の前、カウンターテーブルに持ってくる。


 一新亭で出すラーメン、ジャンルでいうと長浜ラーメンと言われる豚骨ラーメンだ。長時間煮込まれた、白濁はくだくした濃厚なスープ。だが他の豚骨ラーメンと比べ、豚骨臭はそこまでない。具はシンプルに青ネギとチャーシューのみとなっている。


 片桐は早速レンゲでスープを一口喉に通す。


――……美味い。


 スープはあっさりとしていてマイルドな味わいだ。しかしあっさりとしているのにも関わらず、濃くがあって後味が良く、飲み応えがある。


 そして箸立てから割り箸を取って綺麗に割り、早速麺をすする。


 豚骨ラーメンは極細ストレート麺であり、硬さが選べ、生、バリカタ、かため、普通、やわめ、ずんだれと六種類ある。


 片桐はいつもバリカタで頼んでいる。


 少し硬めに茹で上げられている為、麺が少しサクサクとした食感だった。


 そんな麺をすする片桐の様子を見ていた岡部は、自分が作ったラーメンの味の感想を自信ありげに尋ねる。


「どーよ片桐、久し振りな俺のラーメンわよ~?」


「まぁ……普通に美味いと思うぞ」


「ケッ、素直に『世界一美味しいラーメンです~』みたいなこと言えよな、全く」


 少し不機嫌になった岡部は、腕を組んでテレビのニュースを見始める。


 そして岡部はふと気にっていたことを、片桐に尋ねた。


「なぁ片桐、お前こんな物騒な時に何処どこに出張行ってたんだよ?」


「秘密だ」


「何だよ秘密って……まさか!? 出張ってのは嘘で、俺に黙って女と遊んでたんじゃねーよな!」


「フッ。お前を置いては行かないさ。遊び程度なら、お前も呼んでるよ」


「そ、そうか、それはそうとこれで何人目だ? この短期間でこの人数はありえないよな?」


「あぁ、全くだ」


 二人はありえないとばかりに苦笑くしょうする。


 現在、各県で意味不明な出来事が発生していた。


 一週間程前から、様々な県で行方不明者が続出し、後を絶たないという奇妙な出来事だった。老若男女問わず、年齢もバラバラで、共通点が無く、手掛かりがほとんど見つからない状況だ。


 そして最も注目されているのは行方不明となっている人数である。


 現在行方不明者が確認されている人数は四十五人。


 約一週間という期間でまさに『異常』というべき人数だった。


 この短い期間の間にこの人数は希代きたいなことであり、ネットではオカルト現象だとも噂されている。だがこの出来事は与太話でも何でもなく、現実で起きている話しなのである。


「でよ片桐。やっぱり皆が言うようにオカルト現象なんだろうか? あ! 信じてる訳じゃないぞ」


「ハッハハハ! 分かってる分かってる」


――オカルト現象ね……。


 片桐はグラスに入っていたビールを全て飲み干すと、左を向き、しばし扉を見続ける。


「まぁ不気味っちゃ、不気味かもな」


――普通だったらこの状況、風前ふうぜんともしびっていうべきなのかね。


 片桐は扉からラーメンの方に向き直り、また麺を啜り始める。扉越しにいるであろう、その『事件の関係者』の存在を気にしながら。

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